06
人けのない、静かな夜。
ずる、ずる、と引きずる音だけが辺りに響いていた。
「…………………重い」
一瞬見て見ぬふりをしようと頭をよぎったけど、見捨てることもできなかった。
家の前なんて、目覚めが悪すぎる。
家に招き入れるため、大きな体の狼を背負いながら、必死に一歩一歩、歩いていた。
怪我をしているから、そっと床に寝かせてあげたい。
「、ぉわっ…!!」
そんな腕力があるわけなく、ドサっと一緒に崩れてしまった。
「……起きないな」
体に衝撃があったと思うけど…。
家に薬はない。リベルは鞄の中から、今日の授業で作った初級ポーションと教科書を取り出した。本をめくる手は早い。必死で目で追っていくが、欲しい言葉は書いてなかった。
ちらり、と銀色の狼を見る。
…呼吸が小さくなってる気がする。
ゆっくり近づいて、胸に手を当ててみる。
脈も弱い気がする。
…このままじゃ、結局……
意を決して、瓶の蓋を開ける。
「どうか効きますように…!!」
リベルは傷口にポーションをぶっかけた。
教科書には、人以外の生き物にも効くのか、その答えはどこにも載っていなかった。
狼は、ぐっすり寝ている。
呼吸は少し荒いが、先ほどよりは落ち着いている。
傷口は完全には塞がらなかったが、小さくなっていた。
ポーションって、凄いんだな。
今は、季節市で買った新しい布にクリーン魔法をかけ、包帯代わりに巻きつけている。
「……初級ポーションしかなくてごめんね」
時折胸が上下しているのを見て、ほっと肩の力を抜いた。
目を覚ましたらお腹が空くかもしれない。
この狼が足跡の犯人だったのかな…。
そんなことを考えながら、様子を見ていたが、台所へ向かった。
それからリベルは学園へ行き、帰れば目を覚さないかと、様子を見続けた。
日に日に呼吸は安定している。包帯を巻く箇所も少なくなってきた。
「なにがあったんだろうね…」
起こさないように頭を撫でていたら、目がゆっくり開かれた。
「っ!!」
びっくりして、瞬時に手を引っ込めたけど、狼はそのまま、また目を閉じて眠ってしまった。
そんな毎日を繰り返していたある日、
「…………どこだ…」
狼が目を覚ました。
首をゆっくり左右に動かして、周りを確認している。
リベルと目が合ったその瞬間、まだ痛むはずの体で、後ろへ飛び退いた。
「…君、私の家の前で倒れてたんだよ。」
狼は自分の体に巻かれてる包帯を見ている。
「………どうするつもりだ」
「……どうするも何も……」
特に何も考えてなかった…と思いつつ、リベルはずっと疑問に思ってることを声に出した。
「やっぱり、君喋ってるよね……?」
リベルが暮らすこの森は、魔物の住処として知られている。
弱い魔物から凶暴な魔物、希少種まで様々で、人々は滅多に近寄らない。
それでも、リベルは一度も魔物に襲われたことがなかった。
「……なぜ話せる」
低く呟く声が聞こえた。
「魔獣って、みんな話せるんじゃないの?」
狼の魔獣は返事をせず、ずっとこちらを睨んでいる。
「………おまえのスキルか」
「まさか!」
ごく一部の人は生まれつき『スキル』と呼ばれる能力を授かると授業で習った。
もしスキルを持てれば、教科書に載るくらい珍しい事だ。
……あのアイゼンヴァルド公爵家の落ちこぼれと言われる私が?
リベルは予想外の言葉に思わず笑ってしまった。
笑ったことが気に食わなかったのか、狼はこちらを再び睨んだ。
…怖い。
「なぜ従魔にしなかった」
従魔ねえ。貴族は魔物と契約している人が多いけど…
「…特に必要ないからかなあ」
狼はまだ警戒しながらも呆れたようにため息をついた。
その目はさっきまでの敵意よりも、困惑の色が濃くなっている。
「……?」
リベルはなぜため息をつかれたのかわからなかった。
「…まあいい。助けた対価に何を望む」
「対価?……魔物のルールなの?」
「そうだ。…命の対価なら、大体のことは叶えられる」
すごい真剣な顔付きだ。
……重い。対価が重い。
しばらく黙って考え込む。
「嫌なやつを消してこようか」
思わず肩が跳ねた。
…物騒すぎる。
全力で首を振って答える。
「……じゃあ捕まえてこようか」
…何を?
いや、聞けない。聞きたくない。
そりゃ、欲しいものはと聞かれたらいっぱいあるけど、…あとが怖い。
「…じゃあ、今度困った時助けてよ」
リベルは思いついた願いを口に出した。
「随分安い対価だな」
狼はまた呆れたため息をついた。
ミントを追加したり、日差し避けのカーテンを作ったり。そんな穏やかな日々が続いた。
だけど──
………また見てる。
あの日から、ずっと視線を感じてる。
動けるようになった狼は、リベルが動けば、のそのそと後ろをついて歩くようになった。
今日は庭に薬草を植える日だ。
畑と同じ要領で、地面を耕していく。
狼は縁側で丸くなりながら、相変わらずリベルを見ていた。
……もう元気そうだけど、森には帰らないのかな。
◇
ある朝、目を覚ますと、視界いっぱいに銀色の毛並みが広がっていた。
……だんだん、距離が近くなってきてる気がする。こんな目の前で、寝てるとこを見るのは初めてだ。
起こさないように、ベッドからそっと降りる。
カーテンを開けると、朝日が差し込み、もう夏はすぐそこまで来ていた。
窓の外には、畑の野菜がたくさん実をつけている。
「…そろそろ収穫かな」
視界の隅で、銀色が起き上がる気配がした。
お腹が鳴る音が聞こえる。
……この狼はよく食べる。




