20
日差しよけの隙間から強い日差しが差し込んできた。
「…お昼?」
クーラーのおかげで寝つきがいい。シルと共に朝を通り越して、もう昼になっている。
お腹が空き、収穫したトマルを鍋で煮込む。トマルは毎食欠かせない。
「リコピン、リコピン」と呟きながら、鍋の中にジャモ、支給品の肉を一緒に入れて煮込み続ける。日焼け対策は引き続き継続中だ。
「スープか」
「うん。ポトフ。」
シルが嫌そうな顔をしている。
「ねえ…知らないでしょ?暑い日に、涼しい中で食べる、熱いスープの贅沢さを」
半信半疑な顔で器を受け取ったシルは、湯気を眺めてから一口啜り、喉がごくりと鳴った。
あっという間に皿の中は空になった。
「…悪くないな」
「でしょう」
部屋の中でそれぞれ一つずつスポットクーラーを自分に向けて寝転んでいる。
「この贅沢さも最高なんだけど、…涼しい中で、冷たい食べ物、食べたくなるよね」
「どこにある。それは」
シルは飛び起きた。
「何がいいかなあ。簡単なのがいいな」
…かき氷、とか食べたいけど、機会作るのも面倒だし。アイス、は砂糖がなあ。貴重だから、あまり使いたくないし。
ぽた、ぽた。
「え?」
振り向くとシルの口から涎が垂れて、落ちていた。
手短に作れて、簡単なものにしよう。よく食べるのはわかってたけど、ここまで食い意地はってたっけ?
雑巾を取り出し、涎が垂れるところに敷いた。
「うん。シャーベットにしよう」
「シャーベット?」
「うん。甘い果実のある場所わかる?」
「…あるぞ」
涼しい空間から外に出ると、寒暖差ですごく暑く感じる。
シルが歩く後ろをついていく。時々後ろを振り返り、ついてきているか確認してるらしい。
「なあ」
「なに?」
「あの冷たい物の小さい物作れないのか」
「あれで、小さいんだよね。本当はもっと大きい」
確かに、こんなに暑いと外に持ち歩ける物がほしくなるのはわかるな。
………そうだ。あれがあったな。
リベルは立ち止まって、カバンから布を取り出す。
「何をしてる。まだ先だぞ」
「君にいいものをあげるよ」
杖を振ってタオルを凍らせ、力を入れてシルの首に巻きつけた。
「これで暑さましかな?」
「………あぁ。先を急ぐぞ」
「うん」
シルの後ろを追いながら、自分の首にもタオルを巻き付けて、杖を振った。
途中、川を横切り、坂を登る。そのたびタオルの冷たさがなくなれば杖を振った。
「ここ、湖までの行き方と一緒だよね?」
「そうだ。いつも入る湖と違う場所にある。」
「そうなんだ」
そういえば同じところからしか湖行かないもんな。
木が重なってるところから抜けると、何度見ても綺麗な湖が出てきた。
よく見ると、湖の周りにはたくさんの種類の実がなる木や低木が生えていた。
「いっぱいあるんだね」
「甘いのはこれだ」
赤い色でツヤツヤしている。見た目は林檎に近い。湖で洗って食べてみる。
パンパンに膨れている果実はみずみずしい。
「ほんとだ。甘い」口いっぱいに広がる味はだいぶ熟した苺に似ている。
「他に好きな果実ある?」
シルは三つの果実を指差した。三種類すべての果実を適当に袋に詰めた。
「じゃあ、帰ろうか」
よほど楽しみにしているのか、シルの足取りは行きより早い。
森の中を足早に進んでいく。
『あついよ…助けて』
声が聞こえた気がする。デジャブだ。
耳を澄ませて、声を探す。
『水が飲みたいよ。もう動けない』
声は弱っているように聞こえる。声の方に体を向けて、足音で声をかき消さないように、そっと歩く。振り向いて、シルにも口で静かにと人差し指を口元に持っていった。
どうやら、この茂みの先から聞こえる気がする。
ゆっくりかき分けて、顔を覗かせると、白くてふわふわした毛を纏った小さな狐が横たわっていた。
「……かわいい」
ぴくりとも動かない狐にリベルは駆け寄った。
