第32話 惨劇の夜
『なんじゃお前さん、こんなとこに来とる場合か?』
「え? ああ、神様。久しぶりじゃない」
気がついたら、またあの白い空間。
今日は一人のようだ。
『何度も気軽に来とるが、普通は二度も来られんのじゃがなあ。まさに極太の縁を持っておるのう』
「蘭さんは?」
『蘭ならちょっと使いに出した。少し出遅れたから遅くなるかもじゃが』
「はあ。神の御使をお使いに」
ダジャレ好きだなあこの神様。
『ダジャレ言うな』
「心、読めるんでしたっけね。さっき明らかに薬で眠らされたのよねー。まずい気がするわ」
『やれることをやるしかないじゃろ。それが人の身であるお前の為すべきことであり、限界じゃ。それ以上はワシの領域じゃわい』
得意げに髭を撫でる神様。
「何したらいいのかなんて、いっつもわかんないわよ。思いつきで宗教立ち上げちゃったし」
『それも善かろうし、あるいは悪かろう。そんなもんじゃ。後で後悔しても良い。ただ、それに飲み込まれなければのう』
「そんなもんですかね」
神様は何やら遠くを見るような目。何かに想いを馳せているような。
なんかいつもとちょっとノリが違う神様。
『まあ、また来なさい。アスタ・プロント』
それもうスペイン語なのかなんなのかわからんがな――と思ったそのとき、私は悲痛な叫び声で目を覚ました。
「エカチェリーナ!!」
ウォーレンさんの声。
あたりには使用人さんたちが血を流して倒れている。
私は、楽しげなディナーからの落差に、一瞬何が起きているか理解できなかった。
「あ……なた……ぐぶっ!」
声に顔を上げる。
空中に、黒装束を纏い、目元以外を隠した男。
片腕でエカチェリーナさんを掴み上げ、もう片腕が――エカチェリーナさんの背中から胸を貫通し、飛び出していた。
鮮血が、舞う。
ロウ――
「エカチェリーナー!!!! 貴様ァ!!! 殺してやる!!!」
ウォーレンさんの絶叫。
しかし、私たちは手足を鎖で繋がれていて、動けなくされていた。
他に、ユーリくん、クラウディア、リリア、ランスくん。
エカチェリーナさんは、二度ほど大きく痙攣して、動かなくなる。
「くっ、ヒール!」
私は咄嗟にヒールを唱える。しかし、手の先から魔力が放出されることはなかった。
「リフレクト! くそっ、どうなってんのよ!」
「目覚めたか、本物。無駄だ。人の世界には無い強さの魔力封じだ。順に殺してやるから大人しく待っていろ」
「ロウ! てめえ! 何してやがんだ!! ちょっとツラ貸せや! タイマンでやったろうじゃねえか!! おい!! チキンがよ!!」
リリアが吠える。
「うるさい」
ロウは、エカチェリーナさんを投げ捨て地面に降り、リリアの頭を横から蹴り飛ばす。
軽い一撃に見えたが、リリアは鼻から血を流して気絶。
「リリア!」
なにこいつ、ガチやばい。
「あんたね、眠り薬なんて姑息なマネしちゃって、それでも魔族なの!」
なんとか気を逸らそうと、よくわからないことを言う私。
「……あとは、このガキか」
まるっきり無視して、まだ寝ているブランくんに近づいていく。
鎖で縛ってない人から順に手にかけていくつもりか!
「こら!! その子は関係ないでしょうが!! ……この!! このっ!! ぐぎぎぎぎ!!」
鎖を引きちぎろうと頑張ってみたけれど、見た目からして鉄の鎖。そんな簡単にはいかなかった。力一杯引っ張って鎖が食い込み、私の手首から血が流れ落ちる。
「滑稽だな。その鎖に巻かれて魔力を出せるやつなどいない。大人しくしてろ」
「ぐっ……そもそも! なんでお前はこんなことするの! 魔族だったら人間のことなんて関係ないでしょ!」
ピクっ、と、私の言葉に反応するロウ。
「関係ねえ、だと?」
そこ? そこ、深掘り可能?
時間を稼いでどうにかなるかわからないけど、とにかく話を続ける。
「……何か事情がありそうね。御使の聖女……私に恨みがあるってことはないわよね。聖女そのものか、そう、蘭さんがらみね!」
当てずっぽうである。ロウは初め、リリアを使って王国の転覆みたいなことをしようとしていた。そしてその次は御使の聖女を狙った。だから蘭さんとカマをかけた。かすりでもすれば良いと思ってのことだ。
「……蘭、その名で呼ぶのか、お前は」
オラン呼びじゃないところに引っかかっている? ……よし。
「ふ……ふっふっふ、何を隠そう、私、会ったもんね! 蘭さんに!」
「なんだと? ……あの忌まわしき女、まだ生きているだと……?」
あっ、逆効果?
「そもそも! あんた王国で何しようとしてたのよ! 王国と蘭さん関係ないでしょ!」
「う……うう……ヒール……」
リリアが意識を取り戻し、自分にヒールをかける。
「ハァ、所詮その程度か。何か知っているのかと思ったが、期待外れだったか」
ロウが私から興味を失う。
まずい。
……ん? ヒール?
リリアを見る。全身がちゃんと光に包まれている!
これは? もしかして、外には魔力出せないけど中には出せるやつ!?
「……ヒール」
ぼそっ、と呟き、自分にヒール。内側からと意識して、手首と足首のケガに向ける。
「ふん」
ロウはそんな私たちを取るに足らないと思ったのか、まだ目が覚めていないブランくんに向かう。
「う……あ……」
よほどの力なのか、呻き声をあげるブランくん。
「やめろ!! 息子に手を出すな!! やるならまず私からやれー!!!」
ウォーレンさんが叫ぶ。
「どうせすぐに殺してやる」
ロウが、ブランくんの頭を無造作に掴んだ――その時。
バキン!
「聖女パアアアアアーーーンチ!!!」
「なにっ!? グオッ!!」
鎖を引きちぎり、すごい速度で飛び出した私のパンチが、ロウにクリーンヒットしたのだった!
自分にヒール使えるならこっちのもんよ!!
覚悟しなさいこのトンチキ魔族!!!
絶対に、許さないわよ!!!




