第五話(7)
「だからね、もう私、恥ずかしくないよ。そりゃ、ちょっとは恥ずかしいけど、ね」
私は最後に、うんとリオくんにもたれてみせる。
「う……うん。僕も、がんばる」
リオくんは、ぱしゃんと顔を洗った。
私は有言実行。バスタブから立ち上がり、洗い場で体を洗い、雨に濡れた髪を洗った。
と、視線を感じて振り返る。
「リ、リオくん、どうしたの?」
私は、目にかかる濡れた前髪を手櫛でかき上げてリオくんを見た。
「理々香、きれい」
「私よりうんときれいなリオくんがそれを言うって、皮肉だよ」
「そんなこと、ないよ……僕……じぶんで、じぶんをすきになれないもん」
バスタブで丸まったリオくんを見ていると、何を言いたいのかわかる気がした。女性的でありながら、どうしても自分自身で直視を避けられない男の子としての部分を、自分の目からも隠すように身を丸めて、体と心を守っている。そんなふうに見えた。
「でも、リオくんは、きれいだよ」
リオくんはふるふると首を横に何度も振った。この頑なさは、お兄さん譲りなのか。
「僕は……みにくいよ」
押し殺した声は小さかったのに、浴室の中でよく響いた。
髪を流して、私はバスタブのリオくんの隣に戻る。
「ね、理々香。僕、ね? 四条のこと、そういう意味で好きってわけじゃないよ?」
その話をしたのは、さきほどの下校のときだったか。
「でも、僕は人と接するのが怖いから、丁寧に接してくれる人だってわかると、つい気を許してしまう……のかも」
なんでリオくんがこの話題を振り返ろうと思い至ったのか。たぶん、自分が醜いと言ってしまうような自己評価の低さがきっかけだ。
それに対して、それを否定する、自己を肯定してくれる人を好ましく受け入れてしまう、そういうことなのだと思う。
「ダメなのかな……」
おそるおそると尋ねるリオくんに、私はきっぱりと返した。
「女の子としては、五十点」
おや、と思った。リオくんは少し困ったようで、でも少しうれしそうな顔もしたのだ。
女の子扱いされたいのだ。きっとそうだ。リオくんは、可愛い女の子だもの。
「だってそうじゃん。女の子がちょっと良くしてくれただけで心を許したらダメよ」
「う、うん……でも、四条はいいやつだよ?」
ぴちょん、と浴室の天井から雫が落ちた。私はそれが、一つ、二つ落ちる音を聞く間、考えてリオくんを尊重する答えを返した。
「じゃあ、ちゃんと線を引いて。四条くんに勘違いさせたらかわいそうだよ」
「そ、そうだね。でも、そんな風に四条が思うかなあ」
リオくんは自分の美しさを過小評価しがちだ。
私たちは、それからもう少し温まって浴室を出た。リオくんの気持ちが、少しでも持ち直していたらいいな。ちょっと、安易に触れてはいけないところに踏み込んでしまって、ごめん。
背中合わせに体を拭き、いつのまにか母さんが用意してくれたパジャマを着る。ひょっとして、私たちの話、聞かれちゃったかな……いや。と否定する。母さんはそういう器用さはない。
私がさっと身づくろいして部屋に上がると、ちょうど柚羽が来た。
まったく。ばっちりお泊りの用意をして。
「やっほ、お待たせ理々香ちゃん」
着替えやらなにやら詰め込んだバッグを肩に下げた、ラフな格好の柚羽。
「うふふ、今夜はオールで女子会ね」
「もう! 三人で寝るのせまいんだけど」
母さんが、柚羽のお泊まり参加を聞きつけて三人目の布団を用意していた。畳んであっても、私の部屋は布団でいっぱいだ。
「そう言わないでよ~。リオくんは?」
「今お風呂よ」
一緒に入ったってことは、言わないでおこう。
と、ガチャリとドアが開いてリオくんが姿を見せる。
その姿に私たちは目を剥いた。
母さんの用意したパジャマは、薄いグリーンの、私がちょっと前まで着ていたものだ。それは構わない。問題というか、とにかく説明すると、ひざ下までのズボンに、ふわりとスカートのように広がるフリフリの上着。猛烈に乙女なデザインを、リオくんは完璧に着こなしていた。とにかく乙女だ。
「す……ご……」
柚羽の驚嘆はもはや言葉になっていない。
「うん、似合ってる。わたしより」
「理々香……お風呂、一緒に入ってくれて、ありがと」
半分のぼせたのか、ほわほわとした表情でリオくんは言った。
柚羽が、すごい目で私を見ている。
(ど―ゆう状況!?)
(いろいろあったのよ!)
それから、うちの家族を交えて夕食の時間を挟んだ。
ひとまず身に着けたパジャマだけど、リオくんのはさすがにフリフリのいかにも寝間着過ぎたので、私の部屋着を貸す。だって、女の子がよその家族のお父さんの前でするカッコじゃないし。
母さんもわかっていて着せているのだから、遊びが過ぎる。ま、似合ってるから眼福だけど。
晩御飯は、母さんの宣言通り御馳走で、しれっと増えた柚羽がバクバク遠慮なく食べる。
香音と柚羽は、元から仲良かったみたいにお喋りを楽しんでいた。よかった。この子は意外と人見知りなのだ。
食後は、あらためて私の部屋で。
リオくんを再びパジャマに着替えさせる。
「着なきゃ、だめ?」
というリオくんに、私たちは力強くうなずいた。
リオくんは部屋の隅で背中を向けると、抵抗もなく部屋着からパジャマへ着替える。
柚羽は、なんとなく空気間の変化を悟ったようだった。
「リオくんは、女の子だねえ」
同じくパジャマに着かえた柚羽がしみじみと言った。
「えっ?」
「むふふふ~」
にじり寄る柚羽は、じわじわと間合いに入ると、着かえたリオくんに飛びつくように抱き着いた。
「ん~、いい抱き心地」
まあ、わからなくはない。あのパジャマの布地。そこにあるふくらみは、パジャマのデザイナーを褒めたいくらい柔らかそうに見えるのだ。
「ん、そうね。リオくんは女の子よね」
柚羽は聡い。私がお風呂場を経て感じ取ったもの、リオくんの変化を、もう解ってしまった。
リオくんを抱きしめ、ワキワキと動く手がリオくんの胸に伸びたところで、私は柚羽の頭をはたいた。
「えー、だって触り心地よさそうなんだもん」
柚羽する柚羽の間の手からリオくんを引っ張る。
「胸はまあいいとして……」
私は柚羽を諭そうと続けた。
「いいの?!」 「ダメ!」
リオくんが真っ赤な顔でかぶせるように言った。
私も柚羽に言い放った。
「胸以外にも伸びてる手がいやらしすぎてダメ」
それを聞いたリオくんが内股になって、二歩、三歩と後ずさった。
「ええ~。そこは素直に親友として知りたいじゃん」
「め」
私だってリオくんのこともっと知りたいけど、今日はだめ。リオくんの精神耐久値をお風呂場で使い切っちゃったから。




