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第35話 皇帝アルバート

 その後の記憶は曖昧だった。


 私は、皆が忙しなく動き回る中で、ただ、立ち尽くしていた。


 やがて私のヒールを受けた皆は、副作用で立っていられなくなった。

 しかし、私はそれでも立ち尽くしていた。

 今座っては、もう立てなくなると思ったからだ。


 だから、いつ夜が更け、いつ眠って、いつ起きたのか。それすらも覚えていなかった。

 だけどいつの間にか横になってしまっていたようだ。

 誰が運んでくれたのか、ベッドにきちんと横になっていた。


 どんな夜であっても、朝が来てしまう。

 朝が来たなら、起きなければならない。


 ……起きなければ。


 ああ、起きるって、どうやるんだっけ。

 考えなければならないことだらけだけど、考えることができないから、ぼーっとしていた。


 その時、人の気配がした。

 ……別にどうでもいいや。


「ほんとにやるんです?」


「ああ。このままじゃ埒が明かないしな。ユウリ、少しだけ、すまんな」


 リリアと、ユーリくんの声。


「……黒き炎よ」


 私の意識は、遠のいていった。

 今の私には、それが心地よかった。


   *


「……はっ」


 気がついたら、私は黒い服を着て、夕暮れの墓地にいた。

 あれからどれくらい経ったのだろう。


「目、覚めました? ユウリお姉様」


「……ええ。迷惑かけたわね」


 リリアも、黒い服。まわりを見ると、みんな、黒い服。

 リリアの手から消えていく黒い炎のかけらを見て、察した。


 起きない私を操って、強制的に葬儀に参列させたのだろう。

 合理的なのはわかるけど、いま、ロウの魔法を使われたというのもまた気分が悪い。


「おう、御神体。まあまあ大変だったみてえだな」


 テオドールが来る。

 御神体? テオドールが教祖なら、私はそうなる、のかな?


「大変。……そうね」


 そういう表現で済ませて良いのか、わからなかった。


「ま、人は死ぬんだわ。人の命なんてそう重いもんじゃない。気にしすぎんなよ」


 私はどんな目でこの軽薄な男を睨んでいただろうか。


「違う!!! そんなわけないでしょうが!!!」


 テオドールの胸ぐらを掴んで怒鳴りつける。


「お、おう。まあ落ち着けよ」


「ユウリ様」


 ウォーレンさんが来る。


「一夜の付き合いしかなかった我が妻や使用人をそれほど想ってくれて、感謝する。しかしテオドール殿下の言うことも一理あるだろう。全ては、背負えんのだ」


 なんであなたが、ウォーレンさんが私にそんな優しいことを言えるの?

 私がいなければ、エカチェリーナさんは死ななくて済んだのに。


 みんな、どうかしてる。


 あんな人の良さそうな、突然の来客をあんなにもてなしてくれた、エカチェリーナさんが。

 そして、その家でたまたま働いていた人たちが。

 殺される理由なんてなかった。ただ、私がいて、そこにロウが来たからだ。


「ユウリ。お前は平和な世界から来たと言っていたな。だからかもしれないが――」


 ユーリくんが困ったような顔をする。


「街から街へ移動するだけで、魔物もいれば盗賊もいる。戦争も頻繁にある。そんな中で我々は生きているのだ」


 クラウディアが続ける。


「誰も死にたくはないし、必死に生きています。ですが、明日をも知れぬ中で、死を恐れて何もしないわけにはいかない。悲しいし、悔しいです。でも、それだけではいられない」


