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イルミネーションと約束

「ふふっ、ねえ、桜。子供、かわいいね。」


「………」


「わくわく。どんなだろ、姿。大人の。」


「………」


「つけよ?名前。私達の子に。」


「………」


「あっ、今蹴った。お腹。」


「………」


「見届けたいね。成長。この子の。私達で。」


「…あのさ。」


「何?」


「ネコカフェで意味深なこと言うのやめない?」


こちらに体を預けてくる三毛猫を撫でながら、満面の笑みのふゆに言葉を飛ばす。


時刻は午前10時ごろ、もう11月も終わりにかかり、今日は第四日曜日。


俺たちは猫カフェでモフモフで艶のある猫様の御体を堪能しながら、可愛い猫の形をとったカフェオレを飲んでいる。


ことの経緯は先日の夜、ふゆがデートプランを考えてきたから行こうといきなり言ってきたので、本当は雄馬と遊ぶ予定だったのを、なんとか頼んで別の日にしてもらったのだ。


「あっ、そうだ。」


ただその条件として、デートどこ行ったかとか、デートの状況を色々送れと言ってきたのを忘れていた。


ふと膝下を見ると、クリクリとした黄色の目が似合う黒猫が、体を丸めて寝ていた。


「…少し失礼しますよー…」


パシャッ。


最近のスマホは盗撮対策で、どうやっても音が鳴るから、猫が起きないようにと祈りながら写真を撮る。


幸い耳をぴくっと震わせただけで、目を開けるには至らず、俺は胸を撫で下ろして撮った写真を見る。


スマホの中には愛らしい黒猫の姿がちゃんと映されており、店の明かりからその毛並みの良さがよく見える。


「…よし。送信っと。」


ピロンッ。


「返信はやっ。」


"スバラグモス。ただふゆとの写真も欲しい。"


ふゆとの写真。


その文言を認識した瞬間、膝下の黒猫がさっと降りて行ってしまう。


何か嫌な予兆を感じたのだろうか?そう思うやいなや、何か背中に悪寒を感じ、俺はすぐさまふゆの方を見る。


「…だれ?連絡相手。」


…どうやら悪い予想は当たっていたみたいで、ふゆの瞳には嫉妬の炎がやどり、ググッと椅子を近づけてスマホの画面をのぞいてくる。




「あ、相手は雄馬だよ。実はデートの写真を送れって言われてて、今は…」


「ふーん、送ったんだ。写真。私抜きの。私とのデートで。」


どんどんと顔を近づけてくるふゆに少し怖気付き、身を離そうとするが、パッとスマホを持つ手を掴まれて動けない。


いや、動けることには動けるのだが、振り解こうものなら、どんな仕打ちがあるか分からない、という謎の確信めいたものが、今のふゆにはあった。


素直に謝ろう。そう思うやいなや、彼女はニヤリと笑い、座っていた椅子から立ち上がり、俺に体重を乗せて寄りかかってくる。


「ゴロゴロ〜にゃ〜ん。」


「…よしよし。」


「っ!…ふふ。」


ゆっくりとふゆの頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに瞼を閉じる。


他の客が愛でている猫が、こんな場所で信じられないといった顔でこちらを見ているが気にしないでおこう。


はたしてこの胸の苦しみは羞恥心のものなのか、それとも俺の体にぴったりとくっついて離れない愛らしい生命体のものなのか。


折角の機会だ。これを撮って雄馬に送ろう。


パシャッ。


猫とは違って、その音にふゆが目を開ける。


画角としては、俺にふゆが寄りかかってるのが分かるように撮った。


ふゆにその写真を見せて、その後雄馬に送る旨を伝えると、彼女はいじわるそうに笑ってそれを了承してくれた。


ピロンッ。


送って数十秒と経たないうちに返信が来た。


"今星羅と同時視聴中なんだけど…

やってくれたなお前?"


