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あれから夜明けとともに起き、一枚魔法陣を描く。日が暮れれば回復した魔力でもう一枚。そんな日々を繰り返し、ようやくすべての木材へ付与魔法をかけ終えた。
シルも試しに『出来る』という顔で横でやってみせたが、複雑な魔法陣は完成するとともに、木材が粉々になった。付与魔法に関しては、リベルの方が一枚上手みたいだ。誇らしい顔でシルを見たら尻尾で砂埃を立て、仕返しをされた。
そんな日々を思い返しながら、庭に並んでいる木材を見ると、透明な膜が日差しを受けて時折り光って見える。
「やるぞー」
気合いを入れるように両頬を軽く叩き、最初の一枚へ手を伸ばした。
底板を敷き、四方へ側板を固定していく。単純な作業だが、木材の枚数が多く、気づけば昼前になっていた。
黙々と作業を続け、最後の側板を固定すると、小さな木造の風呂が完成した。
「うん。簡易檜風呂…って感じかな。十分だ」
「出来たのか?」
「見た目はね。ここからが気合いの入れどころだよ」
水路から水を張る道を作るため、木樋の途中に分岐を設けることにした。まずは、そのための分岐箱を作る。
買ってきた板を木樋より大きい箱になるように切りそろえていく。額を流れる汗を腕で拭いながら、正方形に組み立てて杖を振った。
「ちょっと休憩しよう。」
分岐箱を縁側に置いて、冷房に当たっているシルに体を寄せた。
「…暑いぞ。もう一個の方を使え」
「取りに行くのめんどくさい。ちょっとだけ分けて」
シルがモゾモゾ動いて抵抗していたが、諦めたらしくため息をついて一緒に横になる。
庭の向こうで陽炎がゆらゆらと揺れ、溶けるような景色をぼんやり眺めているうちに、自然と瞼が重くなっていった。
◇
ぐぅぅぅぅと低い音が耳に響いた。
「ん。なに…?」
擦りながら、目を開けると空はすっかり茜色に染まっていた。寝返りを打つと、真後ろに居たシルと目が合った。起き上がり、ぐっと伸びをして
「ご飯にしようか」
さっきの音の正体はシルのお腹の音だなと確信して、リベルは笑いを耐えきれずくすりと笑った。
ご飯を食べ終えると、杖と木材を持って再び庭へ出る。木樋を一本ずつ組み立てては土魔法で固定し、その作業を繰り返していくうちに、分岐からお風呂までの水路が完成した。
「シル、川の水止めてくるよ」
ランプを持って堰のある場所へ向かう。日が暮れ始めた森の中は少しだけ涼しい。川沿いを歩くと、火照った体から少しずつ熱が引いていくようだった。
堰に着くと石を少しだけ取り除き、水位を下げる。水が貯水樽まで流れなくなったのを確認して家へ戻ると、分岐箱と木樋を繋ぎ、お風呂までの水路を組み上げていった。
「やっとここまできた…!」
大まかな形が出来上がり、いつもより大きな声を出して、両腕を挙げてガッツポーズをする。
ゆらゆら尻尾を揺らしながら近づいてきたシルがお風呂の中に入り、丸まった。リベルも縁をまたぎ、中へ入ってみる。
「…まあ、ちょっとだけ、狭いよね」
ちゃんと線を引いて確認したとはいえ、二人で入ればやっぱり窮屈だ。
「これに水を張るのか」
「そ。しかも湯をね」
「…そうか」
お風呂の縁に顎を乗せ、静かに月を見上げるシルを見ていると、初めて会った頃よりずっと人間らしくなったな、とリベルはしみじみ思った。
「あとは錬金術で完成だ」
呟きながら、リベルも同じように月を見上げた。
朝日が庭先を黄金色に染まる頃、張り切って魔石と筆を持ってお風呂の前に立っていた。
「あ。排水口作るの忘れてた」
すぐに錐と鑿に持ち替え、靴を脱ぎお風呂の中に入り、角に穴を開けていく。
穴が開けば、排水口に合わせて木栓を削り、何度か差し込んでは削るを繰り返していく。ぴたりとはまれば、完成だ。
「あとは…」
出来上がった木造のお風呂を浮かして、鍬で排水口の下に穴を掘る。
ただ、重いので少しの時間しか浮かせられないし、穴も少ししか掘れない。地道な作業を繰り返していると、
