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第七話(5)

 わきわきと、獲物を捕らえんとする長谷川先生の手が、素早く伸びる。瞬く間に葉月先輩の首に腕を回して引き寄せた。

(ちょっと何よ、リオくん、あのイケメンと面白いことになってんのー!?)

 囁く女医。四条くんとリオくんの姿を見て、やはりそう認識するのか。首に絞め技を極められた先輩は抵抗を見せる。

「てっきり私は……」

 長谷川先生は、ふと私の方を見た。

「そこで登場する理々香くん。君は莉緒くんの親友であり関係者なわけだ」

「長谷川せんせ……。理々香は、りおのいい友達なんだ。あまり引っ掻き回すのは、やめてくれよ……ぐえ」

「心外な言葉だなあ。私は莉緒くんの担当医だ。いまの彼あるいは彼女がどういう心境にあるのか、知っておくためにも話を聞いてやろうって言ってるのに」

 先輩は先生の腕をタップして、ようやく解放された。

「どう? 二人とも。有益でしょう?」

 長谷川先生は、昼休憩になったら食事を済ませて保健室に集合、と勝手に号令して去っていった。

 まったく、勝手だ。大人になって自由を得ると、ああも奔放になるのか。いや、あの医師の性格によるところなのは間違いない。反面教師としよう。



 ◆◇◆◇◆




「げっ、葉月先輩!」

 グラウンドの中央、俺の目の前に立ちはだかった後輩男子が、驚いて腰の引けた声を出した。

 と、今は棒倒し競技のさなかである。

 不機嫌そうな俺の顔を見て、後輩がよけていく。おかげで難なく相手陣地の棒に取り付けた。今年は昨年のように棒が折れることもなく、我ら青組が二回勝ち抜いて完全勝利。

 なのであるが、それはそれで不愉快だ。

「葉月、お前の評判がだんだん藤原先輩と化してないか? 下級生どもが避けていくぞ」

 同じ青組の、同学年のチームメイトに呆れられつつ、慰められた。

 そんなわけで青組の棒倒しの結果は、全体で二位。一位の黄組との直接対決によって、俺の化けの皮が剥がれたわけで、俺はマッチョな腕力もなければ、藤原みたいな身体能力もないのだ。

 さて、今日も観戦に来ている母さんのところで、昼めしと行こう。そのあとは長谷川医師との面談だ。

 長谷川医師には、弁当でも一緒に食べながら、と最初は誘われたのだが、弁当くらいは親と一緒に食べるのが親孝行ってものだ。




「ねえ、母さん、俺って反抗期あった?」

 観覧席のテントの下、おかずを頬張りながら俺は聞いた。

「あんた、たまにそれ聞くわよね」

 そうだっけ?

「そうねえ、なんなのかしらねえ。いかにも反抗期って感じはなかったかしらね。でもねえ、あんたは手がかからないようでいて、結局心配させられるのよねえ。まあそれが子供に対する親ってものだろうから、いまは慣れたけどね」

「あー、先に食べてる~!」

 そこへ、りこがやってくる。もちろん母さんの弁当がここで待っているからだ。

「ちょっと用事があるんだよ」

 先に食べ始めたことによる言い訳を伝えながら、さらにから揚げを頬張る。

「そうはいってもあと二十分はあるんでしょ。しっかり噛んで食べなさい」

 俺は返答不能で、ふんふんと頷きながら、もぐもぐした。

「しょうのない子ねえ」

 母さんが水筒からお茶を注ぐ。いつものとおり、熱いやつだ。

「はる兄、頬張りすぎー」

 笑いながら、母さんの差し出す割り箸を割って、りこもおかずを取り始める。

「これ美味しい!」

 りこがとったのは、ほうれん草とベーコンの炒め物。今日はお弁当仕様で、海苔で巻いて束ねてある。野菜を食べない子供だったりこのために、よく出すようになったメニューの一つだ。今や、りこの大好物の一つにもなっている。

「そうひへば、りほにいは?」

「ちゃんと飲み込んでから喋れよ。りおは友達と食べるってさ」

 俺は、おかずのあと口に、熱いお茶をすすりながら答えた。

 理々香や柚羽と一緒なのか。それとも四条クンや、その仲間と一緒なのか。

 確かめるのは簡単だ。理々香にメッセージを送ればすむ。

 何だろう、それをするのは癪な気がした。怖い、とも感じる。

「りお兄、最近一緒じゃないこと多いね」

「そうか?」

 俺は、あえてりこの言葉に疑問を呈してみせた。

 莉緒は、家にいればみんなと食事をするし、母さんの買い物を手伝うこともある。みんなで行動することを避けるような素振りは見せないようにしている。

 それでも、りこは莉緒のまとう空気を察知しているのだ。

「ね、りお兄が一緒にお弁当食べてるのって、四条先輩かな、理々香さんたちかな?」

 なんでそう鋭く刺してくるんだ、この妹は。

「あら、莉緒にもいい人できたの?」

 母さんの感覚も鋭すぎる。

「りお兄はわかんないけど、はる兄は真白さんと別れちゃったんだって」

 少し古い情報だが、たしかに母さんには報告してなかった。

「あら、真白さん……素敵な子だったのに、残念ね?」

 母さんが俺を見る。残念、それはそうかもしれないけど、仕方ないんだよ。

「真白なら、俺よりいいやつが見つかるよ」

「まあ、真白さんも幸せになるといいわね。あんたたちもね」

 そんな会話をもぐもぐと食べながら聞いていたりこが、まるで思い出したように母さんに報告した。

「そうだ母さん、わたし、同じ学年の男子に告白されたよ」

 ほんとに何気なく、照れもなく語るのは、何かあるのではないかと勘繰ってしまう。

「あら」

 母さんは、ちょっとうれしそうだ。年齢に関係なく、やっぱり恋バナとか浮いた話に女は心躍るのだろうか。

 俺は、思わぬ話題に自分の箸が止まっているのに気づいて、箸をおく。それから、熱いお茶を飲んで誤魔化す。誰にも気づかれていないはずだけど、そうやって気を取り直した。

「それで、付き合うの?」

 当然、母さんはそう聞くよな。

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