第36話 旧都バルード
私たちは、皇帝の言う「封印の間」とやらに向かうことにした。
ロウが蘭さんと何やら関係がありそうだったからだ。待っているだけだとまた何をされるかわからない。だから今は何でもいいからロウに繋がるヒントが欲しかった。
それは「バルード」というこの国と同じ名前を冠した、旧都にあるらしい。
帝国側としてもその謎が解明されるなら願ったり叶ったりということで、すぐに皇帝・皇太子も含めた隊を組み、向かうこととなった。
道中、ロウの言っていたことについて考える。
ロウは、蘭さんの名前に反応した。
オランではなく、「蘭」という名に。
この国では蘭さんの本当の名前は失われている。
私みたいに蘭さんと会ったことがある? でも神様、少なくとも私が他の御使と会うことすら前代未聞と言っていた。魔族が神の御使と会うことがあるのだろうか?
「魔族って、なんなのかしら」
道中の馬車。そんな疑問が口をつく。
「詳しくは……。はるか昔に現れた悪者というくらいしか。そして天使がそれを退治した。子供の寓話、伝説の類ですわ」
クラウディアが答える。
「御使の聖女よりもずいぶん不確かね」
「御使の聖女様も伝説ですが、その奇跡は大小具体的に語り継がれていますから。それこそ、バルード帝国のように信奉している国もあります」
「少なくとも我が王国でその存在を疑うものは少ないだろう。今まさにここにいる、というのは驚く者が多いだろうけどな。ただ、魔族となるとなあ」
私自身がこんなヘンテコジョブキャラにさせられてるのだし、蘭さんもいる。過去の御使の聖女たちも全てではないにしろ、実在したのだろう。
帝国の国境の街の原理主義みたいな人たちも、存在は疑っていなかった。ただ本物か偽物かという論理だった。
御使の聖女が、神にスキルを与えられた転移者とか転生者だっていうのはどこまで知られているのだろう? まあ、そうじゃない御使の聖女がいた可能性も否定できないけど。
そして、天使がもと御使の聖女というのは、たぶんこの世界で私しか知らないような話だろう。蘭さんと神様が言ってたのだから嘘ではないだろうけど。
「んー、わっかんないわね」
だからこそ、魔族がなんなのかわからない。
御使の聖女が神の御使、つまり天使になるとして、そのダークサイドみたいなものがあるのだろうか? スキルを与える魔王とか、魔神とか?
蘭さんを忌々しい女とも言っていた。天使と魔族が敵対してるってのはありそうな話だけど……そういうのじゃなくて、個人的に因縁がありそうだった。
蘭さんが生きてる時に会っていた? ……ロウが二百年以上生きているならあり得るのか。魔族の寿命は知らないけど。
「バルード帝国にはロウみたいな魔族の話は残ってないの? オラン様と敵対していた、とか」
ウォーレンさんに聞いてみるが、首を横に振る。
「そんな話は残っていないな。オラン様とジロウ様が戦ったのは偽帝とその一味、それとその後に平定した近隣国くらいだ」
「偽帝って、結局何者だったのよ」
「それが、わからんのだ。バルードの開国の祖の一族を滅ぼし国を簒奪したのだが、他国の侵略というわけでもないようでな」
「ふーん……」
クーデターってこと? 蘭さんもいたのにそんなことよくやれたわね。
まあでも、結局蘭さんにやられたのか。
そんなことを考えているうちに、私たちは旧都バルードに到着した。
《帝国Side》
蘭は、グランバークの片隅の田舎町で、ただひっそりと暮らしていた。
しかし親子揃って黒目黒髪であり、その容貌は目立つ。
訳ありの異邦人として知られるまでに時間はかからなかった。
「オラン様……! お探ししましたぞ。お久しぶりでございます」
だから、その時が来るのは時間の問題であった。
軒先に現れた男は、蘭の前で跪いて涙を流す。
ここに来て三年。ついに、喜介の手の者に見つかってしまった。
しかし、蘭にとって幸いなことに、たどり着いた者は親交の深かった馴染みの者であり、喜介と太郎の治世を嘆く者であった。
「どうか、どうかお助けください。このままではバルードはもちませぬ」