「だから、クヨクヨしてないで前を向けって? ……わかってるわよ。わかっては、いるの」


 日々の生活……病気や出産だって、きっとリスクは相当高いのだろう。

 私の常識と全然異なる世界なのはわかっている。

 みんながおかしいんじゃない。私がおかしいんだ。

 だからって、割り切れと言われて、割り切れるものじゃない。


「……いいわ。この話はもうやめましょう。背負うなんて言うのはおこがましいけど、私は忘れることなんてできないもの」


「なんだ、御使の聖女というものは随分と弱いものなのだな」


 声の方を見ると、見知らぬおじさん。ウォーレンさんよりいくらか歳上か。

 鋭い目つきが印象的。


「アルバート・フォン・ジロウだ。息子が世話になっているようだな。我が国としては喜ばしい。今後とも助力を頼みたい」


 握手のための手を差し伸ばしてくる。

 ジロウ。息子って、テオドールか。

 つまり、皇帝。この人が。


「……大野悠里です。握手はしますが、何の約束もしませんよ。今は」


 そう言ってその手を取る。


「なに、我が国は御使の聖女と共にある。ただそれだけだ」


 だから友好な関係であって当然。そう言いたいのだろう。

 ……私の意向など関係なしに。ナチュラルな上から目線。

 テオドールの傲慢さは、この親にして〜、という感じか。


「それなら、その「共にある」この国の神殿で枢機卿なんて役職についているロウが実は魔族で、御使の聖女の命を狙ってるってのはどう落とし前をつけるつもりなんですかね」


「魔族が出たというのは聞いた。そして我が配下ウォーレンの家で起きた悲劇もな。だが、その魔族が我が国の枢機卿の一人であるという証拠はあるのか」


「……私ね、今すごく機嫌が悪いの。ケンカ売るなら今じゃない方がいいわよ」


 握っている手を振り払う。


「ユウリお姉様」


 リリアが私の手を取り、首を横に振る。


「機嫌ごときで諍う相手を見誤るなよ? 魔族は帝国も総力を挙げて殲滅にあたる。当然だろう?」


 だから、国内にそんなモノを跋扈させていた責任は見逃せって?

 ずいぶん都合の良い物言いね。

 本当にこの国、ぶっ壊して乗っ取ったろうかな?


「……ふん」


 リリアの言いたいこともわかる。今じゃない。

 だからそれを口で言うのはやめた。


「繊細なお嬢ちゃんだ」


 皇帝が肩をすくめてテオドールへ向けて苦笑いする。


「御神体は強えぞ。親父、偽帝みたいにされんぞ」


「そいつは怖い。まあ、オラン様ほどの力があればの話だな」


「ギテイ?」


 義理の弟かと思ったけれど、ちょっと違いそう。


「なんだ、王国の奴らは我が偉大なる帝国の中興の物語さえ伝えていないのか」


「そんな作り話、伝える義理もない」


 ユーリくんが憮然として答える。


「それはだな……」


 代わりにウォーレンさんが語ってくれる。


 曰く――この国がまだ小さな国だった頃、名も残らぬ偽の皇帝、偽帝と呼ばれる賊が国の簒奪を企んだ。殺戮を重ね、遂に一度は国を盗った。

 しかしいっときの雌伏の時を過ごしたオラン様の奇跡と、そのご令息であるウエスギ・ジロウ様の手で賊は一掃され、現在の皇帝につながる初代としてウエスギ様が君臨。その類稀なる治世により国は発展し、強大となった。

 これが、バルード帝国の大いなる発展の始まりであり、御使の聖女様の子孫が治める国であって、今でもその寵愛を受けているという証拠であるという話だった。


 それが本当なら、蘭さんもなんか色々苦労したのね。


「テオドールにも言ったけど、それならアルバート・フォン・ウエスギと名乗るべきだったわね。間違えてるわよ、苗字と名前」


 売り言葉に買い言葉みたいなもので、皮肉な笑いを漏らしてしまう。

 蘭さんが上杉蘭で、その息子の上杉次郎さんなら、本人たちは上杉が姓であるなんて知ってたんじゃないの?

 だから、この二人が本物の蘭さんの子孫だってイマイチ信じられない。


「気分は悪いけど、おかげでなんか目が覚めた気分だわ。いきましょ、みんな。亡くなった方々のお墓を教えて。私、まだ手を合わせていないから」


「目の前のそれらだぞ? 見ればわかるだろ」


 私の思った「みんな」ではなく、テオドールが答える。


「……私、ここの文字読めないのよ」


「ほう?」


 皇帝が興味深そうに反応する。


「言っとくけど、学がないわけじゃないからね。この世界の文字が読めないだけよ。あなたたちの崇めるオラン様の故郷と同じ国から来たから」


 この人に何かを言われると馬鹿にされたような気がしてしまい、ついいらない反論をしてしまう。


「いや、そういう意味ではない。お前なら開けるのかもしれんと思っただけだ。オラン様の残した封印の間が、な」


 封印の間……? またファンタジーっぽいの出てきたな?

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