告白
...やりすぎちゃった...
即興劇が終わって太陽はすっかり沈み込み、蛍光灯がチカチカと部室を照らす。そして二人にとって地獄のような雰囲気が、そしてそれ以外にとって愉快な雰囲気が展開されていた。
「は...はわわ...お二人がまさか...恋人同士だったなんて...わたくし、なんだが胸がとっても高鳴りますわ〜」
「一応劇っていうことでいいんだよね...?めっちゃ本名言ってたケド...」
2年の先輩達は困惑と一周回って心配をかけてくれる。情けをかけられるのは確かに恥ずかしいが、同級生の茶化しは比ではなかった。
「お前ら...幸せにな...バタッ」
「せ、星羅ー!お前には帰りを待っている恋人が居るんだろー!」
「いねぇよ...んなもん...(血涙)
「ちょっ、ちょっとあなた達!今のは即興劇って言ってるでしょ!別にああゆうキャラ設定と状況なら、何もおかしい話じゃ...」
「愛、愛。」
ムキになって言葉を返すとなだめるような声でふゆが呼びかけてくる。でもやけにニヤついてるからきっとロクなことではない。そもそも、あんなことを言っておいてなんだけど、雄馬が好きだからあんな行動をしたって訳じゃないし、遊園地に行ったときだって、そんなにドキドキした覚えはないし...そんな誰が聞いているわけでもない言い訳を繰り返しているとふゆがこの思考を消し飛ばすことを言う。
「好きだった?前から。好きになった?たった今。」
その言葉に心臓が早鐘を打つ。さっきまでの言い訳を全て聞かれていたかのようだった。それは、確かに人に抱きしめてもらったのは初めてだし、悪い気はしなかったけど...あー!もう!!
「私!そんなチョロくないから!!」
顔を再び真っ赤にして反論する。そのとき、静かに、でも何か強い意志を持って雄馬の方に向かっている人がいた。豊臣先輩だ。その顔は茶化そうなんて顔ではなく、まるで死地に飛び込む兵隊のような、覚悟を持った顔だった。
「雄馬。みんなは茶化してるけど、僕は愛のやつ、すごく素敵だと思う。自分の気持ちを言葉だけでなく、全てを使って教えてくれる。それって雄馬にとっても嬉しいことだったんじゃない?」
雄馬は少し肩を震わせ、小さく「はい」と答える。それを見て先輩は嬉しそうに微笑み次の言葉を紡ぐ。
「僕にとっても雄馬は大切な後輩であり友達。僕も君のために何かしてあげたいんだ。お願い。雄馬に何があったのか、教えてほしい。」
「燐音?雄馬に何かあったのか?」
「それは僕が言うことではないねー。」
彼の言葉で部室の雰囲気は重苦しいものに一変する。
部員全員が雄馬の顔を見る。その眼差しは、昔父が自分に向けてくれていたものによく似ていて、温かい気持ちになると共に、まだ自分がそのことを引きずっていることを自覚させた。話さないといけない。ここで逃げては、またたくさんの"ごめん"を言わないといけない。本当は別の言葉を言いたいから。
「先週の遊園地。ほんとうにただの偶然だったんです。迷子になっている子がいて、その子を親元まで送り届けたんです。でも、その人が自分の父親で。お母さんが亡くなった後、また別の人と関係を持ったみたいで、その子がその人との子供で。俺は母を思い出させてしまうから一緒には暮らせないって言われて。それで...」
そこまでで限界だった。呂律が回らなくなり、目からぽろぽろと止めようのない涙が溢れてくる。でも思考はやけにクリアで、もし泣く演技があったら大変なんだろうな、なんて考えていた。
「なんだよ...それ...」
一番最初に口を開いたのは星羅だった。今にも爆発しそうな口調で言葉を吐き出す。
「それって、親に捨てられたってことじゃねぇかよ!そんなことしていいわけねえだろ!」
捨てられた。その言葉が頭に反芻する。そっか。まあそうなるよな。別にそれに関しては、辛いけど、なんだか諦めがついていた。でも、そんな俺の思いとは反対に星羅は話し続ける。
「そいつ今どこにいる。俺、法律とか全然知らねえけど、絶対何か罪にはなってるだろ。それを受けずにのうのうと生きるなんて許せるわけがねえ!」
「...星羅。そのことはもう大丈夫。」
「はぁ!?もう通報したってわけじゃねんだろ?」
「うん。でも、それでいいかなって気もしてるんだ。」
いつのまにか涙は止まっていて、滲んでいた視界は元に戻る。心はすごく穏やかでみんなの顔を見るたびに自然と安らぎを覚える。
「恩は恩で、仇は仇だよ。俺はあの人に育ててもらった恩があるし、確かに捨てられちゃったけど、まだ恩返しができるとたらお互いのことを忘れて、幸せに生きる。それが俺にとってもあの人にとってもベストだから。」
星羅は「でも...」と口を開けようとするが、それを制して、自分が言いたかったことを口にする。
「"ありがとう"星羅。もう大丈夫。」
言えた。やっと...これであとはもう...
