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アーティザン工房へ向かう道を歩いていると、手持ち扇風機を使っている人を何人も見かけた。
「売れてるんだな」
少し嬉しくなりながら、リベルは工房の扉を開けた。
扉を通り、受付を見ると、呼び鈴がベルの形に改良してある。リベルは自分が作った冷房の苦労をを思い出し、尊敬しながら呼び鈴を押した。
「お嬢ちゃん、久々だね。元気?」
呼び鈴を作ったお兄さんが奥から出てきて声をかけてくれた。
「元気です。呼び鈴、改良したんですね」
「そうなんだよ。この見た目になってから押してくれる人が増えたんだ。あの時はありがとうね!」
でも市場に出るのはまだ先なんだよな〜と呟きながらチラチラリベルを見てくる。なんだろう。
「…何かアイデア、ない?」
申し訳なさそうな笑顔で聞いてきた。
そういうことか。
「そうですね…一言添えるとか、どうですか?」
よく呼び鈴の横に置いてあった気がする。
「一言?」
「押して呼んでください。とか?」
「なるほど!先に物自体を知ってもらうのも手かもしれないね」
頼りになる〜僕専属ご意見番になってほしいよ〜と言いつつ、抱きつかれ頭を撫でられる。
…おかしいな。前回までは良いお兄さんって感じだったのに。
無抵抗で棒立ちしていたら、奥からコンラートさんが降りてきた。
「おい!ルカ!何やってる!」
受付してくれてたお兄さんはルカさんというらしい。初めて名前を知った。ズンズンズンと凄んで歩いてきたコンラートさんはルカさんを引き剥がした。
「頼りになるんだよ〜。お嬢ちゃん。もう僕の秘書で雇いたいくらいだよ」
見たことがあるものを言っただけなんだけど、すごい高評価だ。申し訳ない。
「お前が雇うなら俺が雇う」
コンラートさんの顔は大真面目だ。
「俺の方がいいよね?優しいし」
「は?俺の弟子だが?」
仲が良いのかな。いつも言い争っているのに、不思議と仲は悪そうに見えない。
「錬金術師にはなりません」
その光景を見てリベルは微笑むと、二人は顔を見合わせて、肩を落とした。
「まあ、おいおいそこは落としていくとして」
どうやっても落ちない自信はあるんだけどな。と心の中で思いながら首を傾けていると、
「客室行くぞ」
と言い、コンラートさんは歩き出した。リベルも後を追うようについていく。後ろを振り返れば、ルカさんはまたね〜、と手を振っていた。
受付の横にある、応接室のような落ち着いた雰囲気の部屋に通された。
「そっち座れ」
「はい」
「元気だったか?あ。茶、いるか?」
茶葉を取り出すコンラートさんに首を横に振る。
「元気です」
コンラートさんが机に置いた革袋から、ジャラッと硬貨の音が響く。
「これが売上の一割だ」
促されるまま袋を開けると、中には見慣れない金色の硬貨が入っていた。
「金貨だ…初めて見ました」
「読み通り飛ぶように売れてな」
確かに、ここまでくるのに沢山の人が手持ち扇風機を持ちながら歩いているのを見かけた。
「嬉しい誤算だったのは、貴族にまで売れたことだ」
「へえ!見た目的に買わないと思ってました!」
「どうやら噂が広がったみたいで、しかも、自分専用のオーダーまで入る始末だ」
「それは…豪華な見た目になってるでしょうね」
「ああ。上乗せもできるし、懐があったかいぜ。これも全部リベルのおかげだな!」
ありがとな!とコンラートさんは歯を見せて笑った。
「よかったです」
「またなんか思いついたらルカじゃなくて、俺に言えよな。師匠なんだからよ!」
大股を広げて座っているコンラートさんは、膝をパンと叩いて自慢げに話した。
「じゃあ、早速相談なんですけど…」
「おう」
「加熱の術式ってどうしたらいいですか?…燃やしたいわけじゃなくて、じんわり暖かくさせたいんです」
「加熱なあ…。何作ろうとしてるんだ?」
癒しグッズ。それは、天然風呂を作ることだ。暖かいお風呂で足を伸ばして、ゆっくりしたい。
でもそれを言うと大掛かりだから、湯沸かし器、ポットくらいにしておこう。
思いつくのは火が出る術式しかない。燃えてしまうのは困る。
「例えば、水を火にかけるんじゃなくて、魔道具で自動にお湯を沸かすとか。そういう加熱です」
「ま〜た面白そうなの考えてるじゃねえか。よし。作ってみるか!行くぞ」
「え?!」
コンラートさんは立ち上がり、リベルの腕を掴んで客室を出ようとする。
リベルは慌てて机の上のお金をカバンにしまい、転びそうになりながら足を動かした。
引っ張られながらついた先は、たくさん作業台が並び、錬金術師の人たちがあちこちで魔道具を作ってる部屋だった。
小さな爆発が起こったり、物が凍りついたり、何やら変な音がする魔道具だったり、一瞬見渡しただけでも情報量が多い。
そのまま奥にどんどん進み、ルカさんの隣の誰も使ってない作業台に着いた。
