17
「ただいま」
いつも返事はないが、シーンと静まった家には物音ひとつしない。家に着く頃にはすっかり日が暮れてしまっている。
夜ご飯なかったからな…シルは狩にでも行ってるのかもしれない。
鞄を作業台の横に置き、借りた魔石刻筆を取り出して、椅子に座る。魔石刻筆を手で遊びながら、考えを巡らした。
錬金術は、思ったよりも簡単だった。
ただ、私が作りたいのはクーラーだ。今日試しに作ったのは基本の術式で、応用したものを刻印しなければ完成しない。
いきなり本命の大型クーラーに取り掛かるわけにもいかないな…。
「まずは別に試作品を作ってみよう」
試しに作ってみる物は大きくないものがいい。それでいて、あの黄色の魔石が使えるもの。なおかつ、クーラーに使えそうな、涼しいものがいい。
夏の涼しいものといえば、
「…扇風機」
試作品は、手持ち扇風機にしよう。
リベルは作業台に向かい、一心不乱にペンを持ち、設計図を書いていた。側には、風車と水車の作りの本が開いてある。
いつも通り、図書室で借りて書き出したものだ。
司書の変な顔を思い出しながら、書き終えたリベルは材料と工具を取りに席を立った。
「余ってる木材あったかな…」
ギコギコと、木を大まかな大きさに切っていく。必要な木材は五枚。
「まずは持ち手を作ろう」
片手より少し長めの木を、持ちやすいように丸く小刀で角を落としていく。
この生活を始めてから、大工の腕が上がったと思う。…職人と比べれば、綺麗な形じゃなく、ガタガタだけど。
無心で角を落としていると、だんだん八角形に近づいてくる。いい調子だと思って進めていると、影が落ちてきたので顔を上げる。
「何をしている」
シルが帰ってきたらしい。
「錬金術習ってきたの。今は試作品作り」
「そうか」
返事にご満悦したのか、定位置の縁側で欠伸をしながら伸びている。
その様子を見てから、リベルは作業に戻った。
八角形になった木材を彫刻刀で丸く削っていく。
彫刻刀は慎重に動かさないと、調子に乗ってると、手に刺してしまうことは、何回も経験済みだ。
シュッシュッと一定のリズムで削っていけば、丸みを帯びた持ち手の完成だ。
「…ちょっとボコボコしてるけど」
完璧を求めて削りすぎると細くなるから、『まあいいか』くらいが丁度いい。
仕上げにやすりで整えていく。
「…次は、羽だな」
昔使っていた扇風機を思い出しながら、羽が丸くなるように、彫刻刀を滑らせる。
「うん。丸い。…ちゃんとそれっぽいな」
『順調、順調』と呟きながら、出来上がった羽を側に置き、周りを囲う丸い型の外枠を作る。
「丸って形が意外と難しいんだよね…」
厚い板をノコギリで切り出し、小刀で余分を削った。やすりを何度もかけて、幅も厚みも整えた細い板を十二枚作った。
端を斜めに切り、輪になるように一枚ずつ組み合わせ、ここを固定すれば、外枠の完成だ。
「固定は、魔法で省略!」
一応、アイゼンヴァルド公爵の生まれのリベルは魔力量は少ないものの、あまり存在しない、全属性の魔法が使える。
杖を握り固定の想像をしながら、土魔法をかけると、魔法陣が浮かびあがった。
魔法陣が消えたのを確認してから、外枠を手に取って、何度も振ってみる。
「よし、固まってる」
十二角形でカクカクしている外枠を丸みが出るようにやすりで整える。
あとは大事な軸と、軸受を同じように小刀と彫刻刀で形成した。
もう一度、杖を振って全体を固定し、手に取って外れないか強めに振ってみる。
「できた!ちゃんと見た目は扇風機だ」
「なんだそれは」
「びっくりした。いつの間に」
「その小さいのはなんだ」
「これは、風がくる魔道具になる予定」
「涼しいのか」
「風が来る分涼しくなると思うよ。」
シルは横で丸まり、見届けるらしい。
魔石を取り出し、ここからは習った錬金術の出番だ。ドキドキしながら、筆を握り刻印していく。
術式は、回転させる風魔法と維持をする土魔法の応用術式。それと、固定する土魔法の術式の三つを組み合わせる。
歪まないように、間違わないように、一文字一文字丁寧に筆を滑らせる。
