12
リベルの家と公爵家の間には、公爵家から支給品が届く古屋がある。
森を抜け、古屋の扉を開けると、毎月届く食料が積まれていた。その上に、一枚のメモがある。
「…メモ?」
……あぁ、そうか。もうこの時期なんだ。
リベルは肩を落とした。
◇
もうすぐ年に一度の建国祭がある。貴族は全員参加しなければならない。
式典は当主か、後継が出席するのが通例だ。
フォルム街もきっとお祭りが開かれるだろう。
お祭りに行きたい。けど、参加できない。なぜなら、
「……夜会」
リベルが参加する舞踏会は基本的にない。お呼ばれもない。お付き合いもない。
…それでも、王家主催は別だ。
一応リベルも公爵家の令嬢である。
古屋から手押し荷車を引いて、庭に入る。
「……よい、しょ」
ガタンと止まる音でシルは今起きたらしい。
…伸びながら欠伸をしている。
「…私、明後日から二日間、いないからね。畑、よろしくね」
「……」
「畑から食べたらだめだよ」
シルは興味なさそうに、水を飲みに行った。
……念のため、ご飯作って置いて行こう。
厚い雲が空を覆い、夏の朝とは思えないほど薄暗い。今の気分にぴったりだった。
迎えにきたいつもの馬車に乗る。
いつもなら行き先は学校だが、今日の行き先は公爵家だ。
窓の外の景色が少しずつ変わっていく。
「……お城の集まり…」
貴族街に入ると、全ての家が自分の家と違いすぎて、言葉が出ない。
この先からは、令嬢にならなければいけない。
深いため息をついて、背筋を伸ばした。
厳重な門をくぐる。手入れの行き届いた庭園の奥には、何度見ても慣れない屋敷が建っていた。
――アイゼンヴァルド公爵家だ。
訓練場からは騎士志望の者たちの声が聞こえる。
…来たくなかったな。
リベルは重い玄関を押した。
「…相変わらず、静か」
自分の足音だけが響く廊下を歩く。
「お帰りなさいませ」
執事長と鉢合わせた。
「本日のご予定は、机の上に置いてありますので、ご確認ください」
…毎年恒例だから、わかるけどね。
リベルは頷いた。
自室に行こうと歩き出すと、複数の足音が混ざって聞こえてきた。
…面倒くさいことが起こりませんように。
覚悟を決めて振り向くと、
「…はあ。今年も目立たないように過ごしなさい」
……お姉様と、侍女達だ。
扇で口元を隠しながら話しているけど、嫌そうな顔は隠さない。扇の奥で目だけが細くなり、視線が頭から足先まで流れた。
…制服だし、粗相はない、はず。
この公爵家の家訓を一番濃く受け継いでるのは、この姉だろう。
返事をしても、気を悪くさせてしまうので、軽く会釈して、通り過ぎる。舌打ちが聞こえた気がした。
兄姉の部屋を通り越し、物置部屋に着く。そこが、リベルの部屋だ。
机にはスケジュールが確かに置いてある。
…詰めた予定だな。
「……何もしてないのに疲れる」
質素な部屋なのに、ベッドはうちのより良い。
ぼふっと飛び込むと、何度か体が弾んだ。
「あ〜……」
自然と声が出て力を抜くと、コンコンと戸を叩く音がした。
「お嬢様、お時間でございます」
…お客様が来たらしい。
舞踏会には、ドレスが外せない。
物置部屋には通せないので、客室で採寸をする。
腕、お腹、胸、と測られる間も気を抜けない。
……姿勢良く立ってるのも疲れる。
お任せと伝えているので、メイドが勝手に候補からドレスと装飾品を選んでいく。
時々顔と合わせて、見比べられる。
…アクセサリーも重そう。
流石に品格は落とせないらしい。見るからに高そうだ。
「少しの手直しで終わりそうです。明日納品しますね」
「よろしくお願いします」
メイドと御用達の仕立て屋が打ち合わせをする横で、リベルは出そうになったため息を飲み込んだ。
…やっと終わった。
別のメイドが顔を出して、
「マナー講師の方が到着しております」
と伝えに来た。
リベルは振り向いて、頷いた。
毎年やっていれば、身にはついてるものの、あの家の生活をしていれば、多少は姿勢が崩れる。
……踵が高い靴、歩きにくいんだよね。
マナー講師は、少しの崩れも見逃さない。
ヒールをカツカツ鳴らしながら何往復も歩く。
足の裏は痛いし、背中は攣りそうだ。
パシ、パシ。
マナー講師が扇で、手のひらを叩く。声がかかるまで、部屋の端から端を歩き続けなければならない。視線が痛い。
早く終われ!と心の中で叫んだ。
「…いいでしょう。次は、礼です」
……カーテシー…。家ならぼやいてる。絶対。項垂れそうになるのを、どうにかこらえた。
立派な貴族は、表情を崩さない。リベルはにこりと微笑んだ。
片足を斜め後ろに引き、両膝を軽く曲げながら、上体を軽く前に傾ける。
これが、すごく、辛い!
ゆっくりな動きはその分筋肉を使う。足が震える。
お願いします。一回で合格にしてください。と、表情には出さず念を送り、ゆっくり顔を上げた。
「もう一度」
……現実は残酷だ。
また、片足を斜め後ろに引いた。
何回したのか、数え忘れた頃にやっと終わった。
「これで終わります」
「…ありがとうございました」
今の今まで習っていた礼をしながら見送る。
バタンと扉が閉まった途端、リベルは床へ倒れ込んだ。
「美って、しんどい…」
…今誰もいなくてよかった…。
◇
落ちこぼれには、贅沢な晩餐なんてない。部屋に運ばれてくる料理は、多分使用人のものと大して変わらない。
リベルはそれでも充分だった。
「……畑大丈夫かなあ」
シルは、ちゃんと見てるだろうか。それとも森に出てるかな。
それとも…つまみ食いしてないかな。
スープを啜りながら、自分の家を思い返す。
今頃いつもなら、シルと縁側で何もしない時間を過ごしているころだ。
この自室は、物置部屋と言っても、絶対リベルの家よりは良い部屋なのに。
「安らげないな…」
ご飯を食べ終えると、メイドがやってきた。
クリーン魔法をかけられ、髪を梳かれ、香油で髪をツヤツヤにされる。
そのあとは、多少マシになった日焼けの肌の手入れだ。
……ガシガシされて痛いなあ。
顔や体に化粧水を丁寧に塗られる。
…気持ちいいな。染み込む感じがわかる。
やっぱり欲しい。どうやって作るのかな。
植物から作られるのもあったと思うんだけどなあ。
…買ったら絶対、高いよね。
メイドは一通り仕事を終えると、下がっていった。
明日は午後からが忙しい。
午前は暇だから、書斎に行ってみようかな。
唯一の楽しみはこれしかない。
この家にしたら固い方なのだろう。それでもリベルの家のものよりずっと柔らかいベッドに寝転んだ。
「もう寝れそう…」
明日は舞踏会だ。
それが終われば帰れる。
あと一日の辛抱だ。
「…頑張ろう」
リベルは目を閉じて丸まった。




