第八話 対決 (1)
「お、おう」
俺は、妙に心拍が上がった。
「断ったんだよな?」
それは、安心したいための確認なのか。
「さっき、お弁当食べてるとき言ったじゃん」
りこはツンとした声音で返してきた。
「う、そうだよな……」
「ね、それって、安心したいから、確認するの?」
兄妹だからかなあ。なんで俺と同じこと考えてるんだよ。
「わたしに彼氏できると、いや?」
まるで咽喉が引きつったみたいに言葉が一瞬詰まる。
「お、お、俺も、お兄ちゃんだからな。妹に彼氏ができると、寂しいよ」
どもってしまった。でも、りこが真剣に話しているし、正直な気持ちを返事してみた。
「わたしは、ね。はる兄、最近りお兄のことばかり考えてて、ちょっと……寂しいもん」
その言葉を聞いて、とてつもなく申し訳ない気持ちが溢れた。
「ちょっとだけだよ?」
「ごめんな」
ちゃんと、りこのことも大事にしてやんなきゃ。
俺は上着を脱いでりこの肩に掛けた。
それから、頭を撫でてやる。
「もう、こども扱いー」
りこがぷんすかするので、もっと撫でてやった。
「さ、みんなのところに行こう」
「……うん」
俺は昇降口へと歩き出した。
りこも、すぐについてきていると思っていた。
振り向くと、りこはまだ廊下に立っていて、目じりを拭っていた。
「り、りこ? どうした?」
「ううん、なんでもない。いこ!」
◆◇◆◇◆
体育祭、午後の部も半ば。私は自チームである青組のテントから競技を眺めていた。友達の応援をしたり、みんなとピクニック気分でお弁当を食べたり、そこそこ楽しくはやっている。
だが、我が推しこと、りこと別々の組なので少し張り合いがない。
同じ組といえば、せっかく同じ組になったお兄さんも、理々香先輩も、生徒会役員として実行委員の仕事をこなしていて、ほとんどテントにいない。
遠目に本部のテントを見ると先輩たちってば、あ、戻ってきた、とか、あれ、もういない、とか、私は一喜一憂。ちっとも来てくれない。
忙しいのはよくわかるけど、たまにはかわいい後輩をかまってほしいものだ。
これじゃ、りこじゃなくてもぷんすかしちゃう。
りこといえば、最近元気がない。
もちろん、体育祭の競技は楽しく元気にやっているけど、私にはわかる。
ふとした時に見せるんだ、物憂げな表情を。
その表情が、りこがただの元気少女じゃないって強烈に知らしめるほど、魅力的な表情なのだ。ただ、喜ばしい表情ではないので、その顔が見られたからと言って嬉々としてはいられない。
「むう」
「なあに? その声。祐子、なにか悩んでるの?」
背後からの不意打ちに、私は振り返った。
そこにいたのは、りこと三人で同じクラス、同じ元バレー部の成宮志穂だ。
思えば、志穂とは名前で呼び合う仲だが、りこのように近い感じはない。
さりとて、仲が悪いわけではない。小学生からの付き合いで、お互いの成長の履歴を見知っているから、そこそこ人となりを分かり合っている。あえてここに落ち着いたこの距離感。
幼馴染というほどではないが、家族の次に付き合いの年月が長い友人だろうか。
「ん。りこがね、元気ないんだ。気づいてた?」
「なんだ、あの子のこと。それなら私は言うことないわ」
「なによ、りこのこと嫌いなの?」
「嫌いじゃないけど、ちょっと……いえ、多分に妬ましいわね」
競技中は結んでいた髪を解いた志穂は、手ぐしを通しながら、りこのことを思い出している様子だった。
「中学の頃から思ってたわ。元気で、可愛くて、愛くるしくてみんなが好きになっちゃう。運動もできて、実は容姿もすごく良くて、中身も外見も愛されるタイプ」
そして沈黙。
「好きになっちゃう」
何だ、好きなんじゃん。
「りこだって、がんばってるんだよ?」
「あたしたって、がんばってるわよ」
「知ってるわ」
体操服の、ハーフパンツ姿の志穂。長い脚は美脚で、魅力を最大限見せつけている。あえて脚を出してるんだろう。上着は羽織ってるけどこちらもあえて腕まくり。手足の長いスタイルの良さがわかる。
伸ばした髪だって、中学のときから一生懸命お手入れしていた。綺麗になりたいって、言ってたもんね。
「がんばってるよね」
「皮肉?」
「違うよ。志穂、きれいになったもん。ううん、昔から綺麗な子だって思ってたよ」
インフィールドで歓声が上がった。
放送が盛り上がっている。
私らはちらりとそちらを見やった。
「祐子だってがんばってるじゃない」
「気休め?」
また私は志穂を振り返った。志穂もこちらを見ている。
「違うわ」
志穂はポンと肩を叩いて行ってしまった。
思えば、志穂とは名前で呼び合う仲だ。今や、友達にはとみちゃんと呼ばれる方が多くて、今でも名前を呼んでくれる貴重な友達だった。
◆◇◆◇◆
「理々香ちゃん、それじゃ、またあとでね」
保健室での、女三人での密談のあと、白組の柚羽とはそんな風に別れた。
私は……たまには自チームの青組テントにでも戻ろうかしら。実行委員としての担当係は、しばらく後だし。
あ、葉月先輩が綱引きの大綱をグラウンドに準備している。
ゴロゴロと、綱を巻いた巨大な木製のリールみたいな、なんだっけ、あれ。あれという名のあれを転がしてグラウンドに綱を伸ばしているのが見えた。
あ、こけた。綱に足を引っかけて、どじだなあ。
手伝おっかな……担当じゃないけど、一人は大変そうだし。先輩は、リオくんのお兄さんで、一生懸命やってたのだ。保健室での長谷川先生の話が思い出される。