「あれ?見学することにしたの?」
ルカさんの方を見ると、作業台いっぱいに広げた紙へ迷いなく線を引き、新しい魔道具の設計図を書いているようだった。
「また面白いもん考えてやがったから連れてきた」
「いいねえ。ほんとお嬢ちゃん。錬金術師になろうよ。思いつくものがあるっていうのは才能だよ?」
「いや、私は家の不便なものを便利にしたいだけで…」
しかも、もう完成したものまで知ってる。それを再現したいだけだ。
「まずは設計図だな!」
コンラートさんは返事も待たず、もう設計図を書き始めている。頭の中は錬金術のことでいっぱいなんだろう。
職人の血が騒ぐって、こういうことなのかな。
「どんなものをイメージしてるんだ?」
「えーっと、大きめの急須に水を入れたら加熱してお湯になるって感じです」
真横で聞いてたルカさんは目を輝かせる。
「どうやったら、そういうの考えつくのかなあ。いいねえ!それ」
リベルからすれば、何もないところから呼び鈴を思いつく方がすごいと思う。
「勝手に沸いてくれたら楽だなって」
「やっぱり家事をすると不便なもの思いつきやすいのかな?やってみようかな?」
「お前には無理だ」
「どうしてだよ〜!」
言い合いしながら、コンラートさんの手は止まらず、あっという間に設計図が完成した。
「ま、単純だな。見た目は。問題は術式か」
本来の形で言えば、電気を使って加熱するんだけど、電気はまだ開発されていない。明かりといえばランプの世界である。
「火魔法だけじゃダメですもんね」
「そうだな。土、いや組み合わせてもな…」
「水…魔法は違いますよね?」
水を暖めるから水魔法っていうのは安直すぎるかな?
「…ありなんじゃない?」
ルカさんが口を開いた。
「水魔法の術式って水を生み出すだけじゃなくて、伝えたり、保持することもあるじゃない」
「打ち消すんじゃなくて、中和するのか…。よし、やってみるか!」
そう言って、コンラートさんは作業部屋を出て行った。
「え?」
とりかかるんじゃないの…?
リベルは首を傾けた。
どうしたらいいのか立ち尽くしているリベルにルカさんは声をかけてくれた。
「待ってて大丈夫だよ。足りないもの取りに行っただけだから」
その言葉を聞いてほっと一息ついた。一言くらい説明して欲しいと、コンラートさんが出て行った扉を少し睨んだ。
「待たせたな!」
コンラートさんは箱を抱えて戻ってくると、机の上へドンと置いた。中には沢山の急須が入っている。
一から作るのかと思っていたけど、既製品を使えばいいのか。自分にはなかった発想に感心しているうちに、コンラートさんは引き出しから魔石を取り出し、迷いなく術式を刻み始めた。
「きれい」
リベルが刻む刻印とは違って線が迷いなく真っ直ぐ刻まれ、うっすら光の線が入っていく。
「当たり前だ」
ニヤリと笑って刻み終えた魔石に魔力を流した。
「…早い」
「あ、水持ってくるの忘れた」
ガシガシとコンラートさんは頭を掻く。リベルは鞄から杖を取り出して、水魔法を使い急須の中に水を注いだ。
「やるじゃねえか」
コンラートさんの手が魔石に触れ、押したその瞬間、急須は破裂した。
「…!あっぶねえ!リベル大丈夫か?!」
「なんとか…」
驚いてとっさにしゃがんだリベルだったが、破片がバラバラ飛び散ったものの、幸い怪我はなかった。
「火力上げすぎだな。もう一回やるか」
また破裂しないでほしいと思いながら、コンラートさんの後ろに隠れて見守る。
それからも失敗は続いた。ただの水だったり、急須にヒビが入ったり。そのたびに作り直していく。
それなのに、コンラートさんは失敗するほど生き生きとしていた。ルカさんとああでもない、こうでもないと意見を交わしながら、次々と新しい術式を試していく。
本当に錬金術が好きなんだな。
何度も失敗を繰り返すところは、リベルと少し似ているのかもしれない。
そして五回目の挑戦で――
「完成だ!」
急須の注ぎ口から、湯気が立っている。
「お湯だ…」
コンラートさんは振り返り、片手の手のひらをリベルの前に見せる。
「?」
「…わかんねえかなあ!」
「こうするんだよ!」
ルカさんがコンラートさんの手のひらを叩く。
なるほど、ハイタッチだ。
コンラートさんとルカさんが片手ずつ手のひらを見せて待っている。
リベルは少し高いその手のひらをぴょんと跳ねて両手を合わせた。
◇
リベルは森の中を歩いていた。
試作品の急須を割らないよう鞄を支えると、中では売り上げのお金と一緒にカタカタと音を立てる。
急須はもう少し改良してから商品化するらしい。権利の話もされたけど、代わりに術式の図をもらうことで断り、試作品まで持たせてもらった。
いよいよ取り掛かれると思うと、お風呂に浸かる自分を想像してしまい、頬が緩むのを堪えながら帰路についた。




