10
蒸し暑さで目が覚めた。体を起こして、背伸びをする。
「…学校行かなきゃ」
その前に体を拭きたい。
庭に出ると、貯水樽には透き通った水がたっぷり溜まっていた。
桶ですくって顔を洗う。
「……楽だ…」
畑の水やりだって、もう遠くまで汲みに行かなくていい。
タオルを水につけて体を拭く。
シルにも水を渡す。
…勢いよく飲んでる…。喉乾くよね。
水路作ってよかったと満足しながら、制服に着替えて家を後にした。
いつものように、木陰を探しながら歩く。森を抜けて、馬車に乗り込んだ。
「…何だその日焼けは」
「……」
「令嬢らしさの欠片もない」
「……」
「もっと我が公爵家の名に恥じぬような姿でいろ」
馬車内には大きなため息が響いた。
……案の定、注意された。
注意するくらいなら、支給品で日傘でもくれたらいいのに。
学校までの道のりは長く感じた。
教室の窓から見える空は、今日も雲一つない夏空だった。
……日焼けかあ。
講義を聞きながら、頭の中では別のことを考えていた。
日焼け止め、なんてこの世界にないよね。
あとは何が効果的だったかな…?
冷やすのは確かとして…ビタミンもよく聞いた気がする。
もう一度薬草図鑑を借りてみようかな。
図書室へ向かうのは久々な気がする。
樋とか時間かかったからな…。
前はほぼ毎日顔を合わせてた、司書の顔を見るのも久しぶりだ。
司書はこちらを見るなり、小さく目を細めた。
「…水路工事はありません」
「………今日は薬草図鑑を」
「……」
司書は何も言わず席を立ち、数分後、本を抱えて帰ってきた。
『薬草効能録』
……本当にできる司書だ。私が借りたい内容がどうしてわかってるんだろう。
「返却期限は明後日です」
「ありがとうございます」
リベルは通い続けて初めてお礼を言った。
日差しが和らぎ始めた頃、森の中で図鑑を片手に日焼け対策のハーブを探していた。
「……アロエ、生えてないかな」
多肉植物、どこかで見たことあるんだけどな…どこだったかなあ。
「…ん?」
アロエではないけど、黄色の小ぶりな花が景色いっぱいに広がっている。
「カレンデュラだ…!!」
図鑑と何度も見比べる。間違いない。
日焼け対策の一つ目はこれで揃った。
早速飛びついて、花を摘み取っていく。
シルはくんくんと匂いを嗅いで、ふんっと鼻を鳴らしている。
…お気に召さない香りだったのかな。
手にとって鼻に近づけてみる。
「ほんのり甘い…?」
人間の嗅覚じゃ、そこまで匂わないな。
ある程度摘み終えたら、引き続きアロエを探しにまた森の中を歩いた。
「…そういえば、前に拾った果物どこに生えてるの?」
「…食べるのか?」
「うん。」
柑橘系の味だったから、きっとビタミンが含まれてると思う。
体の中からも取り込まないと。
後ろをついてきていたシルが先頭を歩き出す。
しばらく進んで、シルは小川を一蹴りで飛び越えた。
……それは無理だ。
大きめの石を一個ずつ渡る。石と石の間隔は広い。
「……あ!!」
バシャっと滑って川に尻餅をついた。
上を見上げると、シルはニヤリと口を歪めた。
…冷たい。
夏でよかった。そのうち乾くだろう。
青々と茂る葉の間に、熟し始めた実がいくつも顔を覗かせている。
「ここだ。」
「うわあ…いっぱい実ってるね」
ピンク色の果実が木にたくさん並んでいる。
今が収穫どきなのかもしれない。
家からは遠いからたくさん取っておこう。
気がついたら籠の中身はパンパンだった。
探索がてら、行きと違う道で帰ることにした。
…結局アロエは見つからなかった。
諦めてトボトボ帰ってると、視線の端に多肉植物が見えたような気がした。
リベルは走った。籠がゆさゆさと揺れている。
溢れないように籠を抱え、茂みを分ける。
「……あった〜!」
その場所は色々な多肉植物が生えていた。
もう隙間がなくなっている籠に葉を切ってぎゅうぎゅうに詰め込む。
できる限り持ち帰りたい。
家で育てられたら、楽だけど、
「……さすがに子株はないか」
今度ダンさんのところで買おう。
入りきらなかったアロエを手に持ち、家に向かった。
縁側に座って、まずはカレンデュラの乾燥をする。
前から少し考えていたことを、してみようと思う。
リベルは魔力こそ人並み以下だが、少ないからこそ、コントロール力には自信がある。
カレンデュラに向かって、杖を振った。
花が風を受けて揺れている。
手をかざすと、緩やかな温風がでていた。
「……できた!!!」
シルが驚いた顔でこちらを見ている。
「…人間にしては珍しいな。…威力はカスだが」
小声でシルが呟いてたのも、興奮で聞こえていなかった。
ある程度乾燥させたら、念のため一日置いておく。
「少し時間を短縮できたかな。」
明日抽出しよう。
アロエの入った籠を引き寄せる。
葉を切って、ジェルを体に塗っていく。
「何をしている」
「日焼けの鎮静だよ」
「…?」
シルは首を傾けている。
…毛で覆われてるから日焼けなんて気にしないよね。
そういえば、支給品にキュルが入ってたな。
リベルはキュルを取りに行く。
包丁で切って、また縁側に戻った。
寝転びながら、顔にキュルを乗せていく。
昔、流行ったよね。
確かにひんやりして気持ちいい。
…効果はあるかわからないけど。
目を閉じて、顔が冷えていくのを感じる。
「……美容なんて、忘れてたな」
ここ最近の日々を思い出していた。
突然、顔を舐められる感触に目を開ける。
「……何してるの」
「遊びに使うのは勿体無いだろう」
「…遊んでないよ…」
リベルは手で顔を覆った。
…キュルをすべて食べられた…。
ベッドの上でごろごろ寝返りを打つ。
明日は学校が休みだ。
ハンナさんとじいさんにお礼できてない。
またお礼をしに行かないと。
リベルは目を閉じて眠りに入った。