「何をしている?」
歩きながらシルが庭にやってきた。
「水を抜いた後の穴を掘ってるんだけど…重くて」
話しながらも手は止めず、お風呂を持ち上げては少しずつ掘り進めていく。
「随分、面白い格好になってるぞ」
「…笑わないでよ」
今の自分を想像したら、自分でも面白い格好だろうなと思う。フンと顔を晒せて、また鍬を動かした。
「ふ、笑った代わりに手伝ってやろう」
頭上から笑い声が聞こえたと思ったら、シルは額をお風呂につけて、前進した。
ズルズルとお風呂は動き、掘っていた穴が顔を出した。
「助かります」
リベルは両手を組んで、シルを拝んだ。
そこからの作業は早く、深くて広い穴を掘ったところに大きな石を詰め、その隙間を小石で埋めていく。
最後にシルがまたお風呂を定位置まで動かしてくれた。
「やっとあとは錬金術だけだよ」
今回は大掛かりの魔道具なので、以前シルが拾ってきた魔石を使おうと思う。
緑色の、魔物が消えた後に残る、魔核石。
熟読した魔石についての本からは、『魔核石は魔物が生前に循環させていた魔力の流れを内部に残している。そのため、天然魔石用の術式をそのまま刻むと、魔力同士が干渉して効率が落ちる。』と、書かれていた。
この魔石は熱を蓄える性質を持ち、お風呂を作るのにもってこいのものである。
紙を取り出し、縁側で術式を何度も何度も描く。コンラートさんがくれた術式の、加熱の部分を熱を巡らせる術式に変更する。
一つしかない魔石にやり直しは効かない。今回は基礎の術式があるから、失敗することはまずないだろう。ひたすら練習していた手を止め、魔石と筆を手に取った。
大きく深呼吸をし、シルと目を合わせ、
「いきます!」
と声を出すと同時に、魔石刻筆で刻み始めた。
迷いなく、筆は進んでいく。一度刻み始めたら、筆を置いてはいけない。
「…でき、た」
緊張からリベルは呼吸を止めていたらしい。刻み終えると同時に、酸素を求めるように何度も息を吸っては吐く。
一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、魔石をお風呂の側面へ取り付け、魔力を流した。
「…!吸われる!!」
天然魔石は自分で流すという意識が強かったが、魔核石は吸われる感覚が強い。
元々魔石が魔力を持っているから、リベルが定着させる魔力は少なくて済む。
だけど、少しずつ流すのではなく、いきなり全開で必要な量をもらいますと言われてるような体感に、足が震え出した。
座り込むかもしれないと、思ったその時、足を支えるふわふわした触感に目を向けた。
「…シル…」
「しっかりしろ」
「うん、ありがとう」
心強くなって、安心からか涙が出そうになってる自分に気がついた。…最近涙脆くなってる気がする。そんな余裕なことを考えていると、吸い取られる感覚が止んだ。
「っ、はぁ、……できたぁ」
一息つくと、そのままシルへ倒れ込んだ。
少し間を置いて、シルが口を開く。
「今日入るのか」
「そうだね……。あとは水を流したら完成するよ。でも、ちょっと休憩」
そう呟いてシルの体へ顔を埋める。前に触った時より毛並みはごわごわしていて、思わず「洗い甲斐がありそう」と笑みがこぼれたその瞬間、シルにずるずると引きずられ、そのまま縁側へ放り出された。
あれから休憩した後、水路の入り口に水が流れるよう堰を組み直した。
切り替え箱の機能はうまくいき、お風呂の中へ少しずつ水が溜まっていく。
キリのいいところで魔石を起動させると、冷たかった水は次第に温かくなった。
ポカポカしたお湯に体を沈める。
シルと一緒に浸かれば、少しぎゅうぎゅうで窮屈だけど、体の力が抜けていく。
「あ〜……」
気の抜けるような声が漏れ、首をお風呂の縁へ預けた。
「苦労した体に染み渡る」
「あぁ……」
「んふふ」
シルはリベルと反対のお風呂の縁に顎を置いてリラックスしている。
二人の頭上には、夏の大三角の間を縫うように天の川が流れていた。




