第七話(7)
私たちが長谷川先生に説明したことの中に、リオくんが大告白したお兄さんとのキスの件は含まれていない。
「あ」 と柚羽もそれを思い出したようだが、もう遅い。
仕方なく、私はその件を補足した。
「やっだー、なによお! マンガみたい! もう少女マンガじゃないのぉー!」
「もう……重大なプライバシーなんですから、内緒にしてくださいよ?」
「うーん、ざんねん! いつか詳しく聞いてみたいわぁ」
長谷川先生が悶えていると、グラウンドから放送ブースの声が、話題を打ち切るように鳴った。そろそろ競技再開みたいだ。
戻らなくては。
◆◇◆◇◆
俺の出場種目は残すところ騎馬戦のみ。というわけで、それまでの間、生徒会役員としての雑務が回ってくる。
午後イチの種目は、名物の障害物競走。昨年、莉緒が走った種目だ。グラウンドのインフィールドから校内までも走破してグラウンドに戻り、さらに障害物を乗り越えてゴールする。
校内のパートは、何人かの監察員が配置されるが、その一人が俺というわけだ。それどころか、生徒会役員を中心に組織される体育祭実行委員会だから、監察員を指揮しなければならない。
メッセージグループで配置完了の報告を受けた俺は、本部に校内配置OKの報告を上げる。
グラウンドの放送は、校内にもつなげられていて、派手な実況が届く。
スタート直後から、激しい先頭争いらしい。
障害物競走は、各所にカメラが設置されて実況も淀みない。
『さあ、インフィールドエリアをトップで抜けたのは青組、次いで白組、少し間を空けて赤、黄が追う!』
どたどたと、あるいは廊下の地面をキュッ、キュッと靴音を鳴らして一団が迫ってくる。第一走者がすべて通過。
あとの経過は放送で楽しむ。
放送があるっていっても、選手たちが過ぎると校内はちょっと寂しい。
だがとにかく俺たちの現場は、選手の不正がないこと、けが人がいないことを見ておくのが大事な任務だ。
第二走者が次々通過。先頭は入れ替わったが白と青のデッドヒートが続く。三位以下は離され気味。
が、続く第三走者で放送が異変を告げた。
『おおっと、赤組女子が驚異の追い上げ! 校内エリアに入ったが間もなく追いつくか?! キタ! 二位の青組を抜き去って階段パートに突入!』
その階段パートの入口で監察員としているのが俺。
赤いハチマキをしたりこが、ギュン! と廊下の床を足でとらえながら目前に現れると、俺の方をちらりと見やる。それも瞬きほどの間のこと。
さらに廊下を蹴って階段を三段飛ばしで駆け上がっていく。踊り場まで何歩であがったんだ?
「なんつう運動量だよ……」
放送は、赤組のりこが先頭も捉えて、トップに躍り出たことを興奮気味に告げていた。
その後、赤組優位でレースが終わるかと思われたが、白組のアンカー・勇吾くんが一年生ながらの大活躍でトップを奪還。白組の勝利で終わるという劇的な結末であった。
という事柄をモノローグで済ませるくらい、俺たちは裏方に徹していた。
なんにしても、主役っていうのはまぶしいな。りこは、やっぱりああしているのが輝いて見えるよ。
校内を駆け抜けたあと、監察員のみんなでコースの仕切りやらを片付けて、選手が土足のまま走った部分を手早くモップ掛けした。
資材をみんなに運んでもらい、俺はみんなで使ったモップを片す。
校内を走る競技はほかにないからなのか、放送が落とされると、妙に静けさが強まった。
モップを、引っ張り出した各教室の掃除用具入れに戻して階段を降りると、昇降口の逆光に人影が見えた。
「……はる兄……?」
女子の小さな人影は、上履きも履かずに靴下姿でペタペタと廊下を歩いてきた。
「りこか?」
「お仕事お疲れさま、はる兄」
「おう、速かったなあ、見てたぞ」
「そうなんだよー。せっかくトップになってバトンタッチしたのに、勇吾のやつが赤組の先輩を追い抜いちゃって……ちぇ」
りこは廊下の壁にもたれかかって、見えざる石ころを蹴飛ばすように、空を蹴った。
「まあいいじゃないか、ほとんどりこの見せ場だったし」
額の綺麗な汗に前髪を張り付かせているりこが、なんだか愛らしく思える。
いつもがんばって全力の、りこの姿が俺にも元気を分けてくれるみたいだ。
俺はちょうど首に巻いていたタオルがあることを思いだして、そのおでこを拭いてやった。
「えー、そのタオル汗ばっちいヤツ?」
「んー、ま、ちょっとだけな」
「うぇぇ」
そんな口の利き方とは裏腹に、おでこを拭かれるままに任せるりこ。
「汗冷えして風邪ひくなよ」
五月とは思えない暑さ、という謳い文句がもはや毎年の常套句となっているが、校舎内で日差しが遮られると、汗に濡れた体は冷える。俺は競技中、ずっと校内でじっとしてたから、体操服の上着を羽織ってちょうどいいくらいだ。
りこの格好は、走ったときそのままに、半袖とハーフパンツの格好だ。そのうちくしゃみでもし出すのがいつものパターンだ。
だが俺の心配をよそに、りこは別のことを言いだした。
「ね、はる兄。わたしが告白されたっていう話、覚えてる?」




