第五話(8)
「お姉~。母さんが食後のお茶どうぞ、だって」
香音がトレイにいろいろ運んできた。ティーポットと、お茶菓子。それから小さい電気ポットにお湯がたっぷり。
長期戦になるのを見越した編成だ。
「ありがと」
トレイを受け取ると、香音が去り際に言った。
「今度は私も、入れてね」
なかなかかわいい妹だ。
自室で三人、いつもの教室ではできない長話を始める。
私は想像した。リオくんの席を取り囲んで三人で語らう時間。いつもはチャイムに、教師の注意にさえぎられてしまう、お喋りを邪魔するもののない至福の時間を。
最初はあたりさわりのない話。
別に狙ってたわけじゃない。自分の授業に対する進度の確認であったり、各科目の教師が自分に合う合わないといった話であったり、授業の分かりやすさに関する話題が広がる。そのあたり、私らは根が真面目なのだろうと思う。柚羽だってそうだ。彼女はたまに先生を論評して笑いの種をまいていたけど。
そのあと、他の女子グループがああだとか、あの子が男子のあいつを好きだとか、ちょっと恋バナっぽいことも話したのだけど、私たちには所詮、それは他人事で......。
「えい」
次第に姿勢が崩れて、クッションにうつぶせになっていた柚羽が、となりでクッションにぺたんと座るリオくんの胸を、横からつっついた。
「きゃっ!」
リオくんの小さな可愛い悲鳴も、すっかり女の子めいてきた。
思わずそんな声が出てしまったリオくんが、口元を覆っている。
ニヤリと笑みを浮かべる柚羽っから、目線を逸らしていた。
「そろそろさ、同級生とはいえ距離の遠い連中の恋バナを評論するより、私らはやることあるんじゃないですかね、理々香先生」
私はティーカップに口を付けた。中身は母さんがおしゃれを気取って淹れたハーブティ。脳裏でゆっくりと言葉を選んだ。
「リオくんは、先輩が……お兄さんが好き?」
聞くと、リオくんはひざを強く抱えて黙りこくった。
正直、私はこの質問は時期尚早なんじゃないかって思い始めていたところだ。ほんとうは、今日、この質問をしようと思っていた。だって、葉月先輩があまりにもポンコツで、リオくんがかわいそうだから。
だから、リオくんから逆アプローチする筋道を作るのもありかと思っていた。
でも、リオくんは少しずつ、自分自身の力で変わろうとしている。それを急かすような行為はやめてあげたほうが良いのでは、なんて、お風呂の時間を共に過ごした私は思ったのだった。
が。
「女子会なんだから胸の内を正直に、親友に話してほしいなあ~」
しかし柚羽がそんなふうに言ってしまった。どうしよう、とめるべきなんだろうか。
そしたらリオくんが神妙な面持ちをした。一生懸命言葉を考えて、言葉を選んで、そうして口を開いた。
「ほかの男子を好きになるなんて考えられないけど、兄さんは特別……だよ?」
私が想像していたより、リオくんははっきりと答えた。
彼……いや、彼女は、兄と男同士であるにもかかわらず、好きになるのは変じゃないのか、という余計な気持ちを、少なくとも私たちの前では取り払ってくれていた。
しかし強く答える一方で、
「でも、今は会いたくないよ……」
そう言って涙を浮かべる。
リオくんは吐露した。
「ね」
私は少し寄り添って、訊いた。
「どうして会いたくないの?」
私が聞くと、リオくんは何かこらえるように自分の胸を押さえるように抱いた。
リオくんの瞳から、涙がぽろぽろとこぼれて落ちた。
「だって……怖いよ。なんて言われるか。兄さんに、他の人を好きになれって言われたら、やだよ」
リオくんの心情は察するに余りある。こんなにもかわいい容姿をしていても、リオくんは抗いようもなく男の子なのだ。
健全な男子であるお兄さんが、リオくんを女の子として受け入れてくれるとは、普通であれば到底思えない。
私は葉月春詩という先輩のことを思い浮かべた。
リオくんを守ることについては、誰よりもまっすぐで、普段あんなにぼんやりなのに、リオくんを傷つけることについては、恐ろしく怒りの沸点が低い。
リオくんだけでなく、妹のりこちゃんも大切にしている。なにか、自分はそうあるべきとでも定義したかのように。
あんな事件があったから、そうならざるを得なかったのか。
常に弟や妹を守ることを考えて、先回りに思考している。きっと頭がいい。学校の成績がいいという話は聞いたことがないけど。
じゃあ、リオくんのことを、先輩が女の子として好きになるか、と言われるとわからない。リオくんを守るのが先輩の行動原理なら、リオくんをそういう対象としてみること自体、ダメなことなのかもしれない。
ふうむ。わからない。
私はティーカップのふちをなぞる。
「じゃあさ、わからない未来より、わかることを教えてよ。なんでリオくんはお兄さんがそんなに好きなの?」
「そうそう。難しい顔してここで悩んでも解決しないって」
柚羽が同調してくる。というか、次の引き出しを開けたがっている雰囲気。
「リオくんがお兄さんを素敵だって思うところ、教えてよ~」
柚羽の明るい声のトーンに、場の空気が強張ってしまっていたことに気づいた。
「そうね」
私は肩の力を抜いて、リオくんに微笑んだ。
「せっかくの女子会なんだもん、明るい話題といきましょ」
「そそそ、うんとリオくんの推しを褒めたたえてもいいんだよ」




