03
星あかりが照らす夜、リベルは机に向かい、裁縫をしていた。
慣れない頃は手に針を刺して、よく血が出たものだ。最後のひと針を通し、鋏で糸を切る。
「…よし、完成」
ほのかな明かりにかざし、縫い目が変になっていないか確認しながら、一人静かに微笑んだ。
◇
リベルは翌朝、薬屋に訪れていた。
「あれ。お嬢ちゃん。また来てくれたのかい?」
ハンナさんがカウンターに座り、笑いながらこちらを見ている。
「あの、この間は助かりました。…プレゼントなら受け取ってもらえますか?」
夜な夜な作っていた匂い袋を差し出した。
…喜んでもらえるかな。
受け取ってもらえなかったらどうしよう。
少し、手が震える。思わず俯いた。
差し出した手に、ふくよかな手が乗る。
顔を上げて見たら、ハンナさんは驚いた顔をした後、パッと顔を輝かせた。
「お礼なんてよかったのに!……レモンバームだね。この生地もいい物じゃないか。」
匂い袋の布は、公爵家で最後に着たドレスを切って作ったものだ。
…もう着れないし、喜んでもらえて、よかった。
「いい香りだねえ。ありがとね!」
ハンナさんは匂い袋を鼻元に寄せ、ゆっくり香りを確かめた。
「寝る時に匂いを嗅いだら、落ち着くらしいです…」
…薬屋さんだし、知ってるかもしれないけど。
笑ってるハンナさんを見ていたら、胸の奥が少し温かくなった。
「今日は薬を買いに来たのかい?」
「…今日は苗を買いに来ました。…おすすめのお店知ってますか?」
ハンナさんは引き出しから網紐を取り出しながら話す。
「知ってるも何も、うちの旦那が隣で苗屋をやってるよ!良かったら買ってやって!……これのお礼に、おまけもつけるよ!」
カウンター越しに手を伸ばして、肩を軽く叩かれた。
ハンナさんの胸元には網紐が通った匂い袋がぶら下がっていた。
薬屋を出て隣の苗屋へ歩く。
旦那さんと聞いてから店を見ると、確かに店構えの雰囲気が似ている。
「いらっしゃい!」
…声がよく通る。
店の中で観葉植物に水をやっているこの男性がハンナさんの旦那さんだろう。背が高く、体格がいい。日焼けした肌に、人の良さそうな顔立ちをしている。ハンナさんが元気なお母さんなら、優しそうなお父さんという見た目だ。
…お似合いの夫婦だな。
ハンナさんにもらったメモを差し出した。
「初心者にも扱いやすい家庭菜園の苗ありますか?」
メモを確認した後、
「初めて?……それなら、この辺りかな」
指を差した一角を見ると、それぞれに札が立てられている。
“ジャモ”
…小さなジャガイモみたい。
「これは何ですか?」
「知らないのかい?…芋だよ。腹持ちもするからおすすめだね」
…やっぱりジャガイモかな。私が知ってる名前に似てるのだろうか。それなら想像がしやすい。
ジャモの隣に並ぶ苗についても、一つずつ質問する。
「これは、虫がよくつきやすいから、最初はおすすめしないかな」
旦那さんは嫌な顔ひとつせずに、一つずつ説明してくれた。
「初めてなら、最初から色々植えすぎない方がいいよ。…そうだなあ、二、三種類くらいとか」
…う〜ん。でもあと一種類足したいな。
3個も4個も同じな気がする。
意気込んで、合計四種類の苗を購入した。
「ありがとう。またよろしくね」
大きな手で軽く頭をくしゃっと撫でられた。
…私の頭はなでやすいんだろうか。
「あとこれね。苗を育てるなら必要だよ。ハンナからのおまけ。頑張ってね」
……肥料だ。
頭から抜けてた。嬉しい。
これなら、苗も元気に育ちそうだ。
「ありがとうございます。収穫できたら…また持ってきます」
嬉しさから気づけば言葉が口をついて出ていた。
「楽しみにしてるよ!困ったらいつでもおいで。」
優しい穏やかな声を聞きながら、扉を引いた。
◇
授業を受けて、放課後いつも通り図書室に向かう。
司書は読んでいた本を閉じて、ため息をついた。
「今日は何を?」
「家庭菜園」
「………は?…薬学は?…いや、」
「…家庭菜園の本、です」
「……」
首を傾げながら本棚に消えた司書は、しばらくして一冊の本を持って戻ってくる。
「明々後日までに返却お願いします」
…返却期限が一日伸びた…。
◇
家の裏手の広い敷地は日当たりがいい。ここを畑にしようと、リベルは鎌を片手に立っていた。
…長年放置されてたせいで、草は伸び放題である。
鎌を握り、黙々と刈り続ける。
…進んでいるのに、進んでない気がする。
振り返ってみると、まだ半分くらいしか刈ってない。
鎌を置いて、腰を伸ばす。
「これ、今日終わるかな…」
よし!と一人言を呟いて、再び鎌を握った。
日が傾く頃には、三畳半ほどの更地が顔を出した。
◇
朝になり、ベッドから起きあがろうとした瞬間だった。
「……痛い…」
……筋肉痛だ。びっくりした。
ガクガクする足で畑に向かう。
翌日になっても昨日の疲れは取れてない。
…腕がだる重い。
気持ちを切り替えて勢いよく、くわを振り上げる。
「…っ、あっぶない」
…ひっくり返りそうになった。
もう一度慎重に振り上げて、くわを地面に振り下ろす。土は少し固いし、くわが重い。
「畑で一番大変かも…!」
繰り返し、何度も何度も、くわを振り上げ、土を掘り返す。
…畑を広げすぎなくて本当によかった。
汗が流れて、時々目に入って染みる。
「ちょっと、いったん、休憩…」
かき集めていた雑草の上に寝転ぶ。
草のベッドとか、昔憧れたなあ…。今は草臭いだけだけど。
すーっ、はーっ、と息を吸って吐く。呼吸が整うと、作業を再開した。
「…昨日より、畑らしいな」
汗を拭い、もう一度畑を見渡した。
◇
まずはジャモを植えよう。
本を開いて確認しながら一つずつ植えていく。続いて、ギョクネ、レティ、トマル…と次々に植える。筋肉痛で悲鳴を上げる体に鞭を打ち、植え終えれば、あとは水やりだけだ。
もう井戸水を汲みに何往復もしたくない…。
…これは水魔法で短縮させてもらおう。
魔力量が少ない代わりに、コントロールはピカイチだ。
杖を振ると、細やかな水滴が雨のように降り注ぐ。
「元気に育ちますように…!」
そう願いながら、リベルはもう一度杖を振った。
家に入る前に、もう一度畑を見渡す。
まだ小さな苗しかない。
毎日少しずつ変わっていく景色を見るのが楽しみだ。
明日も水やりをしよう。
気がつけば日も長くなってきている。
……夏が近づいているらしい。