家に帰り、タオルを取り出し縁側に敷き、倒れていた狐を寝転がせた。
「暑いって言ってたよね」
クーラーを少し離して、体に風があたるように置く。念のために横に水を入れた小さな桶も置いておいた。
「冷たいのはまだか」
シルは狐に興味ないらしい。早く作れと催促される。
狐はまだ目を覚ましそうにないので、わかったよと言ってシャーベット作りに取り掛かる。
包丁で皮を剥いて、みじん切りより細かく切る。むしろ潰してるくらい。絞り機があれば楽だけれど、少し果肉が残る感じも美味しいかもしれない。
汁ごと、器に入れたら杖を振って、少しずつ凍るように、途中混ぜながら凍らせていく。
楽勝と思ってたけど、結構疲れる。自分の魔力量を舐めていた。
「どっちかというと、アイスキャンディーに似てるかも」
器にペースト状の凍ったシャーベットを乗せる。
「どうぞ」
シルはペロリと舌で舐める。
一口でいきそうなところ、シルはぺろぺろと舐めている。
その時、『ここは?…人間の家?』と狐の声が聞こえた。
「起きた?大丈夫?暑くない?」
『誰だ!』
狐は後ろに飛び起き、毛が逆立っている。…見たことのある光景だ。
シルだけかと思ってたけど、やっぱり魔獣は喋るみたい。
「ここは、私の家。森で倒れてたから家まで連れてきたよ。どお?暑くない?」
狐はクーラーを見ている。先程まで寝ていた場所まで、恐る恐る足を伸ばしたその時、足を瞬時に引っ込めた。
『涼しい!!』
もう一度足を風に当てている。
「水も飲んでいいよ。そうだ。冷たい果実も食べる?」
警戒して目は合わせないのに、尻尾だけは激しく揺れている。
『人間の物は食べない!しかもなんで話せるんだ!』
「君たち魔物の力じゃないのかあ…。なんでだろ?食べないの?」
こんなに尻尾振ってるのに。
「…た、た、食べ、」
迷ってる迷ってる。小さくて尻尾がぶんぶん揺れてて、本当に可愛い。
「あれだよ」
シルの食べている先を指した。
『ひぃっ!!!ど、どうして!あの、』
言葉にならないらしい。ブルブル震えている。シルと狐を交互に見る。…そうだよね。小型からしたら大型って怖いよね。と考える。
シルは興味がなさそうだから、大丈夫だと思う。だけど、念のため。
「こっちに持ってきてあげるよ」
尻尾はしゅんと垂れ下がっている。残りのシャーベットを小さな器に移していると、ガッと器を掴まれた。
「どこに持っていく」
声が低い。狐を見ると、もう手で目元を覆って小さく丸まって震えている。
「君のはまだまだあるよ。あれ、全部できるんだから」
森で取ってきた果実を指差す。シルは目線をやると、納得したのか腕を離した。
「どうぞ」
クーラーの前にシャーベットを置く。狐は手を少し開き、シャーベットを見ている。
『…いいのか?』
「いいよ。まだまだ作れるからね。それは食べて大丈夫」
狐はペロリとシルと同じように舌で舐め、『美味しい!冷たい!』と顔を上げた。
…怖がってるのに、食べるんだね。現金な子だな…。まだ小さそうだし。頭撫でたらダメかなあ。…ダメだよね。
リベルは手を後ろで組んで、撫でたい衝動を抑えていた。
その後も、狐は怖がりながら食べ続け、シルはもっと作れとせがみ始め、少し賑やかな一日だった。
◇
朝起きると、狐は居なくなっていた。一緒のベッドで寝るまで距離が縮まったのに、帰ったらしい。
昨夜狐はポツポツ話してくれた。暑いのが苦手な種族なこと、昨日は冷たい水が飲みたくて求め出たけど、迷ったこと。
「…可愛かったな」
もう会えないのかな。そう思って、狐が寝ていた場所をそっと撫でる。熱は残っておらず、冷たくなっていた。
階段を降りて、畑に水やりをしに行こうと縁側に出た時、数個白い球根が桶の中に置かれていた。
「…狐の恩返しだ」
リベルは微笑んだ。