「言い訳ないじゃん。」
...桜?
「雄馬が父親のことが好きってのはよくわかったし、恩返しをしたいってのも、ちゃんと理解した。でも、雄馬のセリフを借りるなら、恩は恩で、仇は仇だよ。
もしそいつに恩を返したいって言うならそいつに面と向かってありがとうって言って完全返済しちまえばいい。そのあとに、そいつにふざけんなって言って1発かましてやればいい!それに何より...」
桜の拳が音を立てて握り締まる。怒りすぎて息継ぎを忘れてしまったのか、言葉を止めたあと大きく吸って、また言葉を紡ぎだす。
「まだそいつに、優しく育ってありがとうって、生まれてくれてありがとうって言わせなきゃなんねえ!」
....!
一瞬息が止まる。そうだ、遊園地でもそうだった。本当は俺は、父さんにありがとうって、誰かにありがとうって言われたくて、今まで生きてきた。それが自分の人生の羅針盤。もし、これからお互いのことを忘れて暮らしていったとして、今までの生き方さえ忘れてしまったら、きっと幸せになんかなれやしない。俺が幸せになるにはありがとうを言われなきゃいけない。そしてそれは、もう自分の父でなくなったとしても、言って貰わなくちゃならない。
「ありがと、桜。お前の言う通りだ。俺、やっぱり父さんに会いたい。ちゃんとお別れを言って、これから前を向けるようになりたい。みんな、協力して欲しい。」
魂から振り絞ったような声で頼み込む。でも、何も心配はしてなかった。だってみんな優しくて、誰かを見捨てようとする人ではないから。
「なら、劇に出れない分、僕...いや、僕達はもう一仕事しないとだね。」
そう言って燐音先輩は指をポキポキ鳴らす。
「何をするんですか?」
「そのクソ野郎を劇に引っ張り出して、雄馬の勇士を見せつけるの。」
その言葉に驚く。父がどこにいるのか。自分ですら知らないというのに...そんな憂いた感情が顔に出ていたのか、燐音先輩は誇り切った表情を見せる。
「ふふん、なんのための天才設定だと思っとるのよ。人探しくらい朝飯前よ。」
「なら、手伝う。私も。」
ふゆが名乗り出てくる。確かにふゆも燐音先輩と同じくらいの能力を持っていて、二人が揃えば敵なしに見える。でも、燐音先輩はそれを断ってしまう。
「ふゆは、劇に出演するでしょ。というか、他の人が劇に出れるよう三年が引き下がったんだから、中途半端な完成度じゃ困るよ?」
「りんっち、随分先輩っぽくなったね〜!久しぶりに尊敬できると思ったよ!」
「全くだ。限定スイーツがどうのこうのと言っていた時期は卒業か?」
「僕は常に進化する未来の人間だからね!ここらで三年の威厳を取り戻させてもらうのも悪かない。」
「勝手に落としただけだかな。」
みんなにいつもの調子が戻ってくる。やっぱり演劇部はこうでなくちゃならない。よし!ここらで一つ。雄馬の最強⭐︎伝説を...
「そう言えば、木戸さんは、いつ伊藤さんのご家族にご挨拶を?」
...へ?この人は何を...?そう思うより先に、水月先輩が合点のいったような顔をして、口を開く。
「そっか。雄馬には実質親がいないから、愛の親を攻略すればもう結婚できることになるね。」
「「...はあ!?」」
愛と雄馬が同時に声を上げる。そして理解する。もしかして足利先輩。ほんとに俺らが付き合ってると思ってる...?
「足利先輩。その...」
「伊藤さんには名前ですのでわたくし達も名前でお呼びに...ってそれはわたくしもですわね。せっかくですので、みなさん苗字でなく、名前でお呼びになりましょう!」
部員のみんなはザワザワと湧き立つ。その波に飲まれて完全に弁解のタイミングを見失う。それはそれでうやむやにできると思ったが...
「ご挨拶のお話。後でお聞かせくださいませ!」
...劇までもう一悶着、ありそうである。




