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12


リベルの家と公爵家の間には、公爵家から支給品が届く古屋がある。


森を抜け、古屋の扉を開けると、毎月届く食料が積まれていた。その上に、一枚のメモがある。


「…メモ?」


……あぁ、そうか。もうこの時期なんだ。


リベルは肩を落とした。







もうすぐ年に一度の建国祭がある。貴族は全員参加しなければならない。


式典は当主か、後継が出席するのが通例だ。


フォルム街もきっとお祭りが開かれるだろう。


お祭りに行きたい。けど、参加できない。なぜなら、


「……夜会」


リベルが参加する舞踏会は基本的にない。お呼ばれもない。お付き合いもない。


…それでも、王家主催は別だ。


一応リベルも公爵家の令嬢である。


古屋から手押し荷車を引いて、庭に入る。


「……よい、しょ」


ガタンと止まる音でシルは今起きたらしい。


…伸びながら欠伸をしている。


「…私、明後日から二日間、いないからね。畑、よろしくね」


「……」


「畑から食べたらだめだよ」


シルは興味なさそうに、水を飲みに行った。


……念のため、ご飯作って置いて行こう。





厚い雲が空を覆い、夏の朝とは思えないほど薄暗い。今の気分にぴったりだった。


迎えにきたいつもの馬車に乗る。


いつもなら行き先は学校だが、今日の行き先は公爵家だ。


窓の外の景色が少しずつ変わっていく。


「……お城の集まり…」


貴族街に入ると、全ての家が自分の家と違いすぎて、言葉が出ない。


この先からは、令嬢にならなければいけない。


深いため息をついて、背筋を伸ばした。


厳重な門をくぐる。手入れの行き届いた庭園の奥には、何度見ても慣れない屋敷が建っていた。


――アイゼンヴァルド公爵家だ。


訓練場からは騎士志望の者たちの声が聞こえる。


…来たくなかったな。


リベルは重い玄関を押した。


「…相変わらず、静か」


自分の足音だけが響く廊下を歩く。


「お帰りなさいませ」


執事長と鉢合わせた。


「本日のご予定は、机の上に置いてありますので、ご確認ください」


…毎年恒例だから、わかるけどね。


リベルは頷いた。


自室に行こうと歩き出すと、複数の足音が混ざって聞こえてきた。


…面倒くさいことが起こりませんように。


覚悟を決めて振り向くと、


「…はあ。今年も目立たないように過ごしなさい」


……お姉様と、侍女達だ。


扇で口元を隠しながら話しているけど、嫌そうな顔は隠さない。扇の奥で目だけが細くなり、視線が頭から足先まで流れた。


…制服だし、粗相はない、はず。


この公爵家の家訓を一番濃く受け継いでるのは、この姉だろう。


返事をしても、気を悪くさせてしまうので、軽く会釈して、通り過ぎる。舌打ちが聞こえた気がした。


兄姉の部屋を通り越し、物置部屋に着く。そこが、リベルの部屋だ。


机にはスケジュールが確かに置いてある。


…詰めた予定だな。


「……何もしてないのに疲れる」


質素な部屋なのに、ベッドはうちのより良い。


ぼふっと飛び込むと、何度か体が弾んだ。


「あ〜……」


自然と声が出て力を抜くと、コンコンと戸を叩く音がした。


「お嬢様、お時間でございます」


…お客様が来たらしい。



舞踏会には、ドレスが外せない。


物置部屋には通せないので、客室で採寸をする。


腕、お腹、胸、と測られる間も気を抜けない。


……姿勢良く立ってるのも疲れる。


お任せと伝えているので、メイドが勝手に候補からドレスと装飾品を選んでいく。


時々顔と合わせて、見比べられる。


…アクセサリーも重そう。


流石に品格は落とせないらしい。見るからに高そうだ。


「少しの手直しで終わりそうです。明日納品しますね」


「よろしくお願いします」


メイドと御用達の仕立て屋が打ち合わせをする横で、リベルは出そうになったため息を飲み込んだ。


…やっと終わった。



別のメイドが顔を出して、


「マナー講師の方が到着しております」


と伝えに来た。


リベルは振り向いて、頷いた。


毎年やっていれば、身にはついてるものの、あの家の生活をしていれば、多少は姿勢が崩れる。


……踵が高い靴、歩きにくいんだよね。


マナー講師は、少しの崩れも見逃さない。


ヒールをカツカツ鳴らしながら何往復も歩く。


足の裏は痛いし、背中は攣りそうだ。


パシ、パシ。


マナー講師が扇で、手のひらを叩く。声がかかるまで、部屋の端から端を歩き続けなければならない。視線が痛い。


早く終われ!と心の中で叫んだ。


「…いいでしょう。次は、礼です」


……カーテシー…。家ならぼやいてる。絶対。項垂れそうになるのを、どうにかこらえた。


立派な貴族は、表情を崩さない。リベルはにこりと微笑んだ。


片足を斜め後ろに引き、両膝を軽く曲げながら、上体を軽く前に傾ける。


これが、すごく、辛い!


ゆっくりな動きはその分筋肉を使う。足が震える。


お願いします。一回で合格にしてください。と、表情には出さず念を送り、ゆっくり顔を上げた。


「もう一度」


……現実は残酷だ。


また、片足を斜め後ろに引いた。


何回したのか、数え忘れた頃にやっと終わった。


「これで終わります」


「…ありがとうございました」


今の今まで習っていた礼をしながら見送る。


バタンと扉が閉まった途端、リベルは床へ倒れ込んだ。


「美って、しんどい…」


…今誰もいなくてよかった…。









落ちこぼれには、贅沢な晩餐なんてない。部屋に運ばれてくる料理は、多分使用人のものと大して変わらない。


リベルはそれでも充分だった。


「……畑大丈夫かなあ」


シルは、ちゃんと見てるだろうか。それとも森に出てるかな。


それとも…つまみ食いしてないかな。


スープを啜りながら、自分の家を思い返す。


今頃いつもなら、シルと縁側で何もしない時間を過ごしているころだ。


この自室は、物置部屋と言っても、絶対リベルの家よりは良い部屋なのに。


「安らげないな…」


ご飯を食べ終えると、メイドがやってきた。


クリーン魔法をかけられ、髪を梳かれ、香油で髪をツヤツヤにされる。


そのあとは、多少マシになった日焼けの肌の手入れだ。


……ガシガシされて痛いなあ。


顔や体に化粧水を丁寧に塗られる。


…気持ちいいな。染み込む感じがわかる。


やっぱり欲しい。どうやって作るのかな。


植物から作られるのもあったと思うんだけどなあ。


…買ったら絶対、高いよね。


メイドは一通り仕事を終えると、下がっていった。


明日は午後からが忙しい。


午前は暇だから、書斎に行ってみようかな。


唯一の楽しみはこれしかない。


この家にしたら固い方なのだろう。それでもリベルの家のものよりずっと柔らかいベッドに寝転んだ。


「もう寝れそう…」


明日は舞踏会だ。


それが終われば帰れる。


あと一日の辛抱だ。


「…頑張ろう」


リベルは目を閉じて丸まった。



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