表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/44

#12:心らしきものが消えて(後)(1)

「あれ?」


 ここはどこだ?


「……あー」


 紛れもない。ごみステーションにいる。

 盛大な可燃ごみの山に埋もれてしまっている。


「くせえ……」


 さて。まずは、この一帯を見渡すべきだ。

 初めは真上。すでに太陽が昇っている。一応、朝らしい。

 次に地面。目の前は道路であり、両サイドには歩道が備えてある。

 

「……通学路だ。いつもの」


 俺は頭を抱えていたが、やがて、すっくと立ち上がる。

 キイィ、という音を立てて、ごみステーションの扉が開く。

 グギュルウウウウウウウウウウ……お腹が鳴ってしまう。


「くそ、家には帰れないし……てゆうか、今何時だ?」

「見つけた」

「!?」


 ……由香里。由香里だった。


「なにしてんの? 渉」


 涙が出そうになった。ぐっとこらえ、その顔を見る。


「ちょっと、なにしてんの? こんなところで。昨日、栞さん大変だったんだよ」

「……由香里、ちょっといいか」


 ごみステーションから離れた。

 由香里の前へと。


「なに?」

「金を貸して欲しい。300円。今、手持ちがな――ブジエアアアアアアアアアアアsjfぢおさふぃだえらえっテッ!!!」


 身体が飛んだ。

 歩道から車道へ、車道からまた歩道へ。

 道路を挟んで向こう側にあるごみステーションの金網にぶつかり、もんどり打って倒れてしまう。

 ……由香里が歩いてきた。もう、すぐ目の前にいる。


「ゆ、由香里っ!」

「なに」

「……ごめんなさい」

「わかればよろしい」


 我ながら、情けない謝罪だった。

 自分の家の方角を見つめる。


「渉。いったい何があったの?」


 いつもそうだ。冷静。

 由香里は、危うい状況であればあるほど冷静になる。


「なあ、俺のこと、警察が捜したりしてるのかな」

「してるわけないでしょ。あたしたち、憲法上は人間じゃないんだから」

「でも、栞は」

「もちろん探してるわ。今は、たぶん――」


 国府の森(こうふのもり)から見て、西側を指さす。


「荒谷町を探すって。今朝言ってた」

「……聞かないのかよ」

「なにを?」

「どうして俺がこんなこと、したのかって」

「ふーん……どうしてこんなことしたの?」


 考え込んだ。いったい、どう答えればよいものか。

 なにもかも、包み隠さず話すことはできない。できるものか。


「でも、いいわ。聞かない」

「……なんで?」

「逆に考えてみて。問われているのが、あたしの方だったとするでしょ。それで、渉は、あたしが言いたくないことを強引に聞き出そうとしている。さあ……どうなると思う?」


 俺は、頭を引っかいた。

 知恵比べでは一生勝てないだろう。


「えーえー、どうせ俺は、人の気持ちなんかわかりませんよ……」


 ふてくされてしまう。情けない。

 しばし頭を垂れていたが、


「やばいっ、誰か来る」


 山の方に至る坂道へと逃げ込んだ。

 由香里もついてくる。


「……ふう」


 隠れおおせた。心臓がバクバクいっている。

 影からこっそり身を乗り出すと、その正体が鵜飼尚吾であるとわかる。

 尚吾なら、見つかってもなんとかなったかもしれない。いや、でも、だめだ。こっそり栞に報告するかもしれない。モノで釣られるとかして。

 

「……アハハッ! 渉、すっかりびびってる~!」


 由香里が笑い出した。

 ぐいっ。袖を握られてしまう。


「栞さんだって、概念力(ノーション)使えるんだからね。油断はぜったいダメよ」


 耳元で、そう囁くとともに、俺の手を握ってくる。


「由香里。どうした」


 ……眼を閉じている。これは、概念力(ノーション)を現出させようとしている時の――


「エアリアル・プロンプト」


 呟きとともに、ジャンプ――あれよあれよという間に、空中に舞い上がってしまう。


「暴れないでよ」

「ふたり分、支えられるようになったんだな……やっぱり、由香里はすごいよ」

「まあね」


 そっけない返事だった。

 ゆらゆらと宙を漂う。確実にこちらを見ている者がいるだろうが、見つからないという自信をもつことができる。きっと、工学迷彩的なナニカをやってるんだろう。


「もっと褒めてもいいのよ?」


 ……山蔭に、自分の家と、由香里の家と、篤の家と、砂羽の家と……ぼんやりと眺めながら、


「由香里。ありがとうな。幼馴染に生まれてきてくれて」

「ばかっ」


 握られた手のひらに熱さを感じる。

 