コンラートさんの家でしたものより術式が多い。集中から額に汗が伝う。
汗が机にぽたりと落ちた時、術式は完成した。
羽の中心部には空洞がある。そこに魔石を置き、魔力を流すと体から力が抜けていく。
ガタンと椅子が揺れたとき、魔石が淡く光った。
「出来たのか」
「多分ね。……使ってみるよ」
息を飲んで、震える指先で魔石の部分を押す。
ガタガタガタ……
振動が凄く、破裂するんじゃないかと不安になるりながら、扇風機を自分に向ける。
「風来ないぞ」
「……そうだね」
やっぱりそんな上手くいかないか。
「明日またチャレンジするよ…」
作業台に頭を突っ伏して、手はぶらぶら足の横を前後する。
「もう動くのも疲れた」
「そうか」
シルに担がれて、一緒に寝室に向かった。
翌日、コンラートさんの家でまた錬金術の基本を練習する。
シルと合わせたら結構な数になる魔石は、いつも申し訳ないから持ち込んでいる。
「うん。まあできてはいるが、線が甘い。威力が発揮できねえぞ」
「はい」
「だが、初心者とは思えない出来上がりだがな。…付与魔法はそんなに身につくのか?」
「わからないですけど、杖でやってたのでペンがすごく楽です」
「杖でか?!そりゃ、すげえな…」
「魔法陣、複雑で…。何日かかったか覚えてません」
屋根の修理を思い出だすだけで、遠い目をする。
「やったことはねえが、考えるだけでゾッとするわ」
「あ。そういえば、失敗した魔道具はどうしたらいいんでしょう」
「ああ、魔石はもう使えないが、物自体壊れてなければ使えるぞ」
「え?!そうなんですか?!」
それは良いことを聞いた。
「そうよ〜。解除術式を刻印すればいいのよ」
「解除術式…」
「やってみるか」
「はい。お願いします」
リベルはもう一度筆を握った。
コンラートさんの家を出て、帰り道森の中を歩いているとシルと出会った。
「何してるの?」
「取ってきた」
ズルズル何かを引きずってるなと思ったら、ずいぶん土や草がついて汚れた袋だ。
「…穴開かなくてよかったね。今度背負える鞄か袋作るよ」
「…あぁ。」
軽く尻尾が軽く揺れているので、嬉しいらしい。袋を覗き込むと、穴あきかけている。ギリギリのところで保っている袋を開けて、中を見てみると、
「あ。魔石だ。」
「まだまだ必要そうだったからな」
「…頑張ります」
シルも家が涼しくなることを楽しみにしてるのかもしれない。
リベルは気合を入れ直した。
家に帰り、扇風機を隅々まで目を凝らして見る。
「まず外枠と羽の隙間が少ないんだ」
これは昨日の振動で気づいた。
刻印筆を持ち、解除術式を刻めば、鈍く光り魔石がころっと外れた。
そのまま杖に持ち替えて、魔法をかけると部品が分解した。
羽を手に取って、小さくするために彫刻刀を滑らせて削る。
「これくらいかな」
昨日と同じように魔法と錬金術をかけると、光を見たシルも身を乗り出して一緒に扇風機を見る。
「いくよ」
ガッガッガッ
すごくカクカクしながら、昨日よりは回転した。
「……」
シルの視線が刺さる。
「もう一回するよ…」
それから毎日、コンラートさんの家に通い、家に帰っては試作品を作っていた。
羽が折れたり、回転はしたものの回転しすぎて、羽が飛んで行ったり…。
とにかく、何回も失敗しては改良の繰り返しの日々だった。
「結局、羽が大事なんだよね。」
そういえば元の扇風機も羽根に角度ついてたな、と思い出しながら今日も彫刻刀を持って削っていく。
魔石を取り出し、刻印をして、扇風機と結びつけ、錬金術をすれば、もう何度も見た光が部屋を包んだ。
「いくよ」
『今度こそ成功しますように』そう念じながらシルと顔を見合わすと、シルが頷いた。
ウィーン
「風だ…!」
どこにも引っかからず、綺麗な回転を保ったまま羽が動いている。首元に扇風機を持っていくと、髪が風で靡いた。
顔を近づけているシルの方に向けると、銀色の毛並みが波を打った。
「…少し涼しいな」
「うん。出来た」
倒れないようにそっと床に立てて、シルに風を当てれば、気持ちよさそうに目を閉じている。
それを見て、リベルは達成感に満ちていた。




