第17話 帝国
《帝国Side》
ユウリたちが襲撃される一日前――
帝国軍大将、テッド・ウォーレン侯爵は苦悩していた。
「まさか、こんな話が舞い込むとはな……」
ウォーレン侯爵は、十五の歳より四十近くの今に至るまで、軍人一筋で生きてきた。
積み上げた功績と信頼により、皇帝陛下からお預かりした軍は二十万。
相手はかき集めても四万。いかなる展開においてもこちらの勝利は揺るぎないものであるはずであった。
しかし、王国からの和平交渉の打診がそれを一変させた。
『御使の聖女』が敵国の使者として交渉に臨む――
それは、バルード帝国にとって、ここ二百年で最大の衝撃となる知らせであった。
通常、この戦力差であれば「和平交渉」などは成り立たない。
あるとすれば、「どのような条件で降伏させるか」の交渉の場となるだけだ。
しかし、御使の聖女様が帝国の半分を差し出せと言ったら?
それを我が国は退けられるのだろうか。
帝都に伺いを立てる伝令は出した。しかし交渉の使者の到着は明後日。間に合うはずがない。
だからウォーレン侯爵は近場の街にある神殿に出向き、そこの大司教に伺いを立てた。
「それは偽物でしょうなあ。我らが神と御使の聖女様はそれぞれ一柱のみ」
不健康そうな顔色の大司教は、彼にとって最も「楽」な答えを述べた。
「馬鹿な、御使の聖女の伝説は世界各地にある。貴様も知らぬわけではないだろう! 本物かどうかは確かめればすぐにわかるだろう。本物だった場合の話をしているのだ」
「敬虔なる信徒である我が帝国を差し置いて、あのような潰れかけの小国にご降臨されるはずがありません。そうでしょう? 証拠に、神殿の本部からも何一つそのような連絡はありません」
大司教の言葉の意味するところは、「本物であっても偽物であるということにしろ」という意味だ。詭弁でしかない。此奴らの信仰など、所詮はその程度のもの。畏れるべき相手を真に畏れ敬おうというわけではないのだ。
小国だから降臨しないなど、ただの傲慢だ。我が国も小国の頃に御使の聖女様にご降臨いただいたおかげで今の帝国となった。知っていて言っている分、無知無能よりもたちが悪い。
「本物の御使の聖女様であった場合には、貴様がそう申していたと、そのままご本人に伝えるとしよう。時間を取らせたな」
結局、戦時の責任を取るのは軍人なのだ。国の大事には宗教屋などなんの役にも立たぬ。
侮蔑の視線を投げかけ、ウォーレン侯爵は席を立つ。
「あ、ああ。隣の街にロウ枢機卿が来訪しているはずです。私から本件についてご報告しましょう。そこで新たな指示があれば、改めて本陣へお伝えしましょう」
自らの責任になりそうになったらそれを移譲することだけは考える。何が神の信徒だ。生臭め。
「ふん。明後日には使者の一団が到着する。交渉を伸ばせるとしてもその翌日程度まで。そのつもりでな」
答えは期待しない。
軍人として、やれることをやるのみだ。
《ユウリSide》
「急ぐぞ!」
ユーリくんが、馬を飛ばす。
後ろにはクラウディア。
私とリリアは、別々の騎士さんの後ろに乗っている。
馬車を壊し……不可抗力で壊れてしまったから、馬に直接乗って向かうことになったのだった。
ロングスカートだから横向きに座ってしがみついているけれど、結構揺れるし、きちんとつかまっていないと振り落とされそうになる。まあまあ怖い。
この世界の女性たちはこの姿勢で乗り慣れているのか、クラウディアもリリアも平気な顔して乗っている。地味にすごいテクニックな気がする。
馬車よりはるかに速いので、これならすぐ着くだろう――と思っていたら、しばらくしてユーリくんの様子がおかしくなる。
「ぐ……なんだこの脱力感は……」
馬を停め、休憩することにした。
「私も……力が入らない……」
すると、リリアもぐてっとしてしまった。
もしかして、私のヒールの副作用? バフ終わるとやばくなるやつ?
「しばらく、様子を見ましょう」
クラウディアが心配そうにユーリくんを膝枕している。
リリア? 草っ原に一人で寝てる。
あ、騎士の一人がお水を渡してる。紳士。
まあ御使の聖女様だもんね、そりゃ丁重に扱うか。
ちなみに、リリアが刺された件は、騎士たちには説明していない。
私がヒールを使っているところも見られていないし、リリアは回復してすぐに戦闘に参加していたから刺されたという事実が明るみに出ていない。
血まみれの服は戦いのせいで返り血なのかなんなのか、もうわからなくなっていたし。もちろん、もう着替えている。
馬車が崩壊して何かが飛び出していったくらいは見られていたけれど、御使の聖女が何か魔法を使った、ということで話はおしまいになった。嘘じゃないからね。
「カティナ殿、そういえば先程の戦いの最中でどなたかの名前を叫んでおりませんでしたか? 確か、リリア? と」
私を乗せてくれた騎士さん、ランスくんが聞いてくる。
ちっ、やっぱり聞かれていたか。
歳はユーリくんと同じくらいか。短い茶色の髪をしている、元気そうな男の子だ。
ちなみにリリアを乗せているのはヨーゼフさん。この人は口髭を生やしている。私より年上だろう。
「あー、あれは……いや、ユリリアって言ったのよ。ユリ様ね、ほんとはユリリア様っていうの。だからついそう言っちゃったっていうか」
「そうなのですか!? おお、御使の聖女様の真名を伺えるとは、身に余る幸せです」
もちろん口から出まかせである。あとでリリアに言っておかなきゃ。
「カティナ殿はユリ様とどのようなご関係なのですか? 王太子殿下やクラウディア様ともずいぶんと仲がよろしいようですが」
食い下がってくるなあ、もう。
「腐れ縁……みたいな? まあね、色々あるのよ」
ふっ、と憂いを帯びた顔をしておく。
「……失礼いたしました」
今、私はフードを取っている。
王国の騎士なら、この顔とセリフから勝手にいろんな背景を察することでしょう。
実際はなんもないんだけどね。
「それより、ここから国境の街まであとどれくらいなの?」
「そうですね、馬で行くならば夕暮れの前には着くでしょう」
今は昼すぎ。思ったより近い。もうちょっとだ。
「よし、では向かおう。こうしてばかりもいられない」
ユーリくんが起き上がる。
ふむ、ヒール切れで動けなくなるのは十分間くらい? 思ったより軽いけど、場面によっては致命的って感じかな。
「大丈夫? ユリ様も」
「ええ、まあ、馬に乗ってるだけなら」
リリアはまだ少し調子が悪そう。
治した傷の度合いで効果や影響の度合いが違うのだろうか?
あのヒールはまだ謎が多い。
「日が落ちたら色々面倒くさそうだし、動けるなら早いとこ行きましょうか」
逃げたロウ、そして魔族という存在。気にはなる。
けれど、まずは目の前の帝国軍! 頑張ってこー!
そして、日が落ちる前。
私たちは無事に国境の街についた。
「あれが、帝国軍……」
街の防壁の上から、布陣する帝国軍を見た。
夕日に染まり、どこまでも続くテントが、その膨大な物量を誇示する。
「すごい数ね……」
「……本当に」
クラウディアとリリアも目を見張っている。
「相手にとって不足はない。よし、宿に入り明日に備えよう」
ユーリくんの堂々とした振る舞いは、王族の貫禄か、はたまた虚勢か。
いずれにしても心強いことは確かだ。
明日、私たちはついにあそこに向かう。
気合い、入れなきゃね。