「まだ耐性ついてないのかよ…。というか香奈恵とは花火一緒に見たっていってたのに。」


「鍛えた。実は。私が香奈恵を。分かってる。香奈恵には。セーフティポイント。星羅の。」


「香奈恵のグイグイ言い寄るやつってふゆ仕込みのなんだ。なんか変な納得感あるわ…」


「恋愛マスター。岩倉ふゆ。」


ドヤ顔をして誇らしげなふゆの顔は、窓から差し込む太陽の光に照らされて眩しい。


ちらりとふゆがスマホを見て時刻を確認する。


「行こ。そろそろ。始まっちゃう。劇が。」


今日のデート、それはふゆが劇団四季のチケットを手に入れたから一緒に行こうと言ってきたのが始まりだ。


なにやらライオンキングのかなり前の方の席らしく、どうやってそんなチケットを取ったのか聞いてものらりくらりな感じだった。


歩くこと数十分、何やら劇団四季の会場までの専用の通路のようなものがあり、早めに来なかったせいか、そこには多くの子連れやカップルが並んでいた。


「何気に、こうやって並んでる時が一番ワクワクするよな。」


「分かる。破裂しそう。ドキドキで。心臓。」


そう言って顔を赤らめた彼女は、もはや息もつかないほどのテンションで、鼓動が早鐘を打っているのがこちらにまで聞こえてくる。


まあ要するに…


「バテてるよな?」


「…ふふっ、バレた。」


一度見抜いたら、必死に保っていた足が一気にガクッときて、思わずその体を抱き抱えてしまう。


猫カフェの時とは違い、今度は自発的に彼女の体を包み込んでいるわけだから、なんだかソワソワとした気持ちになる。


ボアジャケットのモフモフが指の腹が擦れたり、手の甲に長い髪がさらりと触れて、コツンと自分の胸に乗ったふゆの頭から、秋らしからぬ暖かさを受け取る。


「…動ける?」


「…あー、ムリ。」


マイナスな言葉を言っているはずなのに、彼女の声はどこも上擦って、顔からは隠しきれない笑みが溢れていた。


きらりと光る彼女の瞳が、バッチリと俺を映して離さない。


そこには、支えてくれる。という全幅の信頼があり、同時に、こちらが他の人の目線を気にしているのを揶揄っているようだった。


現に、二つ後ろの女の子が母親の手を握りながらこちらを凝視している。


「むー、見て。桜。私だけ。」


「どの道危なっかしくて目が離せない。」


「余裕ある。その割に。…あー、倒れちゃうーー」


ぷくっと頬を膨らませて、不満げな表情をした後、到底演劇部とは思えない大根演技でその場にへたり込む。


「ちょっ、列進まないんだけど。周りに迷惑!」


「だね。かけたくない。私も。人に迷惑。」


そんなことを言っておいて、ふゆは動く気配を全く見せやしない。


ただただ、何かに期待するようにこちらを見つめてるだけだった。


「…はあ、ほんとしょうがないな。」


「ふふっ、堪忍して…ひゃっ!?」


ふゆが何かを言いかける前に、ぐいっと彼女の体を持ち上げて、お姫様抱っこの体勢を作る。


目と鼻の先にふゆの顔が近づいて、ラベンダーの香水の匂いが鼻腔をくすぐる。


ふゆのは目を丸くして驚き顔で、想像してた反応と乖離していてこちらも少し驚く。


「こっちだって恥ずいんだから、促しといてそれはないだろ。」


「ちがっ、ここまでやるって…」


いつにも増して饒舌になるふゆに、いつもやられてる分羞恥心より優越感が勝ってくる。


今度はふゆの方が周りを気にして、流石にどこのカップルも待機時間にお姫様抱っこしてる人なんていないから、かなりイロモノに見られている。


先程こちらを見ていた子供の親の目線が痛いが、ここでやめたらそれはそれで負けた気がするから続行、会場の入ってすぐのとこでふゆをおろし、スマホのQRコードからチケットを読み取って中へ入場する。


中に入ると左手には売店があり、すでにぬいぐるみ等のグッズが見えている。


入場とともにパンフレットのようなものをもらったので、目を通しながら右側にあるエスカレーターに乗り、2階の観客席に行こうとすると、ちょいちょいとふゆが腕を突いてくる。


