第四話(4)
四条クンの背中にぴったりと歩く莉緒。
さらにその後ろには、男子も女子もいる。吹奏楽部の面々なのか。いや、四条クンはそもそも吹奏楽部じゃなかったはず。
最近ますますきれいになっていく莉緒は、男子と女子どっちのグループとして、その場にいるのだろう。そもそも何の集まりなんだ。
一瞬でそんな疑問が俺の脳裏をよぎった。
結論。莉緒にも付き合いというものがあるのだから。
そんな言葉で上辺を固めた俺は、さも常識的なセリフを口にしていた。
「よう、莉緒。部活のみんなと寄り道か? 先に帰ってるからな」
「う、うん……ちょっと遊んで帰るね」
そのグループと、自動ドアの出入口を譲り合って、俺たちは別れた。
「りこ、足はその後、痛まないか?」
家路を走るバスに揺られながら、俺はとなりに座るりこに聞いた。
「はる兄、平気だよ……ねえ、はる兄は、りお兄のこと気にならないの?」
「んん? りお、うまくやってるみたいだな。吹奏楽部かなあ、あのグループ。りおに友達ができて、良かった」
ほんとに良かった。
いつまでも、箱の中に大事に仕舞って守ってちゃ、いけないんだな。
ほんとによかった……。いいことのはずなんだ。
「はる兄、りお兄を取られて泣いてる?」
「泣くかよ!」
ふん、っとそっぽを向く。
「はいはい。私がいてあげるから」
りこがなんだか、妙に引っついてきて、って、引っつくのはいつものことだけど、腕を絡めて、いつもよりも距離が近かった。
こんなの、兄妹の距離じゃない。
ほかの乗客は、俺たちのことなんて、気にもしない。兄妹だなんて、誰もわからないのだ。
◆◇◆◇◆
りこたちがバスに乗り込む前。私は停留所で、バスが来るまでの間、私はりこに作戦を伝授した。
お兄さんは、掲示された時刻表を調べている。その隣にりこは立っていて、私はりこに肩をぶつけて、スマホの画面を見せると、素早くメッセージを入力。
『お兄さん、今へこんでる筈だから、グイグイいきなさいよ』
『りお兄がほかの人といたの、やっぱりショックなのかなあ』
『いままで莉緒さんをずっとべったり守ってきたんだから、絶対そうよ。積極的にね!』
『ね、ちょっと話は変わるけどさ……靴下を脱がされたり、履かされたりするのって、ちょっとエッチだね』
『どゆこと?』
りこがまた突拍子のないことを言い始めた。たまに思考が追い付かない時がある。
『ええ、と、なんとく』
『なんとなく、エロスに目覚めたの?』
「違うって!」
思わずリアルに口をついたりこに、私は噴き出して、そのままこらえきれずに、声に出して笑った。
そんなこんなで、バスに乗り込む二人を見送って十分くらい経つ。
りこはちゃんとやれてるだろうか。
ピンポン、次とまります、の音声で、俺はビクンと目が覚めた。
「ふふーん、はる兄、よく寝てたね」
りこが俺の顔を覗き込んでくる。
俺は、こともあろうに、りこの肩に頭を持たれて眠りこけていた。
む、バスの中か……。よかった、寝過ごさなくて。
よしよしと、りこの頭を撫でて褒めてやる。
「もう、子ども扱いしないでよう」
「りこだって、ちょっと先に起きただけだろ?」
「そ、そんなことないもん」
「よだれのあとがついてるぞ」
りこが慌てて口元を拭うのを、俺は笑いを噛みこらえて見ていた。
「ついてないよ! 寝てないから。さっ、降りよう!」
よだれのあとはこっちだよ。りこが拭ったのと反対側の頬を、俺は手でこすってやった。
ゆでだこみたいに赤いりこは、俺の手を引っ張ってバスを降りる。
そのまま、俺はりこに手を引かれて家路を歩いた。
夕暮れには少し早い時間。青い空にトンビがのんびり舞っていた。
◆◇◆◇◆
莉緒が家に帰ったのは、ちょうどバス一本分くらいあとの時間。
「ただいま」
莉緒のほっぺたは、ちょっと上気していてバス停から走ってきたのかな、と想像させる。
「おう、おかえり」
たまたま二階に上がろうとしていた俺が、莉緒を出迎える形になった。
「うん……」
うちの最寄の路線バスは、ざっくり一時間に一本。きっと俺たちが乗った次のバスに乗ったんだろう。
慌てて帰らなくても、せっかくできた友達とゆっくりしてくればよかったのに。
「早かったな」
「うん……」
「もっとゆっくりしてくるのかと思ったよ」
「だって……!」
さっさと二階に上がろうとする俺に、莉緒は慌てて靴を脱いで言葉を継いだ。
「変に誤解されたままにしたくなかったから」
「大丈夫だよ、りお。別にいいじゃないか、友達と部活のあとに遊びに出掛けるなんて、いいと思うぞ」
俺は、おかしなことは言ってないはずだ。ちゃんと兄貴として、正しいはず。
なのに自分がそうしたセリフを吐き出すたびに、心がざわついて仕方ない。
莉緒やりこの心に寄り添ってないんじゃないかって。そう心の奥ではわかっていたのに、この時はまだ気づけていなかったのかもしれない。ただただ、俺の胸のなかの何かが不正解だと告げるようにざわめいていた。
「そうだけど……」
「四条クン、イケメンだし、中身も良さそうだろ?」
「僕……男だもん……男の子なんて、好きにならないよ!」




