第五話(3)
教室、まさに「ホーム」ルームに守られて注目が薄まると、やっと一息つけた。
「同伴出勤とは恐れ入ったよ、理々香ちゃん」
席に着くなり、柚羽がやってきた。
「ちょっと、うら若い高校生が知ってていいセリフじゃないと思うけど」
「私も日々成長してるんだもん。で、どゆこと?」
私は柚羽にも相談の要ありと認めて、耳打ちした。
「ナニそれ、今夜私も泊まる」
泊めて、ではなく、泊まると言ったよこの子。
さて、そろそろ葉月家が使う路線バスが着く時間。おっつけ校門坂を登ってくるはず。
「あ、いたいた」
私は教室の窓から校門坂を見渡す。
三階の景色は二年の象徴。少し地面が近くなった分、大人に近づいた。四階の一年とは違う。なんだかそれがほのかな優越感。
それはさておき、葉月先輩が坂道をせかせか歩いているのを私は発見した。人波をかき分けて周りの生徒をグングン追い抜いているから、急いでるんだろうな。
「どれどれ?」
柚羽も隣からのぞき込む。さらに隣には無言だけど、リオくんもいた。
「走ってないから減点だよねえ」
リオくんを見ると、無言でさみしそうにお兄さんを見つめていた。もちろん走ってないからがっかりしているのではないと思う。
さて、だ。
私たちはリオくんを席に座らせて、教室の入り口で目当ての人物を待ち構えた。
「あー、きたよ理々香ちゃん」
昇降口から階段を上って、二年の廊下を歩いてくる葉月先輩。男子たちがぎょっとして避けていくのは新たな葉月伝説のせいか、ちょっと滑稽。
先輩は私たちの姿をみとめて立ち止まった。
「りお……は?」
息を切らして、うっすら汗をかいた先輩は、ちょっとかわいいと思う。別にアレな意味ではなくて。
「ちゃーんと当家でお預かりしてますよ。今日もきちんと登校してます」
そういうと、先輩は教室に入ろうとするので、私と柚羽で遮った。
「会ってリオくんになんて言うつもりですか?」
腕組みした女子二人にとおせんぼされて、葉月先輩はたじろいだ様子だ。
見たか男子ども。葉月先輩なんて怖くないんだから。弟妹に甘々のただのお兄ちゃんなのだ。
「リオくんと何を話して、なんて言ったんですか。昼休みに聞かせてください」
「そーそー。ウカツなことを言っても、リオくんを傷つけるだけかもですよ?」
私のセリフに柚羽が説得力を上乗せすると、先輩は小さく両手を挙げた。
「わ、わかった。たしかに、俺はいま、りおになんて言えばいいかわからない」
ああ、これはほんとに困ってるな。目線が泳いで言葉に力はなかった。
「ここからでいいから、りおの顔だけ見せてくれないか」
ふう、仕方ないですね、と道を開けようとした私だったが、柚羽は違って、即座にノーを突き付けた。
「センパぁい。きっとお互い顔を合わせない時間が必要なんですよ。ささ、お引き取りを~」
柚羽はそのままぐいぐいと葉月先輩の背中を押して階段まで追いやったのだった。
情けない葉月先輩の姿を見て、葉月伝説が少しは収まるといいけど。ま、たぶん無理だろうけど。
昼休み、私はリオくんにズバリ事情を伝えた。
「お兄さんと、話つけてくっから」
とは柚羽のセリフ。
ぺし、とツッコミを入れて私は言い直した。
「葉月先輩と話してくるから、ごめん、リオくんお弁当先に食べてて?」
「う、うん……」
リオくんの手には、うちの母さんが持たせてくれたお弁当が。両手でしっかりとそれを持ったリオくんの表情はさみしそうで、私は後ろ髪引かれたけど、それを振り切るように葉月先輩の教室へと赴いた。
先輩と私たちは、弁当を手にうろうろ。
ゆっくり話をしながら弁当を食べられる場所を求めて。
中庭は論外だ。耳をすませば隣のテーブルの恋バナが漏れ聞こえるような場所である。葉月家の話題となれば好奇心で耳を傾ける生徒はさぞ多いだろう。
先輩の発案で、校舎裏へ移動。
藤原先輩たちの不良グループが根城にしていた場所だ。
「ちょっと、じめじめというか、かび臭いというか」
湿った空気とコンクリートの匂いに、何か別の臭いが混ざっている。
「うわぁ……」
柚羽が発見したのは、たばこの吸い殻。
人に話を盗み聞きされる心配はなさそうだけど、食事がおいしくなくなるのは確かだ。
「あそこは?」
その場所を背にして、駐輪場に降りる階段の脇に背もたれのない据え付けのベンチがある。
丸太を縦に割って、横に寝かせたようなデザインの、コンクリート製のやつだ。
葉月先輩が示したのはそれだった。
私たちは腰を落ち着けると、ひとまずお弁当を広げて、箸を進める。
おかずとご飯が半分ずつくらいになったあたりで、私は切り出した。
「リオくんと、なにがあったんですか」
葉月先輩はもぐもぐと口にあるものをゆっくり飲み込んで、それから数秒かぞえるくらいの間、黙っていた。
「りおが、わかってない、って、俺のことを怒ったんだ......」
私と柚羽は顔を見合わせた。