 *  *  *


 由香里の家の前にいる。

 時刻は、午前8時40分。とうに朝礼が始まっている。


「……おい、由香里。由香里ったら」


 腹を抱えて座り込んでいる。プルプルと震えながら、右手で玄関前の朽ちた柱を握り締めている。

 やがて、『もうダメだ』とばかり、膝をついてしまった――


「ぷ、は、はは、は、はぁ、ぁ……!」

「……」

「もーだめ。もー、いやいや、まさか、国府の森(こうふのもり)に行ってたなんて! しかも、仲間に入れてくれ、だって。じゃーなんで、結局ふたりもブッ倒してんのよ」


 笑いがやまないでいる。箸が落ちてもおかしい年頃……だろうか?


「かなりの下っ端なんだろうけど……って、あんまり騒ぐなよ……お母さん、まだ寝てるんだろ」


 俺は、もらった菓子パンをほおばりながら喋っている。


「渉! 食べながら喋らない!」

「んぐぐ」


 残りを一気に飲み込んだ。

 いつもより、だいぶ遅めの朝食だった。昨日の夕食すら食べていない。


「よいしょっと」


 汐町家の消臭スプレーを手に取った。

 シュッシュッと、学ランに振りかける。これで、生ごみのニオイも消えるはず。


「……腹も膨れたし、消臭もOK。あとは」


 山の方を見る。

 当然、国府の森(こうふのもり)を見据えている。


「ありがとな、由香里。じゃあ、行ってくる」

「わかった」


 由香里は、カバンを肩に掛けたなら、


「実はね、裏道もあるのよ。どっちから行く?」

「……え?」


 お前は何を言ってるんだ?


「だから。正面突破だとバリケードがあるでしょ。あんたはいいけど、あたしが昇ったら制服のスカートやぶれるでしょ」

「……いや、概念力(ノーション)使おうよ」

「察知されたらどうするの?」

「う! いや、それは……」

「ほら~、渉! やっぱり甘いんだから!」


 いやいや、違う。そういうことじゃなくて。

 なんで、お前がついてくるんだ?

 負けじと、目前にあるふたつの目を覗き込んだ。


「家出したいのは俺だ。なんで付いてくるんだよ。おかしいだろ! 学校いけよ」

「学校なんてつまんないし」

「毎朝、元気に挨拶してんだろっ」

「みんな、『おはよう』って返してくれないのよね。技術の授業で一緒の班になった子たちもね、ぜんぜんだめなの。ああ、でも、そうそう。藤原さん達だけは、あたしに挨拶返してくれるんだ。雑談だってするの。優しいよね、あの子たち」

「……そ、そうだろ! あの4人だけは、違う……と、思う」

「あ、でも。和田先生がいなくなったから、お話しとかできる大人もいなくなっちゃったしし……あたしも、そうだな。国府の森(こうふのもり)で暮らしたくなったかも」

「……もういいよ、好きにしろ。俺は、正面突破するからな」

「なら、あたしも」


 幼い頃を思い出す。

 そういえば、真っ暗な山林に一番最初に駆け入るのが自分で、その次が由香里だった。その次が砂羽で、最後は決まって篤だった。

 ――深呼吸をする。気持ちは決まった。


「由香里。俺についてきてくれるか」

「……うん。よーし、それじゃ、行きますか」


 そう言って、俺の斜め後ろへと。


「なんか、昔みたいだね」

「そうだな」


 汐町家の玄関を振り返る。

 あの日、あの夜に垣間見た情事がよみがえった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