第18話 御使
「ふー、やーっとゆっくりできたわー」
今日はゴブリンとの遭遇に始まって、色んなことがあった。
慣れない馬での移動もあって、とっても疲れた。
「しっかし、帝国軍、本当にこちらの何倍もいたわね」
実は、王国軍も街に入る前に見ていた。街の手前に陣を張っていたから自然と目に入った。
それもすごい人数だなって思ったものだけれど、防壁から見た帝国軍は規模が違った。
間違いなく、真正面から戦ったら王国は負けるだろう。
「はい。でも、私たちの戦いは数ではありませんから」
クラウディアも強い子。
明日、あそこへ乗り込む。
それでこの王国の命運が決まる。
あー、今更ちょっと緊張してきた。ちょっとだけ。
軽く作戦会議をし、早めに休むことになった。
明日は朝に王国軍を激励し、その後、帝国軍へ向かう。
「さーて、本番だあ」
私は宿のベッドに入る。
王宮のベッドに比べれば硬いけれど、必要十分。
興奮して眠れない、なんてことはなく。
疲れた身体はすぐにまどろみを運んできた。
というところで、また夢の中で目が覚めた。
もはや見慣れた真っ白い場所。
「神様ー? 私、明日大事な用あるからゆっくり寝たいんだけどー?」
キョロキョロすると、いた。ハゲ頭の神様。ちょっと久しぶり。
と、横にはどう見ても日本人な顔をした、長い黒髪の美人さん。
『神に会えたというのに、そうウザそうな顔をするでない。なかなか大変なようじゃな』
なに、私のこと見てんの? ストーカー?
『神をストーカー呼ばわりするんじゃない』
「心、読めるんでしたっけね。面倒くさいなあもう。そちらの方は?」
『うむ、我が眷属たる天使、蘭じゃ。たまたま戻っておったのじゃが……このタイミングでここに来るとは、さすが、持ってるのう』
ということは、別にこの人を私に紹介したくて呼んだ、とかじゃないのね?
天使ということだけど、見た目通り日本人っぽい名前。
『蘭と申します。初めまして、新たな御使さん』
お辞儀をされる。すると、背中に白い羽根が見えた。
クラウディアが言ってた天使の話とも合う。
「どーも、ご丁寧に。大野悠里です。御使の聖女のことも知ってるのね」
『はい、それはもう。私は『長さ』の聖女でしたから』
「はあ!!?? バルード帝国の!?」
こちらに来て驚くことばかりだったけど、ここ最近で一番大きな声が出た。
いや流石にびっくりするでしょ。二百年前の同業者に会うとか。
『ええ、そうです。あなたは転生したのですね。私は転移でしたけれど』
「なるほど、だから日本人っぽいんですね? いやー、もう助けてほしいですよ。私、蘭さんが助けた帝国にバチボコにやられる直前の国にいるんですから、いま」
『ええ、私も神様を通じて『観て』いますから、知っていますよ。でも神の御使となった今、手出しはできませんから』
「神の御使……御使の聖女って、もしかしてそういうこと!?」
この人が元・御使の聖女ということで、私はある想像に至った。
御使の聖女って、ゆくゆく神の御使になり、それがいわゆる「天使」ってやつになるんじゃないの?
『勘の良いやつじゃな。概ねはその理解で間違いはない。しかし、生あるうちに他の御使と会った者など、前代未聞じゃぞ』
そういうものなのだろうか。
私、そのうち天使になるの? ちょっと想像がつかないんだけど。
「魔族っぽい人とかも出てきて、もう意味わかんないのよ。何かアドバイスとかもらえないの?」
『そうですね……魔族、ですか』
蘭さんが神様を見る。
ん、ロウのことも見て知ってるでしょ。
『そうじゃなあ。ま、お主が思うままに進むがよい。それが一番じゃ。蘭も構わぬ。自由な発言を許そう』
『では、僭越ながら』
こほん、とひとつ咳払いをする蘭さん。
『悠里さん。どうか、バルード帝国を、そして、私への信仰を、破壊してください』
「はぁ!?」
そこで、目が覚めた。
窓の外は朝。
「いやいや、おかしいでしょ、さすがに……」
蘭さんの言葉。
穏やかな顔で、自分が助けた国を、自分への信仰を、壊せという。そんな天使がいるだろうか? 信仰が自分の力の源とかそういうアレはないのだろうか。
じっくり考えたい。
しかし、時間がない。
私は、もやもやする頭を振り、ベッドから出た。
*
「諸君! よく集まってくれた! 数で押されようと我々の勝利は揺るがないものである! 何故ならば、我々には御使の聖女様がいてくださるのだ!」
台に乗り、自軍の前でユーリくんが大声を張り上げる。
私は台の下からそれを見守る。
大変だなあ、王子様って。
同じく壇上に立つリリアが、手に持つ錫杖を掲げて応える。ただし、顔は見せない。フードと、顔を覆う布で目しか出していない。
「おおおおおお!!!」
割れんばかりの歓声。
やはり御使の聖女という言葉の威力は相当なものがある。
大事なのはその言葉。そして信憑性。
本物である必要なんて、ないのだ。
「ありがとう、助かった」
台から降りたユーリくんは、リリアに礼を言う。
そんなことを言う必要はない立場だけど、王族として、それくらい大切な場面だったのだろう。気持ちはわかる気がする。
「では、参ろうか。我々の戦場へ」
ユーリくんの言葉で、私たちは帝国軍へと向かう馬車に乗り込んだ。
馬車の中で、私は迷っていた。
昨夜の神様と蘭さんの話を、みんなに伝えるべきかを。
私の言うことなら、突拍子がなくとも信じてはくれるだろう。
でも、今言うと、準備してきたものが崩れてしまう気がしていた。
『長さ』の聖女は過去の存在であるという、両国の、世界の前提を壊してしまうから。
もしかしたら、その方が良いのかもしれない。
でも、実際にどうなるかは、全く予想がつかない。バタフライエフェクトになって波及していく先なんて、見通しようがないから。
なんとかなるさが信条の私でも、慎重にならざるを得ない。
「ついたぞ」
そんなことを考えていると、ユーリくんの声と共に馬車が停まる。
国境を越え、敵軍のただ中に辿り着くなんていう難しそうなことの割に、こんな短い時間で着いてしまうのね。
街から見えている程度の距離なのだから、考えてみれば当たり前なんだけど。
私は考えごとをしていたからだけど、馬車の中ではみんな無言だった。
無理もないよね、王族や貴族とはいえ、十五、六の子達が国の命運を背負ってここに来ている。リリアも色んな意味で自分の運命がかかってるし。
十日ほど前に来た私とでは、想いも、積み重ねも違う。
「さあ、じゃあ行きましょう! 私に任せなさい!」
三人の肩をポンポンポンと叩く。
「昨日、また夢で神様に会ったの」
自然と口が動く。
「神様から、私がやりたいようにするのが一番って言われたわ。だから、勝つわ! 勝ち確よ!」
努めて明るく。
蘭さんのことは伏せた。それが一番だと思ったから。
信じてくれたのか、そうでないのか。
クラウディアとユーリくんは微笑んでくれた。
リリアは「またそんなことを」と苦笑いしていた。
そして四人は、敵陣の真ん中で、馬車を降りた。
「ようこそ参られた。私がバルード帝国軍大将、本作戦の総指揮官、テッド・ウォーレンである」
大柄な男性が、私たちを出迎えてくれた。
さあ、始まる。




