第20話 乱心
《帝国Side》
ウォーレン侯爵は、使者の一団を見送っていた。
交渉の場に現れたのは、新兵のような年齢の子供たちであった。
揃いも揃って若い。
王太子、公爵家一門、そして御使の聖女。肩書を聞けば相応ではあったが、国の命運を賭けた外交の場に出るには、老練さが足りぬ。そう思った。
グランバーク王国はこれほどまでに人材に困っているのかとすら感じた。
しかし、初日の交渉を終えた今、ウォーレン侯爵はその自らの考えは甘いものであったと痛感した。
「御使の聖女、か」
白い法衣に身を包み、顔を隠し、言葉さえ従者に届けさせる。謎多き少女、ユリ。
平然と要求を突きつけ、異様な魔術を見せ、我が嘘を看破した。
あの場にいた者で、あの少女を偽物と疑う者はもはやいないだろう。
ウォーレン侯爵がロウ枢機卿の名を思い浮かべたのは事実であった。
しかし、枢機卿が御使の聖女を襲うなどとは考えられず、そのためあの場では黙ってしまった。
――完全に見透かされた。初日の交渉は、我が方の負けだ。
「本物」……なのだろう。
ウォーレン侯爵の中に、絶望的な予感が浮かぶ。
この戦自体、勝ちようのないものになってしまった。本物なのであれば、それは神に刃を向けるのと同じ意味なのだから。
この大軍を前に、臆すどころか壊滅させようかと言った。
御使の聖女であれば、ただの妄言と言い切れない。
交渉という形で命を救われたのは、こちらなのかもしれない。
ウォーレン侯爵の脳裏には、そんな考えすら浮かんでくる始末だった。
「大将閣下、大司教様はこちらでお待ちです」
「……うむ」
緊急の報告があるというのは、一昨日会った近隣の大司教であった。
来客用のテントの一つに入る。
「殺せ」
大司教は、ウォーレン侯爵の顔を見るなり、そんなことを言い出した。
何やら、様子がおかしい。確かにあの大司教なのだが、一昨日とは雰囲気が違う。まるで別人……こんなにも人は急に様子が変わるものなのだろうか。
「殺せ。殺せ、殺せ殺せ殺せ! あの紛い物の悪魔を殺せ!! いますぐ殺せ!!!」
異様という他にない様相で暴言を撒き散らす大司教に、ウォーレン侯爵は顔をしかめる。
「……どうされたのだ」
「ロウ枢機卿の命、否、我らが神殿! 否! 神の命令である!! ウォーレン大将よ、必ず、あの悪魔を殺すのだ!!」
ウォーレン侯爵には、彼がなぜこうなってしまったのかはわからない。
ただ、「高位の神職である枢機卿が、御使の聖女を襲うなどということがあり得る」のだと、つい先ほど浮かんだ考えを改めざるを得なかった。
「彼女らは使者だ。いかなる戦においても使者は尊重されねばならぬ。一国の使者、それも御使の聖女を斬れなど、帝国に蛮族の汚名を着せようというのか」
「はな、は、話にならぬ!! こ、ころ、殺すのだ!! 悪魔を!!!」
怒りなのか、何なのか。興奮により呂律も回らぬ様子の大司教は、そう言い残してテントから駆け出していった。
「……まさかとは思うが」
あまりに突然のことにしばし面食らっていたウォーレン侯爵だが、万一を考え、その後を追った。
《ユウリSide》
「あー、つっかれたー!」
馬車の中で伸びをする私。
「お疲れ様でした、ユウリ。あなた、やっぱりすごいわ」
クラウディアが呆れ半分に褒めてくれる。
御者のランスくんとは空間が仕切られているタイプの馬車だから、この中なら普段通りに呼んでも問題ない。
「ああ、見事な交渉だったぞ。ロウの名を出した時は驚いたが」
「そうですよ、ユウリお姉様はなんであのおじさんがロウを知ってるって思ったんです?」
ユーリくんとリリアから問われる。
「あのおじさん、ロウの名前を出したら少しだけ表情変わったのよねー。いやー、全然確信なんかなかったけど、かまかけてみて正解だったわー」
それを聞いたクラウディアが、どん引きの表情を浮かべる。
「国の命運がかかるというときに、確信もなくあのようなことを言ったのですか……やはり『太さ』の聖女……」
ずぶといって言いたいんならストレートに言っていいのよ、クラウディア。
そんな話をしていると、街の門が見えてくる。本当に目と鼻の先に敵と味方がいる状態だ。
と、その時。
ドゴォーン!
