第七話(2)
実行委員会に参画している放送部が、場内を徐々に盛り上げて、熱を入れていく。
最初の小手調べは例年通りの短距離走。
女子のグループと男子のグループが交互に走る。
赤、青、白、黄、各色のチームが代表選手の発走順をあらかじめ決めて発表するルールだ。
発走順による対戦の組み合わせが決まるまでの、こまごまとしたルールはあるけれど、とにかく自チームの手札を効率よく勝たせる組み合わせに持ち込む駆け引きを経て当日を迎える。
「りこちゃん、がんばれ!」
すでに三つのグループが走り終え、つづく第四グループにりこの姿はあった。
りこへの声援は、りこと同じ赤組の竹内のもの。
場内がざわつく。
ハーフパンツと半袖の体操服。やや小柄の背丈だが、脚先から全体の姿勢まで、スタイルの良い立ち姿が目立つ女の子。
「誰? あのかわいい子」
そんな声が聞こえた。
発走のピストルとともに、クラウチングから弾けるような、元気な飛び出し。
昨年の、桐原理々香のおむね様には負けるが、りこの白い体操服がゴールテープを押しのけるようにフィニッシュラインに飛び込んだのを、場内はどよめきをもって見届けた。
そのどよめきはいったいなにをもってのどよめきだったのか。
それがりこの活躍の第一歩の姿だった。
各色の主戦力が集うグループだったが、並みいる女子たちを押しのけての勝利だ。
ひまわりみたいな、りこの笑顔がまぶしい。
ホレっぽい男子なら、それで一撃だ。
「おい、あの子誰だ?!」
「葉月の妹だよ」 「葉月先輩の妹だって」
「ああ、葉月莉緒?」 「それは弟!」 「え? 莉緒さんって男なの?」
「え? だれ?」 「葉月りこ、一年の妹の方だって」
「葉月センパイって、こわいひとなんだろ?」
「あのかわいさなら、おれはそんな障害、気にしないぜ!」
男子どもがざわついている。
その兄貴が場内巡回で聞いているとも知らずに、そしてお前の背後にいるとも知らずに。
それにしても、俺って怖い先輩で通ってるのか。フクザツ。
そのことを理々香に漏らすと、
「なんですか、今さら」
と、一刀両断。
りこがどうやら人気らしいという事については、
「二年の男子の一部では、体育祭の前から噂ですよ」
そうなのか。
「お兄さん、一年の間じゃ、とっくに告白して玉砕した男子がいますから。お兄さんも煮え切らない態度を早くどうにかしてください」
あとの方はとみちゃんの証言。何だよ、俺の煮え切らない態度って。っていうか告白ってなに、初耳なんだけど。
巡回しながら、少ない知り合いを見つけては雑談。
「はるにい~!」
りこが軽い足取りで駆け寄ってくる。
「とみちゃんもお疲れ!」
勝利の余韻でややテンションの高いりこである。
「わたしゃまだ疲れてないよ。出番まだだもん」
とみちゃんは、次の出番らしくその場を去っていく。
「お兄さん、告白の件はりこに直接どうぞ」
とみちゃんが言い残したそのセリフに、りこは『あ』という顔をした。
「じ、じゃあ、わたしも次の出番あるから、行くね……!」
おいおい、逃げるみたいになんだよ……。別に、怒ったりしないのに。
さて、今年の俺たちの組み分けだが。
白組に、一ノ瀬真白が団長として立つ。名前からして白組。もはや象徴的だ。実行委員会の企画でそうなっている。まあ、会長ともなれば、体を使ってでも盛り上げねばならないのだろう。そこへ杉山柚羽が加わる。他に知り合いといえば、りこたちの同級生の勇吾くんがいる。
黄組の団長は誰だったか……。とにかく黄色には莉緒がいる。今年は何のトラブルもなく、莉緒はみんなに大事にされていて出場種目も適度な数。去年の件があったせいか、少し過保護ぎみ。小倉美帆が付いているけど、別にお目付け役で割り振ったわけじゃない。ただのくじ運。それでいうなら、四条クンも莉緒と同じ黄組だ。これもくじ運。
赤組は、なんだかまた団長がマッチョだ。伝統的にマッチョなのか。すまない、同級生なんだが名前を知らない。二代目赤マッチョと呼ぼう。そこへ、先ほど一位で駆け抜けた妹りこ。それから竹内、りこの同級生で元バレー部の成宮志穂。それから記憶のある生徒は丸尾くんくらいか。
で、俺は青組。とみちゃんと理々香がなんだか仕方ないなあ、という感じで同じ組だ。もちろんやっぱりこれもくじ運。他には……そういえば、井出がいたな。
青組のテントに戻ると、自分の椅子に座った井出が、居心地悪そうに競技を眺めていた。
「井出」
つい、俺は声をかけてしまった。別に俺はこいつのことを許したわけじゃない。ただ、憐れんでしまったのだ。
井出は驚いたようにこちらを見た。それに対して、全く言葉を用意していなかった俺は目が泳いでしまった。
「あー、お前、何の種目に出るんだ?」
体育祭においては、天気の話題と同じくらいにあたりさわりのない世間話だ。
「棒倒しと、綱引きだよ」
うん、なんだ。後輩なんだから、「です」とか「ます」を付けような、この野郎。
井出の出るのは午前と午後にそれぞれ団体種目だ。何なら俺もその二つは出る。俺はその二つプラス騎馬戦だ。どの種目も大人数で、もし実行委員会の急な用事が出来て、俺が抜けてしまっても種目が成り立つのが理由だ。
井出の場合、理由はさておき、居ても居なくてもいい、ということなんだろうか。
そう思うと切なくなってくるな。同情するつもりはない。
「俺とだいたい一緒だな。がんばろう」
井出の反応を確認しないまま、俺は実行委員のテントに戻ったのだった。




