第21話 ユリ様の奇跡
「ロウ、枢機卿……」
そう呟いたのは、馬車から降りてきたリリアだ。
その名がまさか神殿のトップクラスの名前として出てくるとは思わなかったのか、自ら声を発していた。
「おお……ユリ様がお話になった……」
なんていう声が兵士から聞こえてくる。
しかし、リリアはどこ吹く風で喋り続ける。
「その者は、おかしくなった。そう言っていたな。いつからか?」
お。そんなに喋って大丈夫?
「御使の聖女、ユリ様。直接言葉を交わす機会をいただきありがとうございます。一昨日には、誠実とは言い難いまでもこんな様子ではありませんでした。今さっき、陣に来たときには既に……」
ウォーレンさんが片膝をついてリリアに敬意を示す。
信仰の対象だってのは本当なんだなあ。
「そうか」
リリアは超偉そうにそう言うと、倒れた大司教に近寄る。
「ヒール」
何も言わず、瀕死の大司教の治療を始めた。
兵士たちから、「おお……御使の聖女様の奇跡……」とか「まさに神の慈悲……」といった声が聞こえてくる。
あのー、これ、雰囲気だけで、ただのヒールだからね?
「クラウディア、一応警戒」
「はい」
復活した大司教がいきなり暴れ出しても抑えられるように、クラウディアに声をかけておく。
しかし、ある程度治ったところでヒールをやめるリリア。
なに、なにをしたいの。
「これより、その枢機卿が私を襲ったロウであるか、試す。見ておれ」
ああ、リリア、超偉そうなのは昼間に私の作ってたユリ様キャラを真似してくれてんのね? さすが演技派。少なくとも冷静ではあるようだ。
「黒き炎よ」
黒い光がリリアの両手に生まれ、大司教を包む。
あれは……転生直後、ユーリくんに乗り移った私にかけた魔法? 女の姿になったときの?
「この者の所業が魔の者に操られてのことであれば、これで正常に戻る。戻らねば、また別の理由じゃ」
そう言って、大司教を包んだ黒い光を引っ張るような動作で引き剥がすリリア。
そして、光は虚空へと消えてゆく。
そんなこともできるのね?
「う……あ……」
ほどなくして、大司教が目覚める。
「こ、ここは……私は……」
む?
「誰だお前は……? 私を帝国正教の大司教と知っての狼藉か?」
見下ろすリリアを睨みつける。しかしまだ体の自由が効かないのか、起き上がりはしない。
「ここは陣のすぐそば、国境の平原だ。貴様、何も覚えていないのか?」
「お、おお、これはウォーレン大将。国境とな? 私はロウ枢機卿にお目通りを頂き……はて?」
話しぶりからも、見た目からも、先ほどまでの狂気は見られない。
これはリリア、大正解か。
「ロウが使う傀儡の魔術を解除した。この黒き炎が効いたということは、この者を操っていた者は『魔族』であるということ」
「魔族……!? 伝説の……」
ウォーレンさんが戦慄する。
目しか見えないのに、リリアがものすごいドヤ顔してるのがわかる。
あー、前に王様操って戻したことあったんだっけ?
リリアはロウから人を操る魔法を教わった。当然、解除方法も知っている。この「おかしくなった」のがあのロウの魔法のせいなら、それで解除できると踏んで試してみたのだろう。
解除できれば、襲ってきたロウ、イコール枢機卿のロウ、となるわけだ。
もちろんなんでそんな魔法知ってるのかなんかは、触れない。
怪我の功名っていうか、転んでもタダでは起きないっていうか。
やるじゃん。
「聞け、皆の者! 剣を向ける先は王国でも、帝国でもない!」
右手で錫杖を掲げ、左手で外套をばさっ、とするリリア。
「敵は魔族! 枢機卿を騙る、背に黒き羽の生えた魔族、ロウである!」
ババーン、という効果音が聞こえてきそうな決めポーズをするリリア。
まあでも、実際黒い羽見てるしね。嘘じゃない。
「御使の聖女様……!」
「これが……御神託である!」
「まさに奇跡……!」
「許すまじ、ロウ!」
兵士たち、洗脳完了されてる。
……まったく、リリアも気持ちよさそうにしちゃって。
しかしこの機を逃すわけにはいかない。
「おお、御使の聖女ユリ様の命を、一度ならず二度までも狙った魔族、ロウ! 奴こそが人類共通の敵なり!」
私も乗っかる。
ほら、ユーリくん! 今! 今!
