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剣がぶつかる音が聞こえる。数を数える声も聞こえた。
「………なに、」
…そういえば、公爵家に来てたんだった。
小さな欠伸をして、窓から顔を出した。
…訓練場だ。二階まで声が聞こえるって凄いな。数を数えてる声は素振りの回数か。
アイゼンヴァルド公爵家は王家からの絶大な信頼を得ている、武に特化した家系である。代々、王の護衛を任された人もいれば、騎士団長もいる。そのため、騎士を志す貴族の子弟が稽古をつけてもらいに訪れることも多い。メイドの噂では、お兄様は次期騎士団長とも言われているらしい。
「…朝からご苦労様です」
私には絶対無理だ。その時間があれば、ごろごろしたい。
しばらくメイドが来るまで、眺めていた。
公爵家の人には、書斎に来る人はほとんどいない。本より、体を動かす。鍛える。それが誇りでもある。
「……落ちこぼれでよかった」
確かに、力があれば嬉しい。未来が広がることは、事実だ。
「昔は、悲しかったけど」
今は悲しさなんて、どこかに消えてしまった。
気を取り直して、書斎に入る。
なるべく学校にないような本がいいな。
…化粧水の本とか、石鹸の本とかないかな。
使われていた材料はうっすら思い浮かぶけど、作り方までは覚えてない。手順がわかる本があればいいんだけど。
物置部屋とは比べものにならないほど綺麗な書斎を歩き回る。床には赤いカーペットが敷かれ、本棚には整然と本が並んでいた。
一通り見て回ったけれど、それらしい本は見つからなかった。
「…そうだよね。企業秘密だよね…」
どちらかといえば、物語の本が多い。絵本も見つけた。
「まだ、残してあったんだ」
…乳母かもしれないけど。
リベルは、一冊の絵本を手に取った。唯一、昔与えられたことがある本だ。捲りすぎて、折り目の癖がついたページ、色褪せた表紙。
「懐かしいな。」
表紙を撫でて呟いた。
絵本を棚へ戻し、書斎を出るとリベルの部屋に向かうメイドと鉢合わせた。
午後からは忙しい。お昼ご飯は抜きだった。
「………っ!」
綺麗にドレスを着こなすため、三人がかりでコルセットを締め付けられる。
…苦しい。もう脱ぎたい。確かに、お昼食べてたら吐いていたかもしれない。
締め終わったら、ドレスを着付けされる。家紋の赤と黒をあしらえたドレスだ。少し動くと、ラメがキラキラ光る。黒のレースの手袋をはめる。
…なるべく焼けた肌を見せないようにしてあるのかな。父上がうるさいだろうし…。
そのまま椅子に座らされ、髪はハーフアップにされながら、別のメイドからは顔に化粧を施される。まるで人形になった気分だ。
鏡の前で目を開けたら、貴族令嬢の出来上がりだ。
…まだ幼さが残るこの顔には、黒と赤色のドレスは似合わない。
別人のような顔をした自分と目が合わないように横を向いた。
星空の光を受け、キラキラ輝くドレスを捌きながら、馬車へ乗り込む。
…兄姉と同じ馬車だ。
一人なら疲れた〜と声を出せたのに…。
「お兄様は、今日は護衛じゃなくてよろしいの?」
「ああ。流石に席を外すわけにはいかないからな。」
「そうなんですの」
静かじゃない馬車は久しぶりだ。ふーんと半分耳に入れながら窓の外を見る。
二人は今日の夜会について話を続けている。
この後はお互い婚約者と会場に入るらしい。
…婚約者と家から行けば一人だったのにな。
早くついてほしいけど、夜会にも行きたくない。複雑な思いを抱えて、少し眉間に皺を寄せた。
執事の手を借りて、馬車を降りる。兄姉はそれぞれ婚約者と連れ添って会場に入って行った。
リベルは一人で会場に向かう。
…それにしても、公爵家でも十分お城だと思ったけど、王城は格が違う。規模も違う。本当にお城だ…。
どこを見ても、煌びやかだ。次々と、歩いてくる貴族たちも相まって、眩しい。
遅れを取らないように会場に入った。
天井に吊るされたシャンデリアが光っている。
あちこちで近況を報告し合う声が聞こえ、商談をする者や婚約者と仲睦まじく過ごす姿が目に入る。自分には関係のない世界を見るように、リベルはぼんやりと眺めていた。
すると、遠くの方で、家族が集まりだしている。…そろそろいかなければ。
アイゼンヴァルド公爵家の輪の少し後ろに並んだところ、王家が白く艶のある階段から降りてくる。
…まるで別世界だ。
王が建国を祝い、この国の繁栄を願う言葉を述べる。
内容はほとんど耳に入ってこなかった。
「乾杯!」
「乾杯!」
一斉に掲げられたグラスがきらりと光った。
あとリベルがやるべきことは王家へ挨拶することだけだ。それが終われば後は自由だ。もう少しだ。
父上と母上が動き出す。習って、リベルも足を動かした。
壇上にあがり、
「建国祭、誠におめでとうございます。アイゼンヴァルド公爵家一同、ご挨拶申し上げます。」
昨日習ったカーテシーを丁寧に間違わないように礼をする。
……やり切った。
あとは目立たず壁の花にでもなっていよう。
壁際に立ち、机に並ぶ料理へ目を向ける。本当なら、普段食べれないような豪華な料理を味わってみたかった。
けど、家族の目もある。何よりコルセットが苦しくて、とても食べられそうにない。
あとどれくらいで終わるかな…。
会場では、途切れることなく演奏が続く。
男女が手を取り合い、軽やかに踊っている。くるりと回るたび、ドレスが広がり、結い上げた髪が揺れた。
リベルは演奏が終わるまで、ずっと眺めていた。
王城がだんだんと小さくなっていくのを窓から眺めていた。あの煌びやかな光も小さくなっていく。
ヒールでずっと立っていたから足がジンジンする。脱いで、足を崩したい。だけど、まだ目の前には兄姉の顔がある。
王都から、森の入り口に着いた。
扉が開いて、馬車を降りる。
会話はない。
振り向けば、馬車はもう走り出していた。
ヒールを脱いで手に持つ。ドレスの裾は纏めてくぐった。
森の中を裸足で歩く。
トボトボ歩いていると、見慣れた自分の家に着いた。
「ただいま」
シルはこちらを向いて、目を見開いた気がする。
「ぅゔん……コルセットが脱げない」
1人で唸りながら、背中に手を回す。
「手をどけろ」
「…え?」
振り向くと、シルが片手を上げている。
固まって、起立の格好をとる。
背中に風が吹いた瞬間、足元にコルセットが落ちている。
「………ありがとうございます」
体には傷一つつかず、見事にコルセットが切れていた。
「…よく寝た。」
起きたら昼になっていた。お腹すいたな。そういえば昨日の昼から何も食べていない。
何かあったっけ。あ。畑に水やりもしてない。
色々考えながら、階段を降りる。
「起きたか」
「うん。お腹すいた」
初めてシルから話しかけられた気がする。
「手を出せ」
「…?」
果物かな?と不思議に思いつつ、シルの前に手を差し出す。
ごろ、ごろと石が降ってきた。
「これ……、魔石!?!?」
「拾った」
…拾ったレベルが規格外である。




