泉と歌②
何だかよく解らない間に仲直りをしたらしい我々は今、岩の上に座っている。
そもそも喧嘩を仕掛けてきたのは一方的に向こうなのだが。
何故か今は仲良く隣同士で座っている。
目の前の泉からは清らかな水が、これまた清らかに優しく流れている。
何、この初デートみたいな雰囲気。
「お城の水はここの水を使っているんですか?」
何故、こんな状況になったのか思い返してもわからない。
よく解らないが、この男が傲慢に「座れ」と隣をぽんぽん叩くものだから、何となくなのだ。
とりあえず適当な質問を投げかける。
「そうだな…。城だけではなく国全体を清めている。」
「?」
「水、だけではなく、まぁ色々あるのだ。」
「へー。確かに、癒されますもんねー。」
会話がいまいちかみ合っていない事を自覚しつつ、相槌を打つ。
「…。」
そして会話が進まない。
どうしよう、帰りたい。
「…お前、本当に記憶がないのか?」
「ん?あ、ええ。この世界の事は全く。」
「この世界?」
「げ!!」
あ、しまった!
適当に返事してたら、ついウッカリ本当の事を口走ってしまった!
「いや、えーと、この世界の理とかもぜーんぶ!忘れてしまってます!」
どうだ!
この回避!
「…大変じゃないのか?」
おおおお。
回避成功!
「…んー。たまにそれで問題起こしてしまう事もあるんですけど、食べたり話したり、書いたりは出来るので日常生活的にはそれほど大変じゃないんです。」
「そうか。」
「ええ。でもまぁ、ここに勝手に入って来てはいけないとは知らず、すみません。」
「!」
思い出したかのように男が急に泉からこちらに振り向き腕をつかむ。
「な!?」
「そうだ、お前、ここにどうやって入ってきた。」
「いや、だから。…本当は書籍庫に行こうとしていたんです。」
「何故、こっちに来た。第一、書籍庫は真ん中の道だろう。」
「ええ、でもその途中で歌・・・というか呪文というか・・・綺麗な声が聞こえてつい、ふらふらっと森の中へ入ってしまいまして。」
「…入ってこられたのか?」
「は?」
「…いや…。」
「…入ってこられない仕組みなんですか?」
「…。」
…そうだったんだ。
よく解らないけど、何故か私が入れてしまったと。
えーと。
それは、すみません。よく解らないけど、あやまっとこ。
「えーと、それは、すみませんでした。」
「いや、お前の所為ではない。…多分。」
「はぁ。」
沈黙が痛い。
「…えーと、あ!歌を歌っていたのはあなたですか?」
「は?」
「物凄く綺麗な声で、我が心の花よ清き花を咲かせたまえ。でしたっけ。」
「!!!!」
えええええええ!!
いきなり両腕掴まれて男の方に向かされたんですけど!
何!
「?・・あ!恥ずかしいとかですか?…いや、大丈夫です!誰にも言いません!綺麗な歌声の主があなただという事とか、この場で歌っていたなんてこと!」
そうだよね。
恥ずかしいよね!ごめんね!聞いちゃってて!
「…そうではない!」
「はー?」
「お前、歌の歌詞分かったのか?」
「へ?いや、全部は聞こえなかったので全部は解りませんよ?」
「…ちょっと待っていろ。」
えー。
何ですか。帰りたいんですけど。書庫で本借りたいんですけど。
男は身を軽やかに翻し、岩の近くに置いてあった自分の私物であろう物から一冊の重厚そうな本を取り出してきた。
彼の軍服と同じ色に染められた黒みがかった群青色の布で装丁された豪華な造りの本だ。
一点ものなのかな。
金色で縁どりもされている。
さぞかし値打ちものに違いない。
印刷技術が発達し書籍が身近な物になっていってから、装丁の豪華本は私のいた世界では滅多にお目にかかれなかった。
でも、いいな、こういう本も。
「読んでみろ。」
高そうな本なのに男は本を気軽にぽんと投げた。
げ!
「危ないじゃないですか!大切に扱ってくださいよ!」
「いいから、早く読め!」
全く。この男は!
