05
今日も静かな馬車内で、リベルは今朝の出来事を思い返していた。
今まで敷地に入ってきたことはなかったのに、…一体どんな生き物だったんだろう。足跡は自分の足と変わらないくらい大きかった。
それにしても、干しキノコなんて美味しかったのかな。不思議だなと考えている内に学園に着いた。
教室へ入ると、それぞれの机には、小鍋やビン、薬草が並んべられていた。
薬学の授業は好きだ。リベルは身を乗り出し、教科書を開いて真剣に話へ耳を傾ける。
…初級ポーションの実習かあ。
畑仕事で転んだ傷はやっと塞がってきた。家に薬は置いていない。…常備できるようになればいいな。怪我をした膝をそっと撫でながら、教科書へ視線を落とした。
「それでは始めていきましょう」
学校が用意している薬草は3種類。これまでギルドに持ち込んできたものだ。
…薬草は簡単に手に入りそう。
手に取り、薬草用ナイフで細かく刻んでいく。
…さすが学校だ。品質が良い。採取したてかな。ギルドへ通ううちにこういう違いも分かるようになった。
ゴリゴリと乳鉢ですり潰していると、「どれくらい刻んだらいいの?」「ナイフを持つなんて」と周囲の声が聞こえてくる。教師が教室を見回りながら「落ち着いて」と声をかけている。
…そうか、皆んな普段は全部やってもらっているのか。
教科書とすり潰した薬草を見比べて、リベルは一人うんうんと頷く。
小鍋が乗っている魔道具へ杖を向け、弱い火を灯した。
…ハーブを煮出す作業に似てるな。
教室内は騒がしい。質問している生徒や、あちこちでボッという火がつく音が聞こえる。
「火が強すぎる!抑えて!」「火だけを消してください!鍋の中まで水魔法をかけないで!」
とても忙しそうだ。今日は教師が多いと思っていたけど、こういうことだったんだ。
貴族の学校とは思えないほど騒がしい。それでもリベルは鍋から視線を外さなかった。
小さな気泡が浮かび始めたところで、薬草を鍋に入れた。
ここからが本番だ。
ゆっくり魔力を流しながら、木べらでまぜていく。
黒板を見ると、木べらは『魔力伝達用』と書いてある。
この木べらは買わないと薬は出来ないわけか。いくらするのかな。高そう…。
ゆっくりいつもと同じように混ぜていくと、隣から視線を感じた。
「……何?」
「いや、何もない…」
何もないと言いつつ、相変わらず視線を感じる。手元を見てるのだろうか。まあいいか。と鍋に視線を戻した。
魔力の調整は問題ないと思う。ただ、魔力量だけが持つか不安だな。
慎重に魔力を流してみると、付与魔法に比べたら大したことない。体も疲れない。
薬草の形が見えなくなる頃には、緑色の液体が出来上がっていた。
「もう少しで完成だ」
小声で呟くと、また隣から視線を感じるので、横を向いて目線を合わせた。
「……」
「…見すぎた。ごめん」
「や、いいけど…」
何か話した方がいいのかな。でも向こうも何も言わないし…。
ポーションはもうカタチになっている。あとは、ろ過をして専用瓶に移せば完成だ。
こんなに躓かずに受けられた授業は初めてだ。
いつもしていることに似てて、楽しい。
こぼれないように、ゆっくり瓶に移していく。持ち上げて見れば、透明度の高いポーションが出来上がった。
「……初級ポーションの最高ランクですね。言うことないでしょう」
見回りに来ていた教師の言葉を聞いた隣の生徒が、目を丸くしてリベルを見る。
隣の鍋は真っ黒に焦げていた。
…だから見てたのか。
リベルは気まずそうに目を逸らした。
◇
どこにも寄り道せずに、家に着いたリベルは、制服をハンガーにかけ、今日も作業着に着替える。
縁側に向かい、乾燥したミントを麻紐で束ねていく。
十分な量が出来上がった。これなら、いろんなところに吊るせるだろう。
今日の授業を振り返りながら作業を進めた。
……初級ポーションは家でも作れそうだったな。
「木べらが問題だなあ…」
うーんと唸りながら、束ねたミントを台所や寝室、居間にも吊るしていく。
気づけば、家中のあちこちにミントが揺れていた。
「そうだ。玄関も虫が多いから吊るしておこう」
玄関は多めにしよう。虫苦手だし。手を止めずに、最後の一個を吊るして、家の中に再び入る。
ふんわりミントの匂いが部屋いっぱいに漂っている。
「家の中、ちょっとおしゃれになった…気がする。」
残るは縁側だ。梯子を登って、高いところに吊るしていく。
……もうちょっと、追加してもいいかもしれない。
『…〜〜、〜%#○*』
「ん?」
幻聴かな?声が聞こえる気がする…。
『…………ッ、クソッ……』
…やっぱり小さな声だけど、何か話し声が聞こえる。
多分、家の外からだ。
………人?
この森で人に出会ったことなんてない。
さっき玄関を出た時には誰もいなかったのに。
何事だろう……。
リベルは息を潜めて、足音を立てずにそっと玄関へ向かった。
玄関から少しだけ顔を出すと、銀色の毛並みをした、狼によく似た大きな獣が倒れていた。
「いた…」
見れば、体のあちこちに怪我があり、血が滲んでいる。
痛そうだと心の中で思う。
『……痛い………捕まって、たまるか…』
その言葉を最後に、銀色の獣は静かに目を閉じた。
「………えぇ〜……」
リベルはしばらくその場を動けなかった。




