16
西へ傾いた陽が木々の隙間から差し込み、森は茜色に染まり始める頃、リベルは学生服から作業着に着替えて、アーティザンへ向かっていた。
「…専用ペン…悲しいな」
コンラートさんに言いたくないな…
「…はぁ」
ため息が止まらない。せっかく交渉までしたのに…。
トボトボと足取りは重くても、気がつけば目の前には、目的地のアルケミア工房が見えていた。
「こんにちはー…あれ?」
受付に誰もおらず、いつも受付にいるお兄さんが居ないかと見渡しても、シーンとした室内に人の気配はない。どうしよう…と受付を覗けば、ボタンがついてある箱が目についた。魔石がついているので魔道具だろう。
「押したらだめかな…」
ボタンに指を近づけては離しを一人で繰り返していると、
「押していいよ」
と上から少し笑いを含む声がした。
…いつものお兄さんだ。
「これ、呼び鈴の魔道具なんだ。そっか。初めて見る子には分かりづらいのか…。改善の余地あるな…」
なにやらぶつぶつ呟いている。
「コンラートさんは?」
「もうすぐ降りてくると思うよ!仕事も、もう終わるしね!」
待ってる間に、好奇心から呼び鈴を押してみると、ピピピっと大きな音が鳴った。
「これは貴方が作られたんですか?」
「そうだよ。人がいなくても音でわかるように作ったんだ。…けど何かわからないと意味ないね」
お兄さんは少し悲しそうに笑っている。
うーん…。
私が知ってる呼び鈴はもっと…
「ベルっぽい形…」
今は例えるなら、爆弾のスイッチみたいな…うん。
「……ベルか!確かにいい案かもしれない!やってみるよ!ありがとう」
「いえ…思ったこと言っただけで」
錬金術師の仕事って、こうやって改良を重ねて世に出すのかな…。
「二人して何盛り上がってんだ」
「コンラートさん!」
お兄さんと、魔道具のことを話し合っていたら、奥からコンラートさんがダルそうに降りてきた。
「いや、このお嬢さんにいい案もらってね!」
「ほー。あんまり活用されてねえからな。これ」
「そうなんだよね…」
「それより。嬢ちゃん。うちの家行くぞ」
「家?」
「嫁に許可は取ってある。ここは閉まるし、家で教えてやるよ」
「その事で、少し問題が…」
「問題?」
「専用ペン、持ってないんです…。買うまで待ってもらえませんか?頑張って、稼ぐので」
「…なるほどなあ」
コンラートさんは顎に手を置いて考えている。リベルは申し訳なくなって、俯いた。
「なら、もう使わないペンを貸してやろう。古い型だが、問題なく使えるはずだ。いいか?貸しだぞ。」
「…いいんですか?」
「まあ、あの魔石もらってお釣りくるくらいだしな…。買ったら返せよ」
「はい!お願いします」
「じゃ、行くか」
振り向き、呼び鈴を手に持つお兄さんに手を振って、アルケミア工房を出た。
アーティザンを抜けると、リベルの家と変わらない大きさの家が並んでいる。
…ここにみんな住んでるんだ。
そんな家並みを眺めながら、しばらく歩くと、木造の家が多い中、石造の家の前で足を止めた。
「ここだ」
「…お金、稼いでるんですね」
「そこそな。いい家だろ、頑張って建てたんだ」
「さっ!入れ」
「お邪魔します」
「ただいま」
「お帰りなさい!あら、そちらが言ってたお弟子さん?」
奥さんだ。ハンナさんのような元気な人を想像していたけど、スラリとした体型の清純派といった感じだ。おまけに美人だ。
「お邪魔します。リベルです」
「そういや、名前聞いてなかったな。」
「私はブランシュです。よろしくね。さあ、錬金術始める前にご飯にしましょ」
入って入って!っと席に促される。
「いえ、お構いなく…。私何も持ってきてないので…」
「いいの。お客さんなんて滅多に来ないから。それに、結婚する前は私も錬金術師だったの。今日久々に錬金術に触れるから楽しみにしてたのよ」
職場結婚だろうか。コンラートさんの方を見ると、得意そうに笑っていた。
ご飯はありふれた食べ物だったけど、すごく美味しくて、温かった。
「すごく、美味しいです」
「本当?よかった。いっぱい食べてね。リベルちゃん細いから…」
「ありがとうございます」
ご飯を終えて、片付けを手伝い、いよいよ、錬金術の開始だ。
「まずは簡単なものを作ってみるか。やり方は知ってるか?」
「一通り本で読みました」
「えらいわね〜。いい弟子じゃない」
「あ、ありがとうございます…」
ブランシュさんはすごく褒めてくれるので、思わず下を向くが、恥ずかしさを振り払うように首を振って、コンラートさんに切り出した。
「魔石に、術式を刻印して魔力で結びつけるんですよね」
「まっ、簡単に言うとそうだな。そういや、ペンだったな。ちょっと待ってろ」
コンラートさんは部屋を出て行った。
「リベルちゃんはどうして錬金術を習いたいの?」
