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第八話(2)

「先輩、後輩に指示するなりすればいいじゃないですか。なんで一人でやってるんですか」

 私はグラウンドの真ん中で、大綱をまっすぐに整える先輩を見下ろしていた。

「理々香……」

 先輩の隣にかがんで、私は綱を掴む。

 そのまま一緒に先輩と綱を引いて、地面にまっすぐに整えると、二人であの木製巨大リールを転がしていく。

「助かる」

「いーえ。リオくんの日頃の感謝を、代わりにしただけです」

 そうなのだ。きっとリオくんならお手伝いしたくなるだろう。だから役員である私がリオくんに変わって先輩のお手伝いをしただけ。




 ひと汗かいて、青組テントへ。

「おや、とみちゃん」

「あ、理々香先輩。お茶でも飲んでいってくださいよう」

 今年、高校に入って初めてできた後輩の一人、富田祐子ちゃん。

 彼女がテントに戻った私を呼び留めてくれた。部活に入っていない私にとって、下の学年の子から呼んでもらえるなんて、滅多にないありがたいことなのだ。

 彼女は健気に自分の水筒を掲げて誘ってくれた。

「いただこうじゃないか」

 肉体労働をひと仕事終えてきたところだしね。

 空いていた彼女の隣の椅子に座ってコップを受け取る。

 保温の効いた水筒からそそがれたお茶は、湯気が立った。

「どぞ」

 私はほうじ茶の香りを鼻腔に入れながら、一口めを慎重にすすった。

「……あ、冷たいのが良かったですか……」

 不安げに聞いてくるので、言葉よりも何より先に、片手を振って否定する。

 気の付く子なのかな。

「あったかいと、落ち着くね」

 ふう、と一息つくと、息に触れてまた湯気が立ち上る。

「よかったです」

「とみちゃん、ひとりなの?」

 あたりを見回すと、椅子は空席が目立つ。テントの下にはグループで固まっている生徒もいるが、競技に出掛けていて空席も目立つ。

 とみちゃんの周りは空席ばかり。

「そうなんですよう……よよよ。聞いてください。青組になって、理々香先輩や葉月先輩と同じなのはよかったんですけど、クラスで馴染みになった子たちと離れちゃって……」

「あー、組み分けって、ランダムみたいだから……」

 富田さんって、りこちゃんの前ではしっかりした感じだったけど、やっぱり一人は寂しいよね。

 とみちゃんの頭を撫でてみる。中学のときも、こんなことをできる後輩ができたことはなかったな。そう思うと、ちょっとかわいく思えてきた。

「もう出場種目はないの?」

 もう少し冷ますために、コップに息を吹きかけて、息の代わりに香りが返ってくるのを楽しむ。

「はい。ここで茶飲み仲間を捕まえようかと」

「私が第一号ってわけね」

 なるほど。私はもう一口。

「ほんとはさっき、ひとり話し相手がいたんですけど」

「うん」

「お茶を勧めるのを忘れちゃってて」

 それでその場は別れちゃったのか。

「あらら」

「その子とは、少しさっぱりした付き合いというか。でも小学生からの付き合いで、こうして高校になって話してみると、なんか安心できる仲だなーって、さっき別れてから思ったんです」

 そっか。一年生か。

 私も一年前を思い出した。

 周りと距離を置いていた自分。高校に入って、人付き合いが手探りだった自分。リオくんとのことがなければ、柚羽とも接点ができず、きっと私は一人だった。

「それは、大切な友達を見つけたのかもね」

 富田さんがお替りを勧めてくれたので、もう一杯。

 体が温まって、なんだか元気が出てきた。

「ねえ、とみちゃん。暇なら実行委員の仕事、手伝ってよ」




 青陵学園体育祭も佳境に入った。

 富田祐子ちゃん……とみちゃんを引き連れて、私は次の種目の準備に入った。

 放送部が、先ほどまでの綱引きの結果で盛り上がりを煽っている。

 赤、青、白、黄の得点はいずれも僅差で、残す三種目の結果次第で、どの組にも優勝のチャンスと、最下位転落の可能性がある云々、スピーカーががなり立てていた。

 今年も昨年に引き続きの実況担当で手馴れている。結果への興味に関しては冷めた私も、聞いていると、ちょっと勝負の行方が気になってくるから不思議だ。

 白組の団長は、昨年と同じ企画で、真白会長。

 青組は、サッカー部の部長。

 赤組は誰だか知らないけど赤マッチョって葉月先輩が呼んでた。二代目らしい。

 黄組は文芸部部長。こちらは生徒会役員をやっていて知ったけど、運動部にも啖呵を切るほどの武闘派なんだって。先代の生徒会副会長もそうだったらしいけど、武闘派って多いのかな。

 さて、残すところの三種目は、借り物競争、騎馬戦、最終リレーの三つだ。

 個人的な視点での、借り物競争の目玉は……。

 私は準備を終えて役割の位置に待機すると、入場門を見た。

 ごくり。

 この借り物競争は壮絶な生き残り合戦だ。

 というのも、各組からかなりの人数が参加する団体種目なのだ。

 趣旨としては、騎馬戦や最終リレーが一部の生徒しか出られないからという理由で、身体能力差が結果に出にくいゲーム性の強い種目、かつその他大勢が楽しめるようにと、その昔企画されたのが発端らしい。

 実行委員として、借り物の可否を判定する配置についている私は、とみちゃんを弟子につけて身構える。

 そう、話が少し逸れた。個人的なこの種目の目玉は、リオくんとりこちゃんが出るということ。

 入場門に待機する列の二列目、三列目あたりで、二人ともほぼ両端に立っている。

 互いに気づいているのかいないのか分からないけど。

 とみちゃんも心配げに見守っていた。

『さあ、いよいよ最後の目玉種目のうちの一つ、借り物競争! まもなく号砲の時刻だ!』


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