泉と歌と
『清い大地には清い心が宿るという
初雪の様に清き心よ
我が心の花よ清き花を咲かせたまえ』
セルフィス隊長の小間使いの仕事も慣れ、日々の魔道士の訓練にもなれたある日。
ジルさんと別れた私は城の中央後方に聳え立つ、丁度魔道士と聖職者の中央にあたる書物などが収められている塔へと足を運んでいた。
魔道士の講義は基礎講義と応用講義とに分かれており、応用講義は1か月で終了試験が行われ、試験にパスすると許可証が交付される。
それらを足し、一定の数の許可証を得られた者だけが2年後卒業試験を受けられる仕組みだ。
要は1か月で何講義かの試験が来てしまうのだ。
日常生活に関して意気込みはあまりないが、学校生活には一講義につきいくらかの皆様の血税をいただいているのだと思えばこそ、落第などしたくなかった。
第一、優秀な成績で卒業したほうが、制服の刺繍が金糸になる!
目指せ!制服の金糸!
で、ある。
まぁ、講義の勉強もあるけど実際、元々書籍をあさるのは好きなのだ。
本屋巡りが趣味だった私。
本に囲まれて過ごすのっていいよねー。
働くのは、ものっ凄い大変だけど。
ただ、この城の書籍庫は海外の図書館のような心が躍る造りになっていて通いたい!と思っていたのだ。
学生書も交付されたもんねー。
これで本、借りられるもんねー。
ふふふ。
つい先日、図書館を利用できる学生書なる物が交付されたので、午後のひと時を図書館で過ごそうと思ったのだ。
この国の本ってどんなのあるんだろ。
ミステリーとかは流石にないか。
やっぱ魔導書とか聖職書とかの本ばっかりなのかな。
そんな事を考えつつ私は書籍庫にむかってずんずん進む。
と、庭園の横に小道があって綺麗な歌声が聞こえてきた。
…これ、歌っているのかな。
それとも唱えているだけなのかな。
歌に誘われるがまま、庭園の奥の小道を進む。
城の後方は膨大な森が左右に広がり、中央に書籍庫が立つ。
歌は左後方の森から聞こえてくる。
分かれ道を何度か入る。
…どんだけ響くのこの歌声。
っていうか、私帰れるのかな、これ。
後ろを見渡すと既に城が小さくなっている。
つい、綺麗な歌声に惹かれてこんなに進んでしまったけれど、これ遭難してたらどうしよう。
結構入ってしまった気もする。
と、歌声が消えてしまった。
やばい!
ここで迷ったらシャレにならない!
書籍庫に行こうとして迷いました!なんていったら、恥ずかしくて道を歩けない!
ど、どうする!
引き返す?
と、思っていたら水の音がする。
爽やかなマイナスイオンと共に。
泉でもあるのかな。
心地よい風も吹いている。
…どうせ迷ったんなら、ちょっとぐらい更に迷ったって変わりないか。
そう思って水の音のする方向へと足を向けると、そこにはシルバーブルーの輝きを放つ髪の青年が泉の横の岩の上に腰かけていた。
・・・・。
何あれ、光ってる。
「誰だ!」
ぼーっと泉の入口突っ立っていたら、その輝いている青年から声を掛けられた。
「…えーと、すみません。おじゃまですか?」
頭を掻きながら、そろそろ泉に近づいていく。
お休みの所すみません。
「…。」
よくよく見ると、輝いているのは髪の毛らしい。
光が当たるとキラキラと光る。
ブルートパーズに光る粉末か何かを振りかけたような色合いだ。
というか、髪の毛で顔が隠れていて顔が全くうかがいしれない。
あれ、前見えてるのかな。
眼に髪の毛入らないのかな。
身に着けているものは見た事のない群青色の、どちらかというと黒に近い色の軍服に金糸で模様が豪勢につけられている。
豪華だ。
服だけが隊長クラスだということを物語っている。
…セルフィス隊長と同じ模様だし。
いいなぁ。
私も早く本当の軍服に身を包みたい。
ただ、髪の毛はぼさぼさだ。
キラキラしてるのに。
もったいない。
もう少し、髪をとかせばいいのに。
せっかく綺麗な色なんだから。
「お前、どうやってこの場所に入った。」
へ?