「大胆すぎ。いきなり。もたない、心臓。」


「そっちが目を離さなっていったんじゃん。照れてるかわいい姿がよく見えましたよっと。」


「ずるい。そういうとこ。好き。そういうとこ。」


「どーも。」


にこやかに言葉を返すと、ふゆはつまらなそうな顔をしてぷいっとそっぽを向く。


けれどその耳が朱色に染まり、ふゆの言葉を否定せず受け止めたことに内心嬉しがっていた。


そんな姿を見て、妙に肩が浮つくような、痒くもないのに身を捩るような、筆舌に尽くしがたい感情に支配される。


エスカレーターを降りて、扉を開けると、そこには荘厳な雰囲気を醸し出す赤色の幕が下ろされていた。


席に行くと、その大きさがどんどん威圧感あるものに変わり、まるでこちらが幕に見下ろされてる気分だった。


「…すっげ。」


「見てみて。後ろ。照明器具。」


「ほんとだ。流石にスケールが違うな。」


「うん。止まんない。ワクワク。」


そこそこ時間ギリギリに来た為か、俺たちはそこまで待つことなく公演を見ることができた。


動物達が続々と舞台に集結していき、着々と舞台からサバンナへと場所を変えていき、音響や劇中歌など、端々から世界を塗り替える芸術が展開されていった。


「桜!桜!ゾウさん!」


「うわっ!でっか!」


まさか観客席側からも動物が出てくるとは思わず、その意外性に開始5分にも満たず熱中してしまう。


もちろん動物は人間がそれと似たような衣装や小道具を使って変装しているものなのだが、そんなことは気にならないくらいの迫力と、細かな配慮や動物らしい行動によって、それを人と認識するのは相当意識が必要だった。


それからというもの、舞台にはいつだって退屈な時間がなく、場面転換の方法や、はっきりと通った声、特にシンバという子供ライオンの役の子が上手だった。


あんなに小さいのに高い演技力と舞台を走り回るだけの体力があり、この時点で俺のような高校の演劇部の人は負けている気がした。


この中に入って練習できるなんて、うちのとこじゃ水月先輩か月乃先輩くらい…?星羅はドラマそこそこ出てるけど…


そんなこんなで劇を見ていると、シンバの父であるムファサが、弟であるスカーに裏切りを受けて死んでしまう。


シンバはスカーに罠に嵌められたとも知らずに、父親殺しの意識を植え付け、サバンナから追い出してしまう。


そこでサバンナから出たシンバは、ミーアキャットやイノシシの仲間とともに成長して、一度休憩として幕が閉じる。


人々はトイレに行くために雪崩のように扉に集まり列を作る。


俺たちはそこまでの尿意がなかったため、感想を語り合っている間にあっという間に休憩時間は過ぎた。


再び幕が上がれば、後半部分は、シンバが偉大なる父を殺してしまった責任に押しつぶされているところを、仲間や父の言葉を思い出して奮起し、スカーを倒して幼馴染のナラと添い遂げると言う王道なものだった。