重厚な造りの書籍にしては持った感じが軽い。
何かの魔法がかかっているのかな。
羽のような軽さというと言い過ぎかもしれないが近いものがある。
ページをめくるとこれまた軽く滑らかな質感の紙だ。
わぁ、カッコイイ。
絵柄もあって、しゃれた飾り文字だ。
「・・・え、これ手書きですか?」
印刷にしては、インクの文字が浮き出ている様な…。
「いいから!」
…はいはい。早く読めばいいんでしょ。
「いち、世の理。に、聖獣と魔獣。…あ。これ、目次でした。」
「!お前!やっぱり読めるのか!それが!」
「…はぁー?だって、普通に書いてあるじゃないですか。え?」
ん?これ、本当は読めないの?
「お前!!これからは私の元で働け!」
・・・・はぁぁぁぁ?
「えーと、断ります!」
豪華な本を彼に押し付ける。
「おい!」
「いや、私、見習いの勉強とセルフィス隊長の小間使いでもう時間ないんで!…それに、そろそろ書籍庫に行かせてください。」
「な!」
「えーと、ここにはもう、入らないようにするので。」
「待て!」
・・・・もう、本当、面倒な人だな。
「いやいやー。本当、すみませんでした。気を付けますんで。」
「そういうことじゃない!」
じゃぁ、どういうことだよ!
「私の命令が聞けないのか!後悔するぞ!」
いやいや、何様?
「そうは言われましても。私も今、忙しくしていまして。スカウトしてくださって本当有難いんですけど、今回は遠慮させていただきますー。」
「!!まて!私はこの国の王子だぞ!」
思考停止。
・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁー???????
彼に背を向けていた私は胡散臭そうに振り返る。
王子ぃ?
このうっとうしい髪型している奴がぁあああああ?????
確かに髪はキラキラ光ってはいるけれど。
でもさ、このうっとうしい髪型!誰にも何も言われないはずがない!
そうだよ。
誰にも指摘されないわけがない!
「…王子の訳ない。」
ボソっと呟く。
「…何故だ!」
「…王子様はそんなうっとうしい髪型するわけない!」
男に向かって指を指す。
人に向かって指を指してはいけません!って習ったのはいつだったか。
でも、この状況!指さないわけにはいきますまい!
「なっ!!」
「確かに、服は高そうだし隊長クラスの服だったから身分は高いのかもしれないけど!そんなうっとうしい髪型の王子なんているもんか!」
「お!」
「確かに!偉そうだから、王子様かもって一瞬思ったりしたけど!」
「ほらみろ!」
「いやいや!王子様なら髪型もう少し何とかするはず!だって執事さんとかメイドさんとか沢山の方々がお世話をするんでしょう?それなのに、そんなうっとうしそうな髪型を放置するはずがない!」
「おーまーえー。言わせておけば!」
「…王子様なら証拠を見せてくださいよー。」
「は?証拠だと?」
「…。」
くっと拳を握りしめたかと思ったら男はキラキラ輝いたその顔全体にかかったうっとうしい髪をばっと上にあげる。
「この顔だ!」
キラキラした髪の下にはバロン隊長やセルフィス隊長にも負けないくらいの、これまたイケメン顔が隠れていたのだった。
まぁでも、顔を見せられても記憶がないので王子だってわからないですけど。
というコメントで彼は膝を地面につけたのだった。
やった、この男を地べたに這いつくばらせたぜい。
いや、まぁ違った意味で。
へへ。
まぁ、やっぱり王子様なんだー。
ついつい、遊んでしまった。
だって勿体ない。
こんないい顔を表に出さないなんて。
とりあえず四つん這いになって項垂れている王子に近づき「顔、イケメンなのに隠しているのは勿体ないです!髪型切ってください!」
というのを忘れない。
「…そんなにうっとうしいか?」
「はい。とても。それに宝の持ち腐れです。」
「…そういうものか。」
「はい。特に理由もなくその髪型をしていらっしゃるならキチンとされた方が、他の方々にも好感をもたれますよ。」
「別に好感など私には必要ない。」