「どうやって入ったのか、聞いている。」
男の声色がとても厳しいので若干怯みながらも、綺麗な歌声がするので森に入ったら、今度は水の音が聞こえたのでその音を頼りに入ってきただけです。と答える。
なんだろう、ここ来ちゃいけない所だったのかな。
だったら、すぐ帰ろう。
問題起こしたくないし。
見習い辞めさせられたらお金に困るし。
それに何よりセルフィス隊長にまた怒られたら嫌だし。
と、くるんと方向を変えてその場から立ち去ろうとすると、また声が後ろからかかる。
「まて。」
ええええー。
もう、迷い込んだだけなので、本当、面倒なこと、勘弁してくださいよおおおお。
という顔で振り向く。
「なんだ、その顔は。」
いや、あなたが呼び止めるからでしょ。
と、思ったが、そこは年の功。
すぐさま笑顔で「へ?」ととぼける。
私、そんな顔してましたー?的な。
面倒事に巻き込まれては大変なのだ。
見習いだから。
「お前、何者だ。」
うわぁぁぁぁ。
何その、ベタな台詞。と思ったが、素直に答えようとして自分の名前を覚えていない事に気付く。
…なんだったっけ、私の名前。
「えーと。」
「なんだ、答えられないのか?」
怪訝な声を発しながら男が近づいてきた。
いかん、もうあだ名でもいいから教えとこう。
「あ、あのっ、皆からは金剛と呼ばれている者です!」
言ってから気付いたが、肩掛け鞄の中にある学生書を見ればよかった!
ま、いいか、金剛で…。
「!!!お前が金剛か!」
「…。」
噂になってるのか?
「はぁ・・・。どうも、私が金剛です。」
「…。女だったのか。」
…。
ん?
それはどういうことですかね?
髪の毛も長いし声も女だと思うんですけど。
「…セルフィスは何でまた、こんなのを…。」
…。隊長を呼び捨てですか。
…偉い人なのかな。
王子、とか。
まさかねー。
同じ隊長だからかな?
とりあえず、自己紹介はしたのでこれで。
と、すかさず帰ろうとしたら今度は更に近づかれて腕をつかまれる。
「待てといっただろう。」
ええええええー。
もう、さっさとこの場を去りたいんですけど。
「…お前、よくその顔で自分から金剛だと名乗れるな。」
「…。」
何、それ。
「…いいじゃないですか。別に。どう呼ばれようと、あなたには関係ないですよね?」
ちょっと、腹がった。
別にいいじゃない。どう呼ばれようと。
それに、顔と力って関係があるのか?
掴まれた腕を振りほどく。
「…威勢がいいな。だが、威勢の良さだけで金剛と名乗れると思うなよ?」
「…ほっといてくださいよ。私も確かに、森を吹っ飛ばしたのはやりすぎたと反省したんですから。」
いや、本当に。森は破壊したらいかんですよ。
「…森を吹っ飛ばしたのか。」
「ええ。あれはちょっとやりすぎたかなって反省はしてます。それに、私から金剛って読んでくださいと名乗り始めたわけではなくてですね。」
…?ん?あれ?でも、今まで名乗ってきたような。…と思い、すぐに訂正する。
「いや、…でも、確かに、ちょっと金剛って名前気に入ったので、あだ名がつけられた後は自分で金剛と呼んでくれ!って名乗ってましたけど。」
「はっ!傲慢だな!」
「っな!!!」
「女で森を吹っ飛ばしただけで金剛と呼ばれ、さぞかし気持ちがよかったことだろう。」
「…。」
「セルフィスも丸め込んだのか?あいつは女性の耐性がないからお前くらいの者でもすぐ、なびいたのか。」
!!!
