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第七話 体育祭 II (1)

 体育祭の日がやってきた。

 こう見えて、忙しくしていたのだ。生徒会は。

 ああ、忘れてもらっちゃ困るが、俺も生徒会のメンバーである。

 真白が、信任投票で生徒会長職の続投が決まったのが、昨年の秋のこと。

 会長から指名された新生徒会メンバーは、卒業生の空席を埋めて余りある刷新された顔ぶれ。その構成は、なんだかおおむね俺の交友関係。

 なんというか、真白の交友関係が俺のとほぼ同一ってのが、間違いなく原因の一つ……、いや、それが唯一の理由だな。

 結局、二人して狭い世界に生きてるんだが、二人の仲が解消されても、こうして生徒会に属しているから、それが距離感おかしいって言われる原因かもしれないけど、先日はっきりと真白に言葉で伝えたことで、俺たちは友人になれた気がする。

 篠原千夏には、ぶしつけなことをしてごめん、と謝られた。

 その謝罪をもちろん受け入れた。これからは、生徒会室に遊びに来るとか、俺たちに気兼ねなく真白の側にいてやってくれよと伝えた。

 そんなことを思い返していると、青空に白い煙が開き、花火の音が盛大に鳴り響く。

 あー、今日も暑くなりそうだ。

 窓を開けると、清涼な空気が生徒会室に流れ込む。

 すずめの鳴き声が、まだおはようの挨拶に聞こえる時間帯だ。

 俺は窓から、生徒たちが登校するのを眺めたのだった。

 それがこの一日の始まりの景色。




 さて、生徒会室を振り向くと、朝からぐったりな面々。

 一般生徒より二時間も早く来て、生徒会と実行委員会の面々でグラウンドのテントやらなにやらの設営を済ませたのだ。去年は知りえぬ苦労を今年俺たちは味わったわけである。もちろん前日には下準備もこなした上でだ。

「さあ、休憩はそろそろ終わりにしてグラウンドに降りましょう。これより生徒会及び実行委員会の本部機能はグラウンドの本部に移動することとします」

 真白が席を立って宣言する。

 この日に至るまでも、真綿で首を絞めるがごとく作業が積み重なっていく日々だった。それを、真白は組織を動かして的確にこなした。

 あの日、涙を隠した後ろ姿と同じ女の子には思えない。

 真白の宣言に尻を叩かれるように、一同ぞろぞろと昇降口に降りて、運動靴に履き替える。

「おはよう、兄さん……」

 遠慮がちに、朝の挨拶を口にする莉緒がそこにいた。

 昇降口には、生徒会や実行委員会のような人種より、いま登校してきて教室に上がろうとする生徒たちの方が多い。見分け方は簡単。制服姿がいま登校してきた生徒で、俺たちはすでに体操服姿だ。

「うん……おはよう」

 莉緒と俺との会話は、相変わらずぎこちない。ただ、ケンカって、普通そんなに長続きしないよな。怒り続けるにもエネルギーがいるものだから……俺の普通は、ほんと最近あてにならないのだが。

 ちょっとずつ会話するようになったと思う。ただ、莉緒がほんの少し、俺を避けているだけで、いまはこうして挨拶くらいはしてくれる。

 それだけで、俺はなんだかすごく安心した。

「わっ! はる兄、おはよー!」

 元気な声に笑みがこぼれる。

 背後から驚かせるようにりこが現れた。先に上履きに履き替えて後ろからこっそり現れるという、小学生時代の缶蹴りで獲得した潜伏スキルだな。

 ちょっと前までなら、俺の背中に飛び乗ってきたに違いない。

 ちょっと寂しい。が、大人になっていくんだな。スカート姿だしな。

「寝坊しなかったみたいだな」

「しないもーん!」

 りこは俺の脇腹に突撃するように抱きついてくる。前言撤回だ。

「夜中まで寝れないって呻いてたくせに」

 まあ、朝にはこれだけ活発なのが、りこのいいとこだけど。

 りこを引っぺがして早く行け、と追っ払う。

「俺たちの中で、りおが一番最初に出番だな。がんばれよ」

 開会式のファンファーレやオープニングの演奏に吹奏楽部は駆り出されるのだが、莉緒は今年もそのメンバーに選ばれたのだと聞いた。母さんから、莉緒が嬉しそうに報告しにきたのよ、というのを耳にした結果なわけだが。

「うん……」

 そっけなく、莉緒は行ってしまう。

 莉緒は去年も、一年生にしてメンバーに選ばれた。実はそのとき、ものすごくうれしそうに俺に報告してくれたのだ。けど、俺にはもう、そういうことを言ってくれないんだろうか。



 ◆◇◆◇◆



 吹奏楽部の三年女子が振るタクトが、まるで空気に旋律を奏でるようだった。彼女の振る、そのタクトの先を追うように、部員たちの楽器がファンファーレを空気に震わせていく。

 いよいよ始まる。

 ご町内にお祭りの始まりを知らせるように、立て続けに鳴り響いていた花火が止み、一瞬の静寂のあとに鳴る音。

 誇らしげな楽団の一列にいる莉緒の姿を、俺もまた誇らしくスマホで映した。

 今年から地域の催し事などに出場する際の、楽隊の制服が吹奏楽部で用意されたのだが、その制服姿の莉緒が、凛々しく撮れた。

 あとで、見せてやろう。

 脳裏に思考が走る。誰に? 母さんに? 父さんに? それともりこか? いいや、もちろん莉緒自身にだ。ため息が出る。今の状況ではなあ。

 沈む俺をよそに、ファンファーレからオープニング曲に移り変わり、楽団が盛大に一気に吹き上げる。

 指揮をする女子がその左手にぎゅっと音を封じ込めると、莉緒たち吹奏楽部の音が一瞬にして静寂に変わった。

 こうも演奏が素晴らしいと、校長の挨拶も最初の一分は厳かに聞こえるものだ。

 来場したご近所の皆様と保護者への感謝の言葉から始まり、あとの一分は、まじめに聞けばもっともな内容で、さらに一分は、校長の人気のためにも早く終わってほしかった。

 主役の生徒たちにこの場を返す、と締めくくったうえで、あらためて国旗掲揚。生徒会長の開会宣言が続く。

 テンプレート的だった実行委員長の競技諸注意に、今年は熱中症の注意が加わって、ちょっと去年の莉緒のことを思い出す。

 莉緒の方を見ると、俺の視線と莉緒の視線が絡んだ気がした。それも束の間、振り払うように莉緒の目線は違うところに逃げてしまった。

 俺も姿勢を正した。職務があるから、私情はほかに置いておかねばならない。そんな言い訳じみたことを思いながら。


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