第五話(4)
「なんでリオくんがそういったと、先輩は思ってますか?」
そう言うと、葉月先輩は少し考えたふうに虚空を見つめた後、弁当を掻き込んだ。
大きな口で次々とおかずを平らげ、ご飯を飲み物のように飲み下し、みるみる弁当箱が空になる。
缶のお茶をあおって、呼吸を整えると先輩は口を開いた。
確かにお弁当を食べながら聞ける話ではない気がする。柚羽は横でもぐもぐしているけど。
「りおにも、そろそろ可愛い彼女ができるかもなって、言ったんだ」
「なんでそんな話に?」
「りおは、自分が男だから、男子なんて好きにならないって言ってた」
また、私は柚羽と顔を見合わせた。
去年の学園祭のときと同じだ。あの時も、丸尾の告白に、自分は男だから、と断った。
「そもそも、なんでそういう話になったんですか、センパイ」
柚羽が核心を探る。
「四条クンとか、イケメンだし良さそうじゃないかって、言ったんだよ」
それだ、と私たちはまたしても目線を合わせる。
「だいたい、なんで四条くんの話が出てくるんです。ちゃんと順を追ってください」
「りこと出掛けた先で……駅前のゲーセンだけど。四条クンと一緒にいるりおとばったり会ったんだよ。他にも何人かいたけど」
まあ、確かにリオくんにしては珍しい交流だとは思う。
リオくんをうちに連れ帰ったのは祝日だ。部活で登校していた仲のいいクラスメイト同士のグループだろう。そこに四条くんがリオくんを誘ったとか。リオくんも、自分を成長させたいっていう気持ちで、誘いを受けたとか、そんなところだろう。
「俺は、りおがそうやって出掛けて遊べるようになるのは、いいことだと思ってる。それを俺が邪魔しちゃいけないって思う」
この兄弟が乗り越えてきた苦しみを、私たちは聞いたことがある。
だから、リオくんの精神面の回復は先輩にとって大切なことなのだろうけど……。
「だからって、それはナイですよ。無い無い」
こうまでわかってないのかこの男は、みたいな仕草で柚羽は言った。
先輩は途方に暮れた顔で私たちを見た。
「先輩、気づいてないんですか」
私が何を言うのか、先輩はただ注視している。
「先輩は、リオくんの成長を見守る立場でいなきゃって、頑なになってますけど、でも先輩のそれって……」
「そうそう、センパイのそれって」 柚羽が同調する。
「「嫉妬です」」 私たちは図らずも声をそろえた。
ショックを受けたような顔で、先輩は一瞬固まって、それでも反論を試みる。
「だって、りおは男子は好きにならないんだろ? いや、どっちにしたって俺は兄貴として……」
はっと、先輩は口元を押さえる。頑なと指摘された「兄としての立場」を、自分が口にしたことに気づいたのだろう。
「確かにリオくんは男子を好きにならないって言いました。でも、先輩は四条くんを当てはめてみたんでしょ? リオくんの隣に」
「そうだよ。そうしたら、りおは男子を好きにならないって怒ったんだ」
どうやら、私たちはわかってきた。
「そのあと、彼女ができるかもなって言ったら、リオくんにさらに怒られた、と」
「センパイ、あのですね」
柚羽は呆れていた。最後にもう一度私たちは目を見合わせる。見解は一致した。
「リオくんは、たぶん男の子を好きにはならないです。だから、四条くんのことは心配いりません」
わざと私はそういう言い方をした。
「別に俺は心配なんて……」
「まだ言うかー」
柚羽は遠慮なく呆れた口調で言った。先輩はそれを最後に、反論する力を失ったようだった。
「リオくんが男子を好きにならないっていうのは、たぶん本当なんだと思います。普通に恋愛をするなら、きっと女の子を好きになるんだろうな、って漠然と考えてるんでしょう」
うんうん、と柚羽はうなずいて、私に任せたようだ。
「でも違うんですよ。男子は好きにならない、けど、お兄さんは特別なんです」
私が葉月先輩の目を見ると、先輩は目を逸らした。
構わず、私は繰り返す。
「お兄さんだけが、例外なんです」
葉月先輩は心配になるくらい黙り込んでしまった。それから立ち上がって、のろのろと歩き出す。まるで私たちの存在を忘れたかのように。
頭の中では、私たちが言った言葉の意味を考えているのだろうか?
私たちは弁当をささっと包み直して、先輩のあとを追った。
「俺……間違えた?」
「ね、理々香ちゃん、センパイ大丈夫かな。おかしくなっちゃったよ?」
「しっ」
私たちは夢遊病者のような先輩のあとを歩いた。
先輩がどういう表情をしているのか、想像に任せるしかない。ぶつぶつと何かつぶやく先輩とすれ違う女子が、ひっ、と息をのんで道を空けるのを見るに、推して知るべしということか。
「俺なんかじゃ……俺が、ちゃんとしなきゃ……」
「ね、センパイはなんて言ってるの?」
柚羽の疑問は私にもわからない。でも、こんな状態の先輩をリオくんに見せるのはよくない気がした。
「りおをいつか、ふつうに……」
「葉月先輩、教室に戻りましょう」
私は先輩の腕をつかんで引き留めたのだけど、それは少し遅かった。
中庭に差し掛かるその場所から、テーブルでお弁当を広げるリオくんと、四条くんの姿が見えてしまった。
二人の周囲には、ほかの生徒たちが座り、ちらちらと彼らの様子を窺っては噂話しているのだと容易に想像がつく。
イケメンと、話題の美人男子生徒の組み合わせ。さぞや眼福だろう。否定はしないけど。
二人は雑談している様子だった。