聞けば、喜介は誰も信用しないようになってしまったらしい。
太郎はそんな喜介を偉大な父と信じ込んでいるということ。
拷問や処刑が頻発し、密告が横行する暗い時代になってしまったと嘆かれる。
――私のせいだ。
夫や子のやり方についていけないからと、逃げ出してしまったことへの後悔。
蘭は自責の念に駆られ、やがて、バルードへ戻る決心をした。
帝都・バルードへ戻り、現政権《喜介と太郎》を倒す。
これは自らの為すべきことであると、固く心に誓った。
そのために、蘭は正体を明かし、グランバーク王へ助力を嘆願した。
大国グランバークにとっても、近年のバルードの勢いは無視できないものであった。だから、敵の戦力を削げ、成功すれば貸しを作れるこの申し出、あわよくば傀儡政権にできるだろう申し出に、全面的に協力することとした。
グランバークは軍をもって陽動し、敵主力を動かした上で、精鋭五名と蘭、次郎の七名のみを別方面からバルードへ向かわせた。
彼女らの見たバルードは、荒れ果て、人は疲弊し、酷い有様だった。
蘭を知る者は助けを求めて縋りつき、知らぬ者はその日の飯にありつかんと襲いかかり、返り討ちにあった。
すでに御使の聖女として長い研鑽を積んでいた蘭の圧倒的な実力の前には、少々の盗賊や警備兵など問題ではなく、ついに彼女らは喜介と太郎の元へ辿り着く。
「喜介様、太郎。お前様方は間違ってしまいました。私が責任を取ります。……ライトアロー」
蘭の手に生まれたその光は、『長さ』の力で変質し、やがて一本の光の薙刀を形作る。
十尺はあろうかというそれは、触れたもの全てを紙のように撫で斬るという恐怖の刃であった。剣で受ければ剣が、盾で受ければ盾が切り裂かれる。
その威力を知る喜介と太郎は、逃げる以外に道がなかった。
「お蘭! 裏切るというのか! 下剋上こそ武士の誉れ。もののふが力で成り上がって何が悪い!」
「母上、父上の偉大なる功績は誇るべきこと。なぜ我らに刃を向けるか!」
喜介と太郎は、光の刃に追い立てられ、バルードの都の外れにある断崖の縁に追い詰められていた。
夜闇の中、松明と光の刃の明かりでそこだけが明るい。
「喜介様。貴方は強き者が弱き者を虐げるのは道理であると、そうおっしゃいました」
「道理であろう、この戦国の世においては! それこそが下剋上! 俺がこの世界の大権現様になってやろうではないか!」
「では、私が貴方を殺すのは、道理に沿っていると。そうおっしゃるのですね」
蘭は、強かった。
誰よりも、何よりも。
ただ、強さに飲まれない強さを持っていただけであった。
「ぐっ……」
「……そんなもの、道理であるわけがありません。貴方は、間違えたのです。そして、私も」
「王であり、亭主である俺を斬ると言うのか! お前のために! 家族のために! ただ上を目指した俺を!」
「そうです母上! 我らが力を合わせればまさに無敵ではありませんか! この世に新たな秩序をもたらしましょうぞ!」
蘭の目に、涙が浮かぶ。
それは、後悔と、哀れみの涙だった。
「……憎しみと、悲しみの上に立ち、それで何が王か。喜介様、お前様の努力を、熱意を知っていたから止められませんでした。太郎、まっすぐに喜介様を追う貴方を、ただ逞しく育っていると思っていました。ですが、それが全ての間違いでした」
蘭は、薙刀を構え、前へ踏み出す。
「喜介様、太郎」
無造作に振られたそれを、喜介は反射的に刀で止めようとしてしまう。
「……愛して、おりました」
「ぐあああああ!!!」
刀ごと深く切り裂かれた喜介は、血を撒き散らしながらそのまま崖下へと落ちてゆく。
太郎は蘭の返す刃から逃げようと身体を捻るものの、崖では満足に身動きは取れない。
「ぐぁっ!! 母上ええええええ!!!」
太郎も刃に当てられ、暗い崖下へと転落して行く。
助かるような高さではなかった。
「皆様、ありがとうございました。御恩は必ずお返しします。次郎、私たちで国を建て直しますよ」
蘭は、涙を見られぬように振り向かず、崖下の闇へ向け、そう呟いたのだった。