でも、だからこそ、流石だな。と感じた。


物語の主人公なのだから、悩むことはあれど、自分なりにケジメをつけ、最後には格好良く物語を締める。


照明の光が、いっそうとギラギラ輝いた気がする。


シンバはしっかりと、自らの敵を倒して、恋を成就させてみせた。


だけれど、現実は物語みたいに、分かりやすい困難は降りかかってこない。


だからといえど、何もしなくても良いわけじゃなく、むしろ困難は、分かりずらい形で、ゆっくり何度も押し寄せてくる。


カーテンコールで、何度も何度もお辞儀をしてくれる役者さんに拍手を送りながら、考えが波紋のように揺れ動く。


自分のゴール。


ちらりと、横にいるふゆを見ると、溢れんばかりの笑顔で、舞台に拍手を送っていた。


外に出ると、すでに街は暗がりで、ネオンの光が鈍く輝き、星空の代用品とばかりに、視界が暗闇で満たされることはない。


「残念。少し。」


「えっ。何が?ライオンキング。俺はすげー面白かったけど。」


「見たかった。だからこそ。星空。」


ああ…そうだった。


ムファサが言った言葉、歴代の王様達が、星となって我々を見守っている。


それがシンバを奮起させるきっかけだった。


「確かにねぇ。こうやってビルが立ち並んでるのは、それはそれでドラマチックではあるんだけど…

ん?あれって…」


「クリスマスツリー。だね。してるね。ライトアップ。」


「そっか。もうすぐ12月か…。」


「早い。時間の流れ。」


ゆっくりと、歩幅を合わせてクリスマスツリーに近づいていく。


辺りにはカップルらしき人が、一緒に写真を撮っていて、その笑顔はイルミネーションにも引けを取らないほど眩しい。


「桜。」


名前を呼ばれた。


その時俺は、てっきり一緒に写真を撮るものだとばかり思ってたし、俺もそうしようと思っていた。


けれど、彼女の口から出た言葉は、何の含みも持たないあっさりとした言葉だった。


「しよ。散歩。ちょっとだけ。」


歩いて行くうちに、どんどんと光が消えていき、目に映るのは蛍光灯と、民家の明かり。


河川敷の河原は、月明かりで金色に着彩されて、俺たちは土手のベンチに腰を下ろす。


「ここ、満開になる。桜。3月に。」


「へー。そうなんだ。結構穴場スポットだったりするのかな。」


「でも。何もない。冬は。枯れ木だけ。ないね。かけらも。ロマンチズム。」


隣に座っているふゆが、珍しく人一人分の席を空けて座っている。


それのせいか、どこか哀愁漂うようで、秋風が妙に肌に染みる。


「冬は、雪があるだろ。降ってくれれば、きっと素敵な風景になると思う。」


「優しいね。桜。でも、嫌い。雪。苦手だもん。寒いの。」


「………」


ふゆが嫌い。


そんなこと、言わないでほしい。


俺はふゆでも、こんなにも心が温かい。


ふゆのことを考えると、もどかしくて、恥ずかしくて、幸せで。


ぐっと、離れていた距離を近づける。


肩と肩が触れ合って、太もも同士がお互いの皮膚を撫で合う。


息が揺れ動く音が聞こえるほどの近く、俺は一つの身代わりのもと、自らの言葉を吐き出した。


「俺は好きだよ。ふゆのこと。」


「…ふふっ、あったかい。くすぐったいかも。ちょっと。」


…言って、しまった。


同音異義語とはいえ、はっきり、言葉に。


ドクドク。


心臓がうるさい。


ブルブル。


震える。寒さのせい?でも、この温もりは誤魔化せない。


チカチカ。


輝く水面がちらついて、それでもなお瞳孔は、断固として隣を見る。


輝きを捉えようと、目を見開いて。


「一月。」


不意に、彼女が言葉を紡ぐ。


「都大会。ドキドキだね。」


「ああ。3年が引退だから、ここが正念場だな。」


相槌を返すも、反応は示してくれない。


「二月。」


時間が進む。


「芽吹いてくる。桜が。見にこよう。二人で、三月に。」


「そうしよう。」


草木が揺れる。


「四月。始まる。新学期。」


「忙しくなりそうだな。やりたいこと、今のうちにやっとかないと。」


ぐんぐんと、時が進んでいく。


月のことを決めては、相槌を打つ。


それを繰り返していると、あっという間に、十一月が終わる。


「十二月。」


「………ふゆ?」


ふゆが、ベンチから立つ。


風が吹けば飛ぶような、今にも消え入りそうなその背中を見ると、気持ちの悪い汗が湧き出る。


いてもたってもいられなくなり、ふゆの横に立つ。


川を見ながら、彼女は呟く。


「桜。特別?私は。桜にとって。」


「言うまでもなく。これは即答できる。」


「じゃあ、特別?桜自身は。」


答えられなかった。


ふゆは間違いなく特別で、それは俺個人としての感情と、世間の評価としての、両方の意味合いだ。


だから俺も、特別でなければならなかった。


けれど、勉学はどうあがいてもふゆには届かず、演劇だって、シンバ役の俺より一回り小さく子の方が上手く、

プロの人達とは比較にならない。


「…ごめん。」


それしか、言えなかった。


「ね。だから嫌い。私は。岩倉ふゆが。」


「っ!そんなこと…」


「だって、そうじゃん。持たせた。変な責任感。

私が、特別だから。

配らせた。変な配慮。

体が弱いから。

もう、笑えないよ。寒くって…仕方ない。」


「………」


雫が、川に落ちて同化する。


今、俺の中にあるのはなんだろう。


ふゆの苦しみ。そこからの自責の念。


…違う。


そんなものは…求めてない。


大したイベントがなくてもいい。


主人公みたいな葛藤とか、そんなのよりも、必要なこと。


ただ、普通に…愛を知ったのなら。


雄馬と愛、星羅と香奈恵のように。


人を、愛したのなら。


「十二月。」


今度は、俺から切り出した。


口に出すと言うのは、やはり重みが違う。


これまでも、この先も、全てが、そこに結びつき、出発する。


「俺はふゆが好きだ。だからまた、ここで一緒に、冬を過ごしてほしい。俺がふゆを、好きにしてみせるから。」


「…!……ふふっ。うん。期待してるね!」


聖夜の日に、俺たちはまた、ここで会う約束をする。


その時は…。



河原の光が、星空のように光っていた。





「つーわけでさ、そろそろ調整も終わるし、学校に来てもらいたいんだよね。僕の可愛い後輩に会ってほしいし!あの星羅もいるからね!」


「はっ。テメェが引退しても部活に来る口実だろ。」


「そう言わないで!これは君にしかできないことなんだよ?」


「…ボンクラ兄貴ができねぇことなら、喜んでやってやる。けど、邪魔すんなよ。」


「ふふっ、頼りになるねぇ。期待してるよ。燐花。」

うかうかしてたら妖怪ウォッチ2新作発表でちゃった…

更新ペース遅くてすみません…最終章思ったより長引きそうなんで、何とか年内か1月あたりに終わらせたい。

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