すごい音と共に、馬車が傾いて止まる。
「な、なに!?」
「敵襲! 敵襲です!」
外から金属の擦れる音と共にランスくんの叫び声が聞こえてくる。
おそらく剣を抜いたのだろう。
「えっ、まさか帝国軍!?」
「僕らも出よう! おそらく狙いは御使の聖女。リリアはここに居てくれ」
「……わかりました」
前回、残っていて襲われた嫌な記憶が蘇ったのか、一瞬間を空けたが頷くリリア。
外に出ると、明らかに兵士とは様相の異なる男が立っていた。
着ているのは法衣だろうか。ただ、王宮の近くの神殿の人が着ていたものとはデザインがだいぶ異なっている。
なぜ神官が? 聖女を?
「殺す、殺せ、死ね! 死ねぇ!!」
何を言っているのかよくわからないけど、とにかく悪意があるのだけはよーく伝わってくる。
そんな神官の両手が光を帯びてゆく!
魔力! なんかまずそう!
「リフレクト! リフレクト! リフレクト! リフレクト!」
私は飛び出した三人とランスくん用のリフレクトを作り、攻撃に備える。
神官の光った両手から、おびただしい量の光の弾が発射される!
間一髪、私が生み出したコンニャクにぶつかり弾き飛ばされていく。
「なんだあれ! マシンガンかーい!」
「神官の高位魔術ですわ! あの男、相当な高位の神官です!」
「なんでそんな人がいきなり攻撃してくんのさ!」
「わからん! しかしこれは、身動きが取れんぞ!」
リフレクトの中にいる分には良いのだけれど、外に出られない。そのうち魔力切れするだろうけれど……。あっ、そうだ。
「リフレクト!」
今度は、敵の神官を包むようにリフレクトをかける。
神官は咄嗟には光のマシンガンの乱射をやめられず――
ぼよよよぼよん。
コンニャクの内側に当たった弾は、全てがそのままの勢いで術者へと跳ね返っていく。
「ぎゃあああああ!!!」
うわあ、痛そう。ザ・自滅。
そこに、ウォーレンさんが数名の兵士を連れてやってくるのが見えた。
……まさか、やり合おうってんじゃないでしょうね。
「ご無事か!」
こちらに声をかけてくる。
どうやらあの神官とは別枠のようだ。よかった。
「ええ……あっ、馬車、忘れてた」
流れ弾で穴だらけの馬車。
リリアー、無事かー。
中を覗くと、すごい顔でにらまれたけど、自前のリフレクトで凌いでいた。
さすがは聖女。
「もう大丈夫ですよ、ユリ様」
私の言葉に、外向けの聖女モードになる必要性を感じ取ったリリアは、フードを被り直す。
「忘れてた、とな」
ウォーレンさんがつぶやく。
あっ、しまった。
ウォーレンさんはおそらく私たちがコンニャクリフレクトで守っているのは見えていたはず。それで馬車を「忘れていた」と「従者の私」が言うのは不自然だ。
「ユリ様に終わったことを伝え忘れておりましたもので」
なんとか取りつくろう。
……うーん、苦しいかな。この人、できる人っぽいからなあ。
「左様か。いずれにせよ、全員がご無事でよかった。この度は帝国の者が大変な無礼をした。申し訳ない。この男は軍の者ではないのだが、気が触れておった様子でな」
(神殿の人よね、あの服)
リリアに頷く。
「えー、ユリ様があの襲撃者の正体を気にされております。神官ではないのかと。私たちは知る権利があると思いますが」
私の声に、ウォーレンさんが苦い顔をする。
「……我が国の神殿の、ここに近い地方を統括する、大司教だ」
大司教。かなり偉い人だよね?
「大司教……そのような方が、なぜ私たちを襲ったのでしょう? バルード帝国の国民が御使の聖女を襲うなどあり得ない、そうおっしゃっていたではありませんか」
クラウディアが問う。
「……先ほども申した通り、この者は何やらおかしくなっていたようなのだ」
しばし間を置き、そう答えるウォーレンさん。
んー? これは心当たりがあるな?
下手なことを喋ったらまた嘘を看破されると思って、口数少なく曖昧に話を濁しているのだろう。
「そんな理由がまかり通るのなら、おかしくなった体で交渉の使者を殺め放題だ。理由になっていないことはわかっておるのだろう?」
ユーリくんが追い打ち。
確かに、そうね。
しばしの間。
夕焼けの草原に、風に揺れる草の音だけが通り抜ける。
ウォーレンさんが口を開く。
「……二日前、この者に御使の聖女様が使者として来るということについて相談をした。浅はかな答えをしたのち、保身のために近くにいる枢機卿に確認すると言った」
枢機卿。リフレクトを教えてくれたケラーさんと一緒の位か。
「その確認すると言っていた枢機卿が……ロウ枢機卿という」
答え合わせ、きた。




