闇夜に輝く花④
本当にあんなのが金剛なのか?
舞踏会で浮足立つ奴らを傍目に居酒屋でいっぱいやっていた俺に声を掛けてきたあたりで、これはヤバい案件だとは思った。
舞踏会の時期は城にいろんな客が集まる。
城下町だって地方から来た客で溢れかえり、下町は大繁盛する。
下町には主に、舞踏会に参加する者の従者が来る。
彼らは地方から来ているだけあって、この時期多大な恩恵を与えてくれる。
物もよく売れるし、宿屋も繁盛する。
地方からくる客は観光も兼ねていたりするから、なおの事有難い。
そして、この人が溢れる時期には犯罪も横行する。
勿論、この事は城の役人も存じ上げていて、この時期の彼らの力は恐ろしいくらいに素早く正確で、裏社会に通じている奴は絶対にこの時期には動かない事が暗黙の了解になっている。
むしろ、それらを利用し、普段は軽犯罪を繰り返している奴らが地方の客の護衛役を買って出たりするから面白い。
だが、俺はそれが面白くなかった。
かといって、この時期に動くのはバカだということも分かっていて、要はふて腐れながら酒を飲んでいた。
そんな時だ。
声を掛けられた。
「あなたは護衛はされていらっしゃらないんですか?」
ちびちびと酒を飲んでいた俺に、そいつは声を掛けてきた。
「…。」
一見、優しい声色を出し、格好も見るからに地方から出てきた従者にしては良い格好をしているが、その光のない目がヤバいやつだと物語っている。
無視を決め込み男とは反対方向に向き直すが、男は隣に座ってきた。
「私、坊ちゃまが舞踏会に参加されるのでこちらまで付いてきたのですが、やはり田舎者で。勝手が解らず少々困ってしまっていて」
…困っている者は、俺の様な自分で言うのもなんだが、厳つい男には声はかけねぇだろうと思いながらも、話しかけるなという意志を込めて男をぎろりと睨み付ける。
「…おや、何も話していないのに嫌われてしまいましたか」
さも困った様な口調で言うが顔は全く困ってはいない。
むしろ状況を楽しんでいる様にしか思えない。
「ふむ。あなたほどの方でも舞踏会の警護が怖いのですね」
「…挑発には乗らねえぞ。話しはしねぇ、余所へ行きな」
「おや、余所へ行ってもいいんですか?この状況を面白く思っていないあなただ。彼らに一矢報いる機会をみすみす逃すとも思えません。それに…何と言ってもあなたに断る選択しはありませんしねぇ…」
「…それはどういう事だ…」
「あなたの大事な可愛い妹さん…確かお名前は・・」
「俺に妹はいねぇ」
嫌な汗が頭髪から一気に出てきたが、悟られない様に冷静な声を絞り出す。
「おや、妹さんではないのですね?でしたら、クリスという名前の可愛い女性がどの様な目にあおうともよろしいですよね」
「…」
拳を握りながら男を睨み付ける。
クリスは俺の大事な家族だ。
だが、正確には妹ではない。
どうしようもない親父の二番目の妻の連れ子だった。
クリスが家に来た時、まだ小さい赤ん坊だった。
親父はどうしようもない奴だったし、母親も同じく踊り子を生業にしていて始終家を空けていた。
必然的に俺が面倒を押し付けられる事になっただけの妹だった。
だが、必死に育てているうちに情が湧いて俺の掛け替えのない宝物になっていった。
環境が劇的に変わったのは、クリスには聖力があると分かった晩だ。
俺もまだ子供だった。
聖力や魔力があれば、領主の所の学園に行ける。
運良く他の者より力が更にあれば、中央の学園に通うことも出来ると聞いていた。
そうすれば、皆が憧れている魔道士や聖職者にだってなれる。
そうすれば、給料だってもらえる。
クリスは俺たち家族の希望だと思った。
親父は昔、領主の学園に通う魔道士だったらしい。
俺が生まれる前に上司とそりが合わなくて辞めたらしい。
俺が産まれた時は、俺の魔力を期待していた。
期待に反して何の力も持たずに産まれてきた俺は親父に何度も暴力を振るわれた。
何度も何度も。
何故、俺の息子なのに力がないのだと。
俺の息子ではないのだろうと、母と俺は何度も何度も殴られた。
気が付いたら、俺の母は俺の前から姿を消していた。
クリスに力があると分かった時、だから俺は、親父が喜ぶと思った。
そうすれば、もう暴力も振るわれないし他の親の様に、俺たちに優しくなるだろうと思った。
だから、俺は、クリスの力の事を両親に話した。
そして俺の考えが甘かった事を思い知る事になる。
その日の晩には、俺は両親を殺すことに決めていた。
彼らはもう、親でもなんでもなかった。
彼らは、この先一生、俺たちを苦しめる存在だと、あの日に理解してしまった。
俺はクリスを守ろうと思った。
あの晩からクリスには会っていない。
そして、クリスも俺の存在は覚えていないと思う。
だが、俺は忘れた事はなかった。
クリスだけが俺の生きがいになっていた。
一度だけ、どうしてもクリスがどうしているか知りたくて、探した事がある。
ただ、生きているかどうかだけ知りたかった。
クリスは聖職者になり、領主の館で働いていると噂で知り、俺はその領地を去った。
真面に働いてなどいない俺がいては、妹の足かせにしかならないと思ったからだ。
なのに。
何故、今更。
「…何が言いたい」
何処で情報を得たのか。
男のいうクリスが本当に俺の妹のクリスかは分からなかったが
俺が産まれた領地の者ならば、可能性は無くはない。
「…クリスはとても良く働く、素晴らしい子です。聖職者として将来が楽しみです」
「…要件を言え」
「おや、私の話しに興味を持ってくださったのですか?」
「…はっ…どうせ俺に拒否権は無いんだろう?」
「ふふふ。あなたの優しさのお蔭で、クリスは今後も聖職者として働く事が出来ますね」
そういうと、男は光のない目を細めて初めて本当の笑みを浮かべ、仕事内容を語り始めた。
去り際には、俺が裏切らない様、魔術の契約書を結ばせる事も忘れなかった。
クリスには手を出さないという条件と引き換えに。
だが…本当に、この馬車の荷台にいる女が金剛なのか?
確かに酒場であった、あの男が連れてきた女なのだが、本当に、こいつが金剛なのか?
荷馬車を走らせながら、後ろの女を思い浮かべる。
この時期、下町の警備は厳しいが、城への業者の出入りは存外簡単だ。
何せ、本当の領主様が発行した手形があるのだ。
疑う者などいなかった。
故に、簡単に城を抜け出せた。
だが、金剛では無かったとしたら。
契約書は『金剛を運ぶ』という内容で約束を取り交わしている。
では、『金剛』では無かった場合、どうなるだろう。
俺は…おとりなのではないのか…。
馬車を走らせながら、嫌な想像が頭から離れない。
この女が金剛では無かった場合、契約は守られていない。
つまり、クリスが危ないということにならないだろうか?
嫌な想像が膨らんでいた矢先、後ろの荷台から音がし始めた。
・・・・追手はまだ来ていない。
もう少し行った森の中で、金剛かどうかを確かめる必要がある。
そう、俺は考えた。




