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第五話(6)

「やだ、びしょぬれじゃない! 早くお風呂はいんなさい!」

 ただいま、と玄関に入った私たちを見るなり、母さんは悲鳴のような声を上げた。

 母さんはお風呂の給湯をセットして、私たちを脱衣所に押し込む。

 私たち、とは、あらためていうのもおかしいかもしれないが、リオくんと私だ。

 そりゃ、私は家族にリオくんを女の子だと偽って紹介したけどね。その偽りは、偽りであり事実でもあると、私は思っているんだけど!

「理々香、リオくんも、着替えを用意しておくから、さっさとお風呂入って。風邪ひいちゃう!」

 私は、この重大な局面に、顔が真っ赤になって思考が停止していることを自覚していた。

 と同時に、自分の手が意思を持ったように動き出しているのを、最初は無自覚だった。

 リオくんも、真っ赤な顔で固まっていた。どうしていいかわからない、ましてや他人の家。脱衣所から飛び出しても、逃げる場所なんてないのだ。

 私は、自分の上着を脱ぎ、さらにささやかな抵抗を排除して、リオくんのブレザーを脱がせ、彼(彼女)のネクタイをほどき、自分のネクタイを外して、シャツのボタンを外す。

 頭に血が上っているのが、よくわかった。もう、むきになってしまったのかもしれない。

 私は、自分のシャツを肩から下げ、袖から腕を抜いた。

「あの時……リオくんが勇気を出して見せてくれたから、私たち友達になれたんだよ……」

 そして、私はリオくんのシャツをずらす。

 いつかのスポーツブラとは違う、可愛らしい刺繍の施された下着姿がそこにある。

 リオくんの恥ずかしがる吐息が漏れて、私の耳をくすぐった。

 もう、ちゃんと女の子であることを選んでるじゃない。なんで男はそれがわからないかなあ。

「ね、一緒にお風呂はいろ? 風邪ひいちゃう」

 私は笑って見せた。理想の笑顔を目指して。うまくできたかわからないけど。

「女子会にお風呂はつきものだし」

 そう言った声は震えてしまった。

 背中を見せて、私は全て脱ぎ去った。

「待ってるから」

 浴室に逃げ込む。

 中ではバスタブに溜まっていくお湯の音だけが響いていた。




 掛け湯をして、ゆっくりとバスタブに浸かる。扉の向こうから、リオくんが来てくれるのを待っている。

 あああああ、なんでこんなことしちゃったんだろう!

 私、いまハダカだよ!? お風呂に入るって、リオくんもハダカになるんだよ?!

 正直なところ、これまでの人生で、どんな友達とも、女子会でお風呂なんて入ったことがない。

 女子会にお風呂はつきものとか、どの口が言うかー!

 バスタブのお湯が満ちてきて、私は鼻の下までお湯に深く浸かる。急激に室温が上がり、湯気が満ちている。

 それに……リオくんはたぶん、女の子であることを選んでる。けど、身体まで全部女の子じゃないから、無理強いしてるみたいで、悪いことをしてしまったのかも。

 すりガラスの扉の向こうに、ついに白い肌の人影が立つ。

 ガチャ、とパッキンのついた扉が音を立てて開いた。

 リオくんは、両手をつかって体を隠していた。一方の腕は、ふくらみを。もう片方は、羞恥の根源を。彼女は迷って、躊躇って、最後に両の手を交差するように、太ももの付け根のすき間を隠した。

「ご、ごめん、理々香、恥ずかしい……見ないで……」

 泣き出しそうなリオくんの声で、我に返る。私は見惚れていたんだ。白い肌ときれいな形の胸。くびれた腰。それらから目を離せないでいた。

 リオくんは、羞恥心に耐えられなくなって、胸を隠すことをあきらめて、そこを隠した。

 涙目になっている彼女を、私の心は醜悪にも、それをかわいいと思ってしまった。

 私は、バスタブの中で背中を向ける。

「か、風邪ひくから、早く入りなよ」

「う、うん」

 背中を向けた、その後ろで、リオくんが湯をかけて体を流す音を、私はまるで耳が大きくなったと錯覚するくらいに、集中して聞いていた。

 それから、白い素足が視界の端に現れる。そのつま先が、お湯に入って行く。

 見えない、見てない。でも、視界の端に、かすかに核心の部分を見えてしまった気がして、私はぎゅっと目を瞑った。

 リオくんが、お湯に身体を浸し切り、湯船の中でしゃがむと、二人で見合って、肩の力を抜いた。

 ほっと、互いに笑顔がこぼれる。

 他の女子たちの興味本位なセリフにいらだつくせに、自分の好奇心を満たした自分自身を私は叱る。

「寒くない?」

「うん……あったかい」

 春とはいえ、雨に濡れそぼって、お互いの体は冷たかったけど、もう寒さは感じなかった。

「ね、リオくん」

 私は、少し身じろぎして、リオくんの方に位置を近づける。

「私もね、裸になるの、恥ずかしいよ」

 ピタ、っと、私はリオくんの肩に肩をひっつけた。

 思いのほか体を寄せ過ぎてしまって、肩どころか、腰や太ももまで触れあってしまった。

 お湯の中で触れ合う人肌の暖かさと柔らかさが心地よくて、だからリオくんの不安が逆に分からなくなる。

「り、理々香……」

 リオくんが、もじもじと膝を抱え直して、姿勢を変える。

「私も恥ずかしいから……だから、おかしなことじゃないよ」

 おかしくないと言いながら……私は、おかしくなっていた。

 リオくんの顔が赤いように、私の顔もきっと赤い。

 でも、リオくんは女の子としてありたいのだ。だから、恥ずかしいけど、恥ずかしくない。

「もう、大丈夫だよ。リオくんは、女の子なんだね」


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