第34話 決戦の後
ブランくんも私のヒールを受けていたのだった。
幼いとはいえユーリくんに一撃を入れる腕前。ブランくんを戦力とみなしていなかったロウは、完全に虚を突かれたのだろう。
「く……まさか人間ごときがこれほどやるとはな。どうなってやがんだ」
「さあ、観念しなさい!」
「今日は見逃してやろう。そのガキに感謝するんだな」
「逃すわけないでしょ! リフレクト!」
「おっと」
私がロウを捕まえようとリフレクトをするも、素早くリフレクトが出来ようとする場所から逃げていく。翼が欠けてもまだこんなに素早く動けるのか!
「この!」
私はフレア砲を撃つ。しかし、単発の射撃ではあっさりかわされてしまう。
当たった壁に大きな穴が開く。
……しまった!
「リフレク……」
穴を塞ごうとするより早く、ロウはそこから外に逃げていく。
「せいぜい、死ぬまでにお前らの罪を噛み締めておけ!」
そのまま、ロウは夜空へと消えていった。
「……くそっ! 取り逃したか!」
ユーリくんが空を見やる。
「ごめん、私が穴を開けてしまったせいで……」
「ユウリがいなければ私たちは皆死んでいました。気にすることはありません」
クラウディアが声をかけてくれる。
だけど、だけど……そもそも……!
「エカチェリーナ……おお……」
ウォーレンさんが、エカチェリーナさんの傍にその大きな体を沈めている。
「お母様……お母様……!」
ブランくんもその体に折り重なるように、泣きじゃくっている。
――私が。
その光景が。
すすり泣く声が。
非現実的なこの光景が現実であると、否応なしに私の心に知らしめてくる。
――私が、ウォーレンさんの家に泊まるなんて言わなければ……!
「う……うああああああああああああ!!!!!」
目から涙が溢れる。
止まらない。
とめどなく、流れ落ちる。
この世界に来て、危ない目にも遭ってきた。
死んだとか、帰れないとか、いろんな事を笑い飛ばしてきた。
だけど。
だけれど。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい……!」
それしか、口から出てこなかった。
ずぶとく、折れず、強く生きてきたけれど。
それでも、こんなのって。
神様、何か私が悪いことをしたの? エカチェリーナさん、関係ないじゃない!
後悔しても良いなんて……良いわけないじゃない!!
「ユウリ、お前のせいではない」
ユーリくんが肩に優しく手を置いてくれる。
そんな事を言われたって。
他に選択肢がいくらでもあった。
そうだ。城壁であんなに目立つことをしたんだ。マークされていると、もっと警戒すべきだったのだ。
私が浅はかだったばっかりに。
「立つのだ」
ウォーレンさんがいつの間にか側に来て、私の腕を引き、強引に立たせる。
「……!」
その顔を見れない。
私のせいで、愛する人を失った人に、合わせる顔なんてない。
「立て。戦場ですべきは泣く事ではない。生き延びた者の責務がある」
戦場。
こんな平和なお家を、戦場にしてしまったというのに。
「優しき者には堪えるだろう。だが、これだけは言わせてほしい。ブランを救ってくれて、ありがとう」
はっ、と、思わずウォーレンさんの顔を見てしまう。
まさか、お礼を言われるとは思ってもみなかったからだ。
目を真っ赤にしながらも、いつもの真顔のウォーレンさん。
私なんかより、はるかに辛いはずなのに。
「……」
口を開けば嗚咽が漏れる。
だから、私は歯を食いしばったまま、立ち上がった。
「それで良い。それで良いのだ」
ウォーレンさんの言葉に、私はただ、止めきれない涙を流していた。
《帝国Side》
喜介と蘭は、言葉がわかるようになったことを契機に、順調にこの世界での暮らしに馴染んでいった。
蘭はその奇跡の力で国を豊かにし、喜介は持ち前の武芸と兵法で小国のバルードを連戦連勝に導いていった。
やがて、二人は結ばれた。当然の流れであった。
「太郎、こっちですよ」
男の子が、蘭の後ろを走り回っている。
腕の中には、さらに幼い男児を抱く。
上杉蘭となり、子宝にも恵まれ。望郷の念はあるものの、衣食住に困らぬ暮らし。日々の幸せを噛み締めていた。
今日の夕餉は何にしましょう。
そんなことを考えながら街を歩く。
街を歩けばオラン様と声をかけられる。
蘭で良いですと初めは断っていたが、定着してしまった。まあ構わないかと今では受け入れている。
「オラン様、麦の生育がまた思わしくなく……」
「あら、それはお困りですね」
そんな声をかけられては、畑に出向く。
「伸びよ!」
その声と共に手から溢れる粒状の光。
畑にそれが振りまかれる。
一見、それほどの変わりはないが、よく見るとしなだれかけていた育ちかけの麦が真っ直ぐ元気になっている。
「これで、良い穂をつけてくれるでしょう」
「ありがとうございます! 収穫されたら、このご恩は必ず……!」
「良いのですよ、大したことはしておりませんから」
「御使の聖女様、なんと寛大な……」
蘭の『長さ』の力はさまざまな使い方ができた。稲穂を長くする。魔法を長くする。そして――寿命を長くする。
いや、最後の内容は確かとは言い難かった。ただ、瀕死のおじいさんを癒したら、そこから三年生きながらえたというだけだ。
しかし、蘭が『長さ』の聖女だということは世に知られている。その噂を権力者が聞きつけぬはずがなかった。
「儂は長くない。どうか其方の力を借りたい」
時のバルード王にもそのようなことを言われ、癒しを施している。その効果が定かであるかなど、誰にもわからないのに。
*
しかして、その時は来た。
バルード王が崩御。国は後継者争いに揺れた。
太郎が十三、次郎が九つの時分であった。
寵姫の息子である長男と、正妃の息子である次男。
骨肉の争いは、国を割らんとする諍いとなった。
喜介も、蘭も、外様である自覚はあった。
だから、関わらずにおこう――そう思っていた。
しかし世はそれを許さなかった。
きっかけは長男派のちょっとした難癖であった。
曰く、前王の崩御は御使の聖女が手を抜いたからだ――根も葉もない噂だった。
しかし、次男派は噂を「使った」。
その聖女と、その夫とより親しいのは誰かと。
実際は、喜介も蘭もいずれとも親しくなどなかった。
彼らが親しくしていたのは、もっと下の、王宮で働くものたちや、街の者たちであった。
「降りかかる火の粉は払わねばならぬ」
喜介のその言葉は、本心であった。
しかしその裏に、大和のもののふとしての矜持があった。
そして、もののふとして生まれた以上は夢と見る、戦乱の世での下剋上――太平の世に生まれた喜介にとっては見果てぬ夢であったはずのそれが、この世界では目の前に「在って」しまった。
鬼神の如きその切先は、国盗りの刃となるには充分すぎる鋭さを持っていた。
「喜介様! おやめください!」
蘭の言葉はすでに虚しく響くのみであった。
長男派、次男派。そんなものは既に意味をなしていなかった。
喜介と、その息子である太郎の二人は、蘭の意志など構わずに御使の聖女の旗印を掲げた。
単に最大に自らを利するためだった。
そして、実際にその旗は強力であった。
瞬く間に国は二人の物となり、バルードは、帝国と名を変えた。
「喜介様……」
しかし、蘭にとっては、良くしてくれた者の多くがこの世を去るという結末は、耐え難いものであった。
その屍の上にふんぞりかえる喜介と太郎。それらと共に歩むということをついに許せず、蘭は次男、次郎と共に国を出奔した。
密かに、隣国、グランバークへと渡ったのであった。