「いやいや、なんだかんだいっても人は第一印象が大事なんです。もう少しで舞踏会ですし。」
「…。前に顔を見せていたらその舞踏会とやらが面倒くさくてな…。」
「…いいことじゃないですか。」
「よくないわ!」
「そうですかー?でも意中の女性が舞踏会に現れた時、その髪型だと引かれちゃうかもしれませんよ?」
「…。」
「それに、そんなイケメンで顔隠されたら私の立場がないじゃないですか!」
「…何でお前の立場が無いんだ。」
「だって、こんな顔でも顔をさらけ出しているんです。なのに、イケメンが顔を隠すなんて、もう私ぐらいの顔、死ね!って感じですよね?」
「…その理屈はいまいちよく解らないが。」
「まぁ、どうしても嫌なら無理に髪を切れ!なんていいませんけど。」
「・・どっちだ。」
「切ってほしいです。」
「…。お前に何かいいことでもあるのか。」
「はい。眼福です。」
「…。」
「イケメンは眺めるだけで女性は幸せなんですよ。ほほ。」
「…だったら…。」
「?なんですか?」
「私が髪をきったら、お前舞踏会の時、私の隣にいてくれるか?」
「はぁー?嫌ですよ。」
だって、こんな王子より妹にバロン隊長を紹介しなくちゃだもん。
「なんだって私が王子の傍にいなくちゃなんですか。そんなに嫌なら、最初の挨拶のあと、舞踏会出席しなきゃいいじゃないですかー。」
「…。」
「それに、王子、きっと髪がうっとうしくても人気なんですよね?そんな人気の方の傍にいたら私、恨まれて殺されてしまいます。」
「…金剛と名乗っているのにか。」
「はい。強いだけでは女性の世界は渡れないのです。女性の間にはそれはそれはこわーい世界がありましてね。」
「…どうせ、もう、無駄なあがきだと思うがな。」
「は?」
「…いや、髪型はそんなにお前が言うなら切ってやる。」
「本当ですか?」
おお、やった。
「ただし、週一でもいいから、私の仕事も手伝え!」
「えー・・・。」
「えーじゃない!そこらへんの魔道士の授業よりも役に立つぞ!」
「…うーん。じゃぁ、週一、一時間。」
「…二時間。」
「一時間半!」
「…いいだろう。」
「あ、お給料でますか?」
「…。」
「あ、あきれましたね?顔見えなくてもそれくらいわかりますよ!」
「考えておく。」
「…本当に考えておいてくださいよ?私、貧乏学生なんですから!それでは、話がまとまったところで、本当に私、書籍庫に行きますね。来週何時くらいに何処に行けばいいですか?」
「…。」
王子?
何、肩震わせて。
は?
笑ってるの?何でよ!
「えーと?」
「…お前、金剛って今後も名乗れよ!」
「…。名乗っていいんですかね。」
「…なんなら金剛じゃなくて、王花と名乗るのもいいぞ。」
「はぁ?なんですか、そのあだ名。もう、覚えるの面倒なんで、金剛でいいです。」
「そうか、残念だな。」
「なんですか、それ。」
こうして私はすっかりこの国の王子と打ち解けたのであった。
いや、でも私の一押しはバロン隊長!
はぁ、舞踏会!妹紹介出来るかな?
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「おい、聞いたか!あの王子様が髪をきったらしい。」
「は?あの、顔を表に出すのをいやがっていた王子様が?」
「ああ。それがな、どうやら金剛のせいらしい。」
「はぁ?金剛?なんで。」
「いやな、金剛が王子様のお手伝いをする条件として髪を切るということを提示したらしい。」
「なんでまた。」
「いや、でも、これでまた面白くなるな。」
「面白がっている場合かよ。金剛死んでもしらねえぞ。」
「まぁなぁ。隊長だけでなく、王子様までなぁ。」
「でもまぁ、金剛なら大丈夫か。」
「そうだな、なんたって金剛だしな。」
「もしかしたら金剛じゃなくて、今度は王花って呼ばれる事になるかもしれねえぞ!」
「おっもしろくなってきた!」
世間でそんな話が繰り広げられている中、私といえばのんきに洗濯機を回していたのだった。
これから、更に面倒なことに巻き込まれていくとも知らずに。




