第一演目 木戸雄馬ナイトメアペイン
「今日はみなさんにお父さんやお母さんにありがとうを伝える会をします!」
自分が幼稚園生の頃、両親に感謝を伝える会という授業があった。そのときまでは両親はなんだって知っていて、なんだってできる神様なんだと思ってた。だから、この会で先生が言っていたことには衝撃を受けたし、今でもよく覚えてる。
「みんなのご両親は、みんなのためにご飯を作って、お風呂を沸かしてくれるけど、それは当たり前ではありません。もちろんまだみんなには難しいことばっかりでそれをやれというつもりはありません。なので皆さんには自分達でできる恩返しを考えてもらいます!例えば感謝の言葉を伝えたり、洗濯物を干すのを手伝ったりして、それを一週間後に発表します!」
それは自分にとって初めて"他人"に"何かをする"ということだった。とにかく先生からの課題をやらないといけない。そういう思いから幼稚園の迎えに来てくれたお母さんに「いつもありがとう!」と伝え「僕がバック持つ!」と半ば強引にバックを抱えた。そうするとお母さんは困ったように笑いながら「ありがとね、ゆうちゃんは偉いね。」と頭を撫でてくれた。
"ありがとう"
誰かに尽くさないとこの言葉は聞くことができない。
そしてこの言葉を自分の両親はたくさん聞く権利があることにこのとき気づいた。このとき疑問に思ったのは自分はまだ大量に言えていないありがとうがあるのにありがとうを言ってもらう権利があるのだろうか?ということだった。その疑問をお父さんにぶつけるとお父さんはこう言ってくれた。
「確かにパパやママはたくさんありがとうを言われる権利はある。だけどそれは雄馬にもある。だって雄馬は食器を手伝ってくれたり、荷物を持ってくれたりする。何より雄馬は、自分がしてもらったことに感謝できる子だからな。」
その言葉は自分が悩んでいたことを全て解決してくれた。俺はいっぱい褒められたいし、いっぱい甘えたい。だからこそ人を助ければその分褒められるし、甘えることができることを、そして自分が両親を助けれていることを知れて嬉しかった。その頃から自分の中で
"ありがとう"という言葉の重みが大きくなった。
それは人を助けることができた証明書のようなものであり、自分にとっての最大の賛美だったからである。
でも、小学3年生の頃、もっと言えば母が事故で亡くなった頃からそれはある言葉に代用されるようになった。
ガヤガヤとしていた客の声が一際大きくなる。パレードが始まったのだ。その大きな声に呼び覚まされ、再び現実に引き戻される。
「父さん...だよね...?ねえ..どうして...」
「...洋輔。先にお土産屋さんに行ってきてくれないか?5000円渡すからこれで好きな物を買ってきなさい。」
「えっ...また離れ離れになるの...?」
「大丈夫。パパもすぐ行くから。もし選び終わったらパレードのところで待ち合わせよう。」
「...うん。わかった!じゃあパパの分のお土産まで買ってくるね!」
「ああ、"ありがとう"」
...っ!!
パタパタと駆け足で洋輔君はお土産屋さんに向かって行く。父さんはそれを見届けた後、再びこちらに向き直って申し訳なさそうにある言葉を口にする。
「雄馬..."すまない"」
体のどこかに何か鋭利な物が刺さったような感覚がする。ここ数年間父から何度も口にされた言葉。そして久しぶりに聞いたその言葉も向けられた対象は自分ではなかった。比較するなというのは無理がある。だが、今はそんな暇ではない。あの子がなんなのか、これはどういうことなのかを聞かなければならない。
「ねえ、父さん。あの子は誰?なんで父さんのことをパパって言うの?」
答えは分かりきっている。だがもし、違っていたなら、かすかな希望を持ってしまったのは自分がまだ愛されていると勘違いをしていたが故だろう。
「お前が中学一年生くらいの頃、俺が家に帰るのが遅くなって、なんなら帰らない日が多くなったことを覚えてるか?」
首を弱々しく縦に振る。口を開くことができない。何も言う気が起きなかった。
「そのとき俺は母さんとは別の女性と関係を持ち始めて、お前が中学2年生ごろにはその人との間に子供を授かっていた。そのときから、俺はあっちの家で過ごすことが多くなったし、だからあの子は俺のことをパパと呼んでいる。」
被害妄想くらいであって欲しかった自分の考えが、実体を持って現実に降りたってくる。その事実に目眩がし、同時にある結論に辿り着く。
「なんで俺に言ってくれなかったの...?俺はそこで暮らしちゃダメなの...?」
「...雄馬のことを見ていると母さんを思い出してしまうんだ...またあのときの思いに囚われて笑えなくなるのが俺は怖くなってしまって...全部身勝手な話だ。"すまない"雄馬」
もうやめてよ...俺が欲しい言葉は...言って欲しいのは...
「雄馬とは...一緒に暮らせない。」
.......
その後父はまだ何か言っていた気がする。きっとお金のことだったりしたと思う。でもそんなことはどうでもよかった。父が"我が子"を迎えにパレードの光に呑まれて行くのを、洋輔君に笑顔を与え、与えられているのを、ただただ"一人で"眺めることしかできないこと。それが俺にとって一番の苦痛であり、一番重要なところだった。
...もう帰ろう...ネオンの光も...みんなの笑顔も...笑い声も...全部幻。ぐちゃぐちゃになればいい...何も聞こえなかった。何も見えなかった。ただ一つだけをのぞいて。
「ピーンポーンパーンポーン」
.....
「ただ今、中央エリアでパレードを開催しております。どうぞお越しに...」
...何を期待していたのだろう。何のアナウンスだったらよかったのだろう。もうどんなアナウンスも俺に該当するはずないのに。ただそのアナウンスのせいで、またこの遊園地に耳を傾けてしまった。このアナウンスさえなければ、このアナウンスさえなければ...
「木戸!そんなとこでなにしてるのよ。一人だけ逃げるつもり?」
...彼女の持っていた袋の中には数人分のお土産が入っていた。