「よくも!」
「なんだ。やる気か。」
「やってやろうじゃないの!!」
「お前ごときが私に敵うと思っているのか!」
「やってみなくちゃわからない!それに!私の事はどうでもいいけど、隊長の事は悪くいわないで頂きたい!」
それにっ!それに!
「隊長は、私なんかになびくわけないでしょー!!!」
くそー!!
こいつ、吹っ飛ばす!!!!
手のひらに力を込めて、ぶっ放す体制をとる。
きゅいいいいいんと光る音がする。
「ほう。それで最大か?」
なにをおお!!
更に力を込める。
手の中では入りきらなくなった光が外に溢れ地面の草が巻き上がる爆風で舞い上がる。
光の威力で自分自身も立っているのがやっとだ。
…。
…。
横の木がミシリと音を立てた所で我に返った。
「くっ。」
呼吸を整え、光の威力を少しずつ己の中に吸収していく。
「なんだ、どうした。」
「…。」
攻撃を止めた私を不審そうに男が見つめる。
「私との力の差に臆したか?」
「いいえ!今でも私はあなたを殺れると思ってますけど。でも。」
「なんだ。」
「私がここでまた問題を起こしたら…隊長に怒られるので。」
「…。」
「それに…。この場に勝手に侵入したのは確かに私なので。」
いや、だってどうやってここに入ってきた。ってことは多分、ここ勝手に入っちゃいけない場所だったかもしれないし。
「…ここに勝手に入ってきたことに関しては謝ります。」
「ふん。」
くっ。この男!
人が謝っているってのに!
「…これからも、金剛と名乗る気なのか。」
「…金剛って名乗っちゃダメなんですか?」
よく解らないけど、そんなにあだ名を自分から名乗っちゃダメなのか。
「…ふん、まぁ私には関係のない事だしな。好きにすればいい。」
先ほどとは打って変わって興味を無くしたように泉の元へと歩いていく。
「…あのー。」
「なんだ。」
「よく、分からないんですけど金剛というあだ名、名乗っちゃいけないのであれば全然名乗らないで大丈夫ですよ?何となく、カッコイイなぁ程度で名乗っていただけなので。」
「何?」
「いや、あの、私記憶がなくてですね?」
よく解らないけど、金剛という名に私がふさわしくない。という事だよね?
確かに、森、ぶっ飛ばしたっていうだけで名乗る名前ではなかったのかもしれないし。
力が使えるってことに少しいい気になっていた部分も否めない。
金色の光を放つ剛力。
カッコイイけど、確かに私には不相応なあだ名だったかもしれない。
「…お前、記憶がないのか?」
「はぁ…。なので一般常識がまるでなくって。そればかりか、自分の名前も憶えてないので…。」
「はぁ?」
今までの雰囲気を壊すかの如く、その場に似合わない素っ頓狂な声を男が出す。
「お前、自分の名前、憶えてないのか?」
「はぁ。…なので、皆がつけてくれた金剛というあだ名がカッコイイのでつい名乗ってました。」
「…金剛の意味は知っているのか?」
「はい!金色の光を放つ剛力!ですよね!!!」
拳を胸に高らかに言い放つ!
「カッコイイですよねー。だから、つい嬉しくて名乗ってしまったという訳なんです!でも…確かに、いい気になっていたかもしれないので、今度からは自分の名前をキチンと覚えて名乗ります。」
「・・・・。」
え?
何?
何で、そんなあきれた。っていう雰囲気を漂わせられなきゃいけないの?
何か私、言った?
「あのー…。大丈夫ですか?何かしました?私。」
「!」
「あのー?」
「あ、いや…。」
男は少しの間考え込んで「このまま金剛と名乗っていた方がいいんじゃないか?」と口元を何故か隠しながら言ったのだった。
…何だろう、名乗りたくなくなってきた。
本格的に自分の名前くらい覚えよう。
そう心に誓った瞬間だった。