「…どうしても、欲しいものがあるんです。それを作りたくて」
「そうなのね。錬金術師を目指してるわけじゃないのね。何を作りたいの?」
「…まだ、内緒です」
残念。とブランシュさんが言ったくらいで、コンラートさんが筆を持って帰ってきた。
「前に使ってた型だが、まだ使える。それが魔石刻筆だ」
これが専用ペン…『魔石刻筆』
ドキドキしながら、手に取って握ってみると、想像していたより少し、重い。そのまま目線の高さまで持ち上げて、じっくり見ると、見た目は羽ペンに近く、ペン先は鈍く光り尖っている。持ち手は、絵柄が少し禿げていて、使い古しているのがわかった。
「はい。ありがとうございます。お借りします」
「ふふふ。さ、続きしましょう」
「魔石にペンで刻印するのは術式。これは覚えないと始まらねえ」
「はい。」
机に、とんっと魔道具が置かれた。以前授業で見た、魔法が飛び出すあの道具だ。
その横には魔石も装飾品もついていない、ただの箱が置かれている。
「これは初歩的な術式を刻印したものだ。これを作ってみるか。箱はなんでもいいから、魔石を組み込んで刻印するだけだ」
「術式は火魔法でいいですか?」
「おう。なんでも。でもなんでだ?」
「…授業で、出てきたんで」
「あら、貴方…貴族の子なの?」
「え?!」
「この辺りで魔法を習う学校なんで、貴族が通うあの学校しかないじゃない」
…しまった。庶民が通う魔法学校もあると思ってつい口から出てしまった。
「……」
何も言い訳が思い浮かばない。どうしよう。貴族がこんな格好でいるわけがないし、お忍びでもない。
ぐるぐる考えを巡らしているけど、言葉が出てこない。
「まっ、いいじゃねえか。深くは聞かないし、俺は錬金術を教えるだけだ」
「…そうね。ごめんなさい。言いたくないこと聞いてしまって」
「いえ。聞かないでくれて、ありがとうございます。…コンラートさん、いい男ですね」
「そうだろう」
ガシガシと頭を撫でられる。
…私は人との縁が良いのかもしれない。出会った人みんな、暖かくて、いい人だ。
「火魔法の術式はこれだな。今から俺が実演するから、本と見比べろよ」
そう言って、魔石にコンラートさんは魔石刻筆で術式を刻印していく。
筆を進めるたびに魔石の内側に文字が浮かび上がり、淡い光が連なっている。
真剣に本と見比べるが、目が追いつかない。そうしている内に、術式は刻み終わっていた。
「これで術式が完成だ。…最後に、箱の上に魔石を置いて、魔力を流す」
先ほどより強い光が放った瞬間、魔石が箱に組み込まれていた。
「これで、魔道具の完成だな」
「……すごい」
箱を手に取って確かめると、授業で見た、あの箱になっている。
「押したらだめよ。魔法が発動しちゃうわ」
「あ、はい。」
「やってみるか。経験して覚えるしかないからな。術式はこの通りだ」
「はい」
持ってきた魔石を取り出して、筆を握る。
ドンドンドンと鼓動が耳に聞こえる。
錬金術も初めてだけど、思い返すと、人に見られながら作業するのも初めてで、今更ながら緊張してきたのか、筆を握る手が震えているのに気が付いた。
昨日念のために、初歩術式だけは紙に書いて予習したことを思い出し、大丈夫と自分に言い聞かせるように、息を吸って、筆を走らせた。
「………やりやすい」
描きやすいと言って良いのか、刻みやすいと言って良いのか、とにかく、付与魔法の時と違ってやりやすいのだ。確かに付与魔法でも専用ペンを薦めるわけだ…。
リベルを見ていた、コンラートは思わず眉をひそめた。
「……お前」
ブランシュも口に手を当てる。
「うそ……」
リベルはいつものように自分の世界に入り、二人が顔を見合わせていることにも気づかない。
「 ふぅ」
一通り刻印ができたところで、一息ついた。
「驚いた…。初めてで、ここまで刻印できるやつなんてなかなかいないぞ」
「普通は最初、苦戦するのに…」
リベルは感想も気にせず、筆から杖に持ち変えた。
「魔力はどのくらい流せばいいですか」
「あ、あぁ…。勝手に魔石が吸い取る。だけど、危ないと思ったら杖を置け。まあ、魔石自体に魔力があるから、そんなに量がいるわけじゃない」
「わかりました」
箱の上に魔石を置き、杖先をつけて、魔力を流すとスーッと体の力が抜けていく。
例えるなら、貧血になりそうな感覚に似てるかな。
…そんなに量がいらないってどのくらいだろう。大丈夫かなと心配した矢先、魔石が光った。
「…できた?」
「完成よ。凄いじゃない!」
「まあ、まだまだ甘ぇところはあるが…錬金術の素質あるんじゃねえか?リベル」
「以前付与魔法したことがあるんで…それよりかは楽でした!」
「付与魔法か!なるほどな……あ、おい!」
「ちょっと、大丈夫?」
リベルは緊張の糸が切れたように力が抜け、椅子からずり落ちた。




