第七話(3)
生徒会役員を含む、体育祭実行委員が集うテントにも、俺の席はある。
ふう、と一息、腰を下ろしかけたところで、理々香が俺の腕を取って引っ張った。
「先輩! ちょうどいいところに帰ってきましたね」
「ど、どうしたんだ?」
体操服の長ズボンと半袖姿の理々香が、俺の腕を逃がさないぞ、とばかりに自分の腕を絡めてくる。
「ムカデ競走、出てください」
「俺の出場種目じゃないんだけど?」
「欠員が出たんです。実行委員は率先して欠員の穴埋めをする決まりじゃないですか」
「そりゃあ、そうだけど……」
と、理々香が俺の目をじっと見てから、背後を促すように目配せする。
「桐原~。ムカデ競走、おれがでてやろうか?」
「俺も空いてるぞー?」
あの桐原理々香が、困ったような、難しい顔をして俺を見上げている。見上げるくらい、俺のそばにひっついて来て、まあ俺を男除けに使っているのかな?
(理々香、お前ってモテるんだな)
(去年の体育祭の写真のせいですよ!)
(ああ、おむね様か……)
理々香は俺の足を踏みながら、男子どものほうを振り返る。
「同じ生徒会役員の葉月先輩に出てもらいますから間に合ってるわ!」
「げ、葉月先輩……」 「やべえな」 「ひょっとして桐原って……」
足を踏まれて涙目の俺が異論を差し挟む暇もなく、それは決定事項になってしまった。
了承したつもりはないのだけど、仕方ないなあ。
男子たちは諦めながらも遠巻きに俺たちを観察するように窺っている。
「なあ、あいつらと協力して出場してもよかったんじゃ?」
「邪念がないのなら、それでもいいんですけど」
うっかり胸を触っちゃったりしてー、とかそういう男子たちの会話を聞いてしまったのだそうだ。なるほど。
「そういう男子には、肩を触られるのも鳥肌が立ちます」
聞くところによると、理々香は練習の時からムカデの先頭役で、女子男子女子男子と、交互の並び順。理々香の後ろの男子が欠員だという。
「私も別に、そこまで潔癖ではないつもりですけどね。聞いてしまった以上は、嫌です」
そう言ってプンと横向く理々香。腕組みする彼女は、どことなく胸を隠しているようにも見えた。去年のおむね様の写真の件、気にしてるのか。悪いことしたな。こんど竹内になんか奢らせよう。
「……にしても、俺ならいいのか?」
「先輩は……リオくんのお兄さんだから、まあ良しとします」
理々香は一瞬厳しい目を向けた。
「知らない仲じゃないですし……そこまでいやじゃないです」
最後の方はごにょごにょと聞こえなかったが、ともかく少し譲歩したようなお言葉をいただく。
「最低限の信頼はあるみたいでうれしいよ」
俺は大会プログラムを確認した。無脚多脚競走部門……なんじゃそりゃ。この中にムカデ競走は含まれていた。
最初は段ボールで作られたキャタピラの中に入って四つん這いで順番を争う競技。
さっきすべての競争が終わったところみたいだ。
今は二人三脚が始まっている。なるほど、キャタピラが無脚で、あとは足が増えていくわけだな。二人三脚の後は三人四脚。次がムカデ競走か。
「あ……」
理々香が思わず漏らした声に反応して、俺も理々香の視線のほうを見やった。
二人三脚の何組目かのグループがスタートした直後らしい。
短距離走の直線を二人組になって走る姿がいくつか目に入る。そのなかで、思い切り体を動かせるのを楽しそうに走る姿は莉緒だ。男女のペア、女子だけのペア、男同士のペアもいる。
莉緒の相手は四条クンだ。
それを男同士とみる生徒は、あまりいないかもしれない。我に返って男同士と理性が判断しても、男女のペアにしか見えない。
仲良さそうに肩を組むふたり。
俺は一瞬息をするのをやめていたらしい。唾を飲み込むと、張りついた喉に息を通す。
理々香を見ると、理々香も俺を見ていた。
「なんだよ」
理々香は、俺に見せてはいけないものを見せてしまった、というような表情をしていた。
「そろそろ準備しないとだろ」
俺は顔を背けてムカデ競走のチームメイトのもとへ歩く。
五人組で、縦に一列並んで足を結ぶと、掛け声を合わせて軽くウォーミングアップ。
その後スタートラインに並ぶ。これまでの練習に混ざっていない俺がいる割には、調子は悪くない。
だがスタートを待つわずかな間にも気が逸れる。莉緒が、黄組のテントの下で四条クンの差し出すペットボトルの水を受け取る姿が見て取れる。おいしそうに、その水を飲む莉緒を見ていると、俺の手の届くところにいたはずの莉緒の姿を思い出してしまう。
ああ、これって、そうなんだな。
「……先輩……葉月先輩、しっかりしてください。スタートですよ!」
「あ、ああ!」
身構えもしないまま、ピストルの音が耳をつんざく。
たった三歩、足を踏み出しただけで俺たちはつんのめって倒れた。俺のせいだ。完全にみんなのリズムを狂わせている。
責任を感じないわけがない。だが。
「先輩、落ち着いて! みんな! 慌てず声を出して!」
俺が両手を置く小さな両肩。白い体操着の布地の感触は柔らかに、しかし頼もしく俺を支えてくれた。
理々香のリーダーシップで、遅れながらもチームは走り出す。速くはなかったが、出だしの失敗の後は、大崩れすることなくゴールに飛び込むことができた。
結果、俺たち青組のムカデは、同じ青組と赤組の二チームを追い抜いて六位だった。
「先輩、お疲れ様です」
俺の肩に手を添えていた女子がゴールの達成感で声をかけてくる。
「うん、転んで悪かった」
「一回だけじゃないですか。練習もなしにすごいですよ」
他のチームメイトたちもそう言ってくれた。お世辞抜きという雰囲気なのは、助かる。
「そ、そっか」
先に足をつなぐ縄をほどいた理々香が、にやりとしてこちらを見ている。
「はい、先輩。足、解けましたよ。お疲れさまでした」
理々香は俺の足首から縄をほどいてくれた。
その片膝をついた理々香の体操服の膝に、血がにじんでいた。
「理々香、ケガしてるじゃないか」
「ああ、ちょっとすりむいちゃったみたいですね。後で保健室に行ってきます」
「あとじゃない。そっちが先だ。すぐに消毒しよう」
俺は理々香の手を引いて本部テントに急いだ。




