08
開け放した窓から、夏の風が部屋を抜けていく。
「……体ベトベトだ。」
一階に降りると、狼の横に見たことない果実が置いてあった。
「これ、取ってきてくれたの?」
「拾った」
薬畑のお詫びかな。遠慮なくもらおう。
桶に張った水へ果実を浮かべる。
ゆらゆら揺れる姿は、泳いでるようだった。
「…今日くらいは畑休んでもいっか」
雲一つない青空の中、リベルと狼は湖へ続く小川に沿って歩いていた。
川のせせらぎを聞いていると、少し涼しく感じる。
木々が風に揺れ、湖面にも細やかな波が広がっていた。
「……綺麗」
浅瀬は翡翠色に輝き、沖に目を向ければ深い青へと色を変えていく。
靴を脱いで、水に浸かる。
……冷たくて気持ちいい。
狼は木陰で寝そべり、気持ちよさそうに風を受けている。銀色の毛並みが風を受けて、波打つように揺れている。
…ずっと狼って言うのも変だな。
心の中だけ、シルと呼ばせてもらおう。
銀色だから。
シャツを脱いで、そのまま肩まで浸かる。
火照った体から熱が溶けていくようだった。
「……最高」
力を抜いて、暫く水面に身を任せると、浅瀬の方でバシャバシャ音が聞こえる。
…おぉ。シルが魚を咥えている。
獲ってるところ初めて見た…。
最近は、なにかするたびに汗をかく季節になったな。
料理で火を使っても暑い。
野菜の水やりも一往復するたびにじんわり汗が滲む。
桶いっぱいの水を運ぶだけでも、一仕事だ。
…この湖につながる小川の水なら、家に引けないかなあ。
湖から出て、籠からシルが拾ってきた果実を取り出す。
シルを見ればそのまま口の中に入れている。
…私は一応皮を剥こうかな。
「ん!…おいしい!」
柑橘系の味がする。
「ありがとう」
返事はないが、ピクピクと耳が動いている。…一応聞いてるみたいだ。
濡れたまま、帰路を歩いていく。
夏の風が服を揺らし、歩くたびに少しずつ水気をさらっていく。
家に帰る頃には服は乾いてた。
翌日、いつもように学校に通う。授業は身が入らなかった。
早く図書室へ行きたくて、うずうずしていたからだ。放課後のチャイムが鳴ると、リベルはなるべく優雅に早歩きで図書室へ向かった。
司書とのやり取りも、もう恒例だ。目線だけで、今日はなんだと聞かれているのがわかる。
「水路工事の本ありますか?」
「は?」
「いや、うん。水路工事」
「ありません。」
「え?」
「ありません。」
「…そうなんですね」
リベルはぺこりと頭を下げ、図書室を後にした。
……ないのか。
数日後、リベルはハンナさんを訪ねた。
「おっ、お嬢ちゃん!この間は野菜ありがとうね!甘くて美味しく育ってたね!」
カウンターでハンナさんは片手を上げて、おいでおいでと招いてくれた。
「あの、こんなこと聞いて申し訳ないんですけど…、水路の引き方ってわかりますか?」
「いつでも聞いてくれていいよ!もっと頼りな!
…ただねえ……専門外なんだ…。
大工を紹介しようか?」
「……仕事を頼みたいわけじゃないんです。自分でやりたいんです。」
「へえ……。偉いねえ」
…詮索されないことはありがたい。
ただ、すごい優しい目で見てくるから、恥ずかしくなる。
「それなら、引退したじーさんにやり方を教えてもらいな!」
「じーさん?」
「引退して毎日暇そうにしてるんだ。
また明日この時間においで。
呼んどいてあげるよ」
…いつも助けてもらってばかりだ。お願いしますと頭を下げた。
翌日、また薬屋に訪れた。
カウンターの横には、薬膳茶を飲めるテーブルがある。
そこには、白髪が目立つ短髪に、外仕事だろうとわかる焼けた肌のおじいさんが座っていた。
「お嬢ちゃん。この人が大工を引退したじいさんだよ!」
「……こんにちは」
「どうも」
…頑固そうなじいさんだ。
「頑固に見えるだろうけど、人見知りなだけだよ!仕事しかしてこなかったからね!
じいさん!もっと愛想良くしてやんな!」
「…相変わらずうるさいな。」
…凄い。ハンナさんが背中を力強く叩いてもびくともしてない。
「水路を作りたいんだって?」
「…はい。家の近くを流れる小川の水を家でも使えるようにしたいです」
じいさんは一枚の紙を差し出した。
「…なるほどな。家と小川の位置を簡単に書いてみな」
書き終えると、じいさんは考え込んで、その用紙に必要なものと作るものを書きながら説明していく。
「…こんなもんだ。」
「…やること、多いんですね」
「当たり前だ。…近道なんてねえ。一つずつ、根気よく頑張れ。何かあればまた聞きに来ればいい。大体は噴水のベンチにいるからな。
…あと、これも貸してやる。若い時に書き留めたメモだ。返す時まで、なくすなよ」
分厚い束になったメモを受け取って、パラパラめくる。
……いっぱい書き込んである。こんな大事なものを…。汚さないように丁寧に扱おう。
…この街の人は、温かいな。
「……頑張ります。ありがとうございました。……ハンナさんも、ありがとうございます」
二人にお礼を言うと、頑張んな。と力強い声が返ってきた。
メモ用紙を、汚さないように、落とさないように、大事に抱えてフォルム街を後にした。




