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地面からジリジリと熱気が出ているような朝、リベルは長い棒を片手に持ち、庭に立っていた。
「何をする気だ?」
「今回の目標はお風呂だよ」
「…風呂?冷たいやつじゃないのか」
「疲れた体を癒すんだよ。きみも、ところどころ毛が固まってるよ」
「舐めとけば戻る」
「…それは、野生だね。お風呂一緒に入って、疲れとって、涼しい部屋でシャーベット食べようよ」
シルは空を仰いで、想像しているのか、にんまり笑った。
「悪くないかもしれんな」
縁側からは見えない死角になる場所を探し、ガリガリと長い棒でお風呂の位置に線をひいていく。
「足が伸ばせる長さ…いや、でも一緒に入るならもう少し大きい方がいいかな。でもな〜…」
収入が入ったといえど、どのくらいお金がかかるかわからない。悩みどころだな…。
「なにをぶつぶつ言っている」
「あ。ちょっとこの線の中に入ってみてよ」
縁側に座り見守っていたシルがゆっくり近づき、地面に引いた線の中に一緒に入る。
「うーん。ギリギリいけるかな?」
「これでくつろげるのか」
「……だよね」
引いた線を足でザッザッと消し、もう一回り大きく線を引いた。
「こんなもんかな」
それから小石を拾い、生えている雑草を取り除き、立ち上がって手についた砂をパンパンと払った。
「シル、あ。えーっと、今日お風呂の木材買ってくるね」
心の中で名前を呼びすぎて、思わず口から出てしまったが、シルは一瞬自分のこととはわからずに首を傾け、「名前なんてないから好きに呼べばいい」と興味なさそうに、冷房を稼働させた。
そういえば狐もおこじょも名前呼びあってなかったな。魔物はそういうものなのかもしれない。そう結論づけると、財布を手に取り、靴を履き、家の前に置いていた手押し車を押して木材屋へ向かった。
荷車を引いて歩くリベルに、街行く人たちの視線が集まる。やっぱり目立つよね……と肩をすくめ、フードを深く被って足早に歩くうちに、目的の木材屋へ着いた。
店内に入ると、木の匂いが鼻をくすぐった。壁一面には様々な長さの板や角材が種類ごとに並び、天井近くまで積み上げられている。奥では店主が鉋をかけているのか、木を削る軽快な音が聞こえてきた。
「底板と長辺と…うーん」
目的の木材を探すが、底板だけでも種類が多く、なかなか決められず、木材の横にある木の種類と説明文を読み比べていると、肩にポンと手を置かれた。
「じいさん!」
振り向くと、じいさんがニヤニヤした顔で立っていた。
「えらい目立つものを引いて歩いてたからな。ちょっと追ってきた」
たくさんの視線は勘違いじゃなく、帰りも目立つだろうな、とリベルはため息が出そうになった。
「なんだ?なにかまた作るのか?コンラートから話は聞いてるぞ。なんでも一役買ったらしいじゃねえか」
これ、嬢ちゃんの案なんだろ?と首元にぶら下がっている手持ち扇風機を指差している。
「じいさんも買ったんですね」
「いや、息子がくれた。紹介しちゃいねーが、嬢ちゃんを紹介してくれた礼だとよ。……まあ、自慢したいだけだろうがな」
そういう癖に、顔は嬉しそうだ。見られているのに気付いたのか、目線を逸らし頬を人差し指でぽりぽりとかき、並んでいる木材へ視線を移した。
「木材なら、元大工の俺に任せな」
「そうでしたね」
リベルはお風呂のことは言わずに、どういう形のものが作りたいのか説明する。
じいさんは店に並ぶ木材を見渡しながらふんふんと頷き、
「そりゃ、結構な量だぞ」
「…だから、アレです」
リベルは外に置いてる荷台を指差した。
「なるほどな。金も結構するが…」
「ソレの収入が入ったので」
首から下げた扇風機を指差した。じいさんは目を見開き、大きな声でかっかっかっと笑った。
「そりゃいい!これ持ってないやつはほとんどいないからな!結構な金を持ってそうだ!それなら、俺が選んでやる」
「あの、でもなるべく安い方向で…」
「任せとけ!」
拳を握り親指を立てるじいさんは、心なしか顔まで生き生きしている。
ハンナさんが仕事しかしてないって言っていたから、きっと大丈夫だろう。
リベルの要望は、安い方がいいが、なるべく長持ちする丈夫な木材だ。
リベルもじいさんの隣に立ち、一緒に木材を見比べる。
「これとかどうですか?」
リベルは目をつけていた木材を指差した。
「これは器とか、細かい物を作るのに向いてる木材だ。嬢ちゃんの話だと、すぐ壊れるぞ」
「えっ」
じいさんがいてくれて良かった。危うく買うところだった。
その後もこれがいいんじゃないかと話し合い、納得のいくよう要望通りに、じいさんはあれだこれだと指を差して、店主のおじさんに伝えていく。
指定した枚数と木材を見て、
「こりゃ結構な買い物だね。ありがたいよ。」
とおじさんに感謝された。
買った木材を店主とじいさんが一緒に荷車まで運んでくれた。
「銀貨七枚だけど、これだけ買ってくれたんだ。おまけで銀貨六枚でいいよ。また贔屓しておくれ」
「ありがとうございます。また何かあれば買わせてもらいます」
思ったより安く済んだ。これならまだ余裕がある。シルにお土産でも買って帰りたいところだけど、今日は目立ちすぎるから、また今度にしよう。
じいさんにもお礼を言うと、「荷車重いだろうが、帰り転ぶなよ」と笑顔で送り出してくれた。
じいさんの言う通り、たくさんの木材が乗った荷車はかなりの重さだ。力一杯押しても、少ししか動かなかった。思いっきり息を吸い込んで、重心を落とし、もう一度ぐっと手に力を込めて歩き出すと、リベルは森の中に入っていった。
森では、ガラガラと車輪が回る音が鳴り、時々大きな石を弾いてはガタンと手押し車が揺れ、乗せた木材がぶつかる音が響いていた。
「…家が遠いな」
荷車を引く音以外は、木々や草木が揺れる音しか聞こえない。じいさんと賑やかに木材を買った後では少し寂しさが残る。
こんなこと、思ったことなかったな。
一刻も早く帰ろうと、足に力を入れた。
◇
「ただいま〜」
荷車を停めて、縁側に腰掛けるとシルが買ってきた物を覗いている。
「これから本格的にお風呂作り始めるよ」
シルの尻尾が珍しく揺れているのを見て、気合が入り、早速荷車から木材を取り出して、地面に種類ごとに並べる。
「多いな」
「うん。奮発したよ」
杖を握り底板の上へ、淡く光る魔法陣が少しずつ描かれていく。一度覚えた付与魔法がここまで役に立つなんて思わなかったな。
最後の一線を書き終えた途端、張り詰めていた力が抜ける。額を伝う汗を拭う間もなく、すぐ隣にシルが座る気配がした。
最近は、付与魔法を使うたびにこうして様子を見に来る。大丈夫だと言っても離れないところが、なんだかシルらしい。
「……何日かかるんだろ」
横を向けば、まだ手つかずの木材がずらりと並んでいる。思わず苦笑いがこぼれた。
そういえば、先日ランキングにランクインしていて、とても驚きました。
お読みいただいた皆さま、評価やブックマーク、リアクションをくださった皆さま、本当にありがとうございます。
これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。