目線で合図する。
「あ、ああ! その通りだ! ウォーレン侯爵よ、今こそ王国と帝国が手を取り合い、魔族討伐に向かうときではないか!」
「む……? あ、ああ。そう、なのかもしれんな……?」
ウォーレンさん、流されかけてる。もうちょい! あとひと押し!
そんなウォーレンさんに、リリアが近づく。
「ウォーレン侯爵よ」
「はっ」
またリリアに跪くウォーレンさん。リリアはその肩に錫杖の先を置く。まるで騎士に名誉を授ける王のように。
「人類の聖戦に、共に臨めることを嬉しく思う。そなたに神の祝福のあらんことを」
「は……はっ! 身に余る光栄でございます!」
――落ちた。
いやー、リリアにこの役任せてほんとよかった。とんでもない演技力だ。さすが。いよっ、御使の聖女ユリ様!
「……とはいえ、この一大事。我が身に余ります。一度、皇帝陛下のもとへお出向きいただけませんでしょうか」
うーん、この実直軍人おじさんめ。
「カティナ、仔細は任せる」
リリアは返答はせず、こちらを振り向き、馬車に向かって歩き出す。
「はい、ユリ様。かしこまりました」
こっから先は考えてないからよろしくってことね。
ボロ出す前にうまい引き方じゃない。あとで頭なでてあげよう。
「では、ウォーレン侯爵、ユーリ殿下。我々の方で今後の方針をまとめましょう」
*
結局、馬車は壊れて動かなかったので、みんなで歩いて街まで戻ってきた。
もう街までほど近かったので問題はなかった。
「かーっ! 勝利の美酒はうまいねえ! 見た? 見た? 私の迫真の演技!」
宿屋の部屋。
ただの果実水を手に、リリアが盛り上がっている。
はいはい、よくやったよあんたは。
「アドリブ嫌ってそうだったのに、よくやったわね」
「ロウという枢機卿に会ったらおかしくなった、まで聞けば思いつきますって。ま、ユウリお姉様にはまだちょっと早いかー! がっはっは!」
こいつ……調子に乗ると天井超えるタイプか。
「しかし、いいのか? リリア」
ユーリくんがいつもの通り平然としたまま口を挟む。
「なにがです?」
「このまま帝国の皇帝にも、御使の聖女ユリとして会いに行くことになっただろう? それはつまり、この先ずっと、帝国ではリリアが御使の聖女ってことになるんだぞ?」
「あ゛っ」
固まるリリア。
うーん、リリア、先の先までは考えてなかったかー。まだまだ甘いのう。
ちなみに、ウォーレンさんとは、お互いに軍を引くこととし、引き上げる部隊に守られながら……というか監視されながら? 帝都まで行くことになった。ランスくん入れて五人で。
実質的に、大司教とリリアのおかげで初日で交渉が終わってしまった。元々の目的であった停戦も一応成ったし、当初の目的としては大成功。
あとはロウ、魔族の件だ。
……個人的には、蘭さんの話もあるけど。
「さすがに……その前に真実をお話しすべきでは? もう魔力拘束されることもないでしょうし。リリアだってボロが出てからでは困るでしょう」
クラウディアも心配顔。
「私は別にどっちでもいいよ。リリアが御使の聖女やるのも面白そうじゃない」
「ユウリお姉様! ひどい!」
というか、私がこれ以上祭り上げられるのも嫌なのよね。
……っていっても、無理かぁ。王国では私が御使の聖女ってなってるから、共闘したらすーぐ矛盾がバレるだろうからねえ。
「ま、安心して。どっかでちゃんと正体バラすからさ」
せっかくだから、なんか面白いタイミングあったらいいなー。
さあ、明日から帝国だ!
待ってろ、皇帝!




