ぶらり旅
「…よし、行こう。」
木枯らしが吹き抜ける日曜の昼。
今日は遊びに行ける友達もいず、かといってこの休日を持て余すのもなんだと思い、何か一つ試練をクリアしようと思っていた。
「ふふっ、往復4キロ。ドキドキ、凄い。」
普通の人なら、まあ歩ける距離なのだろうが、私のような貧弱な人間…学校の階段で毎度死にかけてるようでは、この距離を歩くのは、滝に打たれる修行僧と同じくらいのレベルだった。
目印は、最近そこにできたスーパーマーケット。そこで色々と休んでから、また2キロ歩いて帰ってくる完璧な計算。
手荷物は、キンキンに冷やしたアクエリアス一本とスマホのみ。
家の扉を開けて、足早に住宅街を歩く。
休日の日は、だいたい誰かと遊んでるか、勉強してるかのどちらかなので、こうやって一人で旅をするのは、意外に初めての経験かもしれない。
なにしろ一人の外出は止められてきて、体力がある程度ついてきた今でさえ、まだ不安がられる。
いつまでも子供じゃ無いということを、自分自身にも知らしめるいい機会だ。
そう思ったら、ますます気分が高揚してきて、橋の上から、点滅中の青信号を渡るべく全力ダッシュをする。
「…ぜぇ…はぁ…うっ!んぐ…ぐっ…はぁぁぁ…」
…失敗。
危うくお昼のおでんを戻すとこだった。
世界が回って、足がおぼつかなくなる。
スマホから、現在地と目的地を表示するも、どうやらまだ1キロと、27メートルあるらしい。
こんな調子では、着く前に倒れてしまうと思い、近くにあった公園のベンチに腰をかける。
こうゆうときに吹いてくれる風は一段と気持ちよくて、
ついつい目を閉じて、身を委ねてしまう。
手に持っているアクエリアスは、いまだにその冷たさを私に訴えて、飲めばそれは手だけにとどまらず、体全体に行き渡る。
ふと、前髪あたりに手を触れる。
そうすると、嫌なぶつぶつの感触があり、結構それは大きめだ。
あまりニキビはできないように気をつけてるが、なかなかどうして、うまく行かないものだな、と思っていると、子連れの親子が、公園に入ってくる。
一人息子だろうか?その子は入園するなり、柵を飛び越え、一目散にクライミングのとこに行き、不器用ながらにも、壁に点在するブロックを登っていく。
彼の両親はそれを温かい目で見守り、なんだか私が場違いみたいな雰囲気になって、公園を出る。
信号を待っていると聞こえてくる、後ろの家族の声。
振り向けば、もうクライミングではなく、少年はブランコに乗っていて、勢いのあるお父さんがブランコに乗る彼の背を押せば、その子は高らかに青空へ旅立ち、またお父さんの元へ帰ってくる。
一度登り切って静止して、また急落下するその緩急が面白いのだろう。
そこでいつも、幸せと笑顔に溢れた悲鳴が聞こえる。
大きな転落も、人が支え、また跳ね上げてくれるのなら、きっと楽しいだろうな。
そう思うと何故か、演劇部のみんなの顔が浮かぶ。
どうやら散歩は、人を感傷に浸らせる力があるらしい。
そうこうしていると、私はいよいよ第一関門を突破する。
長く果てしない道のりの末、ようやく2キロを踏破して、私はその流れでスーパーに立ち寄る。
アクエリアスはとうにその冷たさを失っており、かといって新しいのを買ったらもう飲まないし、残すのはいただけない。
ちゃちゃっと残りを飲んで、ゴミ箱にそれを捨てると、飲料コーナーに一際私の目を惹きつけるものがある。
「よし、君に決めた。」
そういって、私はカルピスウォーターを手に取る。
劇では確か、何本かのウォーターと一本だけのソーダを用意したっけな。
店員にカルピスを渡して、電子マネーですぐに会計を終わらせる。
店員からレシートとお礼を受け取り、私はありがとうを言い返して店を出る。
普段はレシートを受け取らないが、これは私がここまで歩いた勲章だ、捨てるのは忍びない。
スーパーを出て、カルピスを飲むと、なんだか凄い達成感を得る。
ついつい顔が綻んで、足はもう少し歩きたいと体を勝手に動かして、スーパーの裏の方に行く。
そうすると、木の影に隠れているが、なんだかぐったりした柴犬を見つける。
「君、大丈夫?」
声をかけると、その子はちらりとこちらを見て動かない。
何か病気なのだろうか?とりあえず出来ることと言えば…
そう思いすぐ近くの自販機から天然水を購入して、ゆっくり飲ませる。
そうすると、その子は少し元気を取り戻したかのように立ち上がって、その身を私に擦り付ける。
「ふふっ、可愛い。いる?飼い主。君の。」
首輪をつけてるから、多分飼い犬だろうと言う確信はあるのだが、こんなになるまで放置とは考えにくい。
恐らく迷い犬の類だろう。
首輪を手にしてみると、そこに名前のプレートがあった。
"サクラ"
「…そう。巡り合わせ、だね。サクラ。」
頭からなぞるように背を撫でて、私はこれからどうするかを考える。
私はドラえもんでは無い。色々と準備すれば、この子の飼い主を見つけることは簡単かもしれないが、それまでこの子を放置するわけにも行かないし、この子は多分、私の家などにはこないだろう。
何故なら、この子の誇らしげな顔が、忠犬ハチ公のような真面目な顔立ちをしている。
それと、どれくらいの期間かは知らないが、犬が自分の家の帰り道を知らないと言うなら、ここは散歩したことがなかったりする場所。
飼い主はかなり別の場所にいるはず。だが行動しなければならない。となれば…
「聞き込み調査…いいね。楽しも、サクラ。」
天才設定などはかなぐり捨て、完全な体力と運の勝負。
それから私は、やたらめったらに人にこの子のことや迷い犬のことを聞いては玉砕し、また聞いて玉砕を繰り返す。
歩いた距離でいえば、もうとっくに4キロくらい超えているだろう。
それでも、屈託のない笑顔で隣を歩いてくれるサクラがいると、なんだかまだまだ行ける気がする。
とはいえ、やはりそんなに上手くいくことはなく、私たちは茜色に染められた空に、ただ黄昏るしかできなかった。
「…ごめんね。役立たずで。会いたいよね、早く。」
「くぅ〜ん」
小さくて、ひどく弱い呻き声。それなのに、そうやって私に身を寄せる君は、なんだか私を励ましてるみたいだ。
やっぱり、君にはどうしても、飼い主に会ってほしい。
サクラがいない飼い主の気持ちを想像すると、どうにもいたたまれない。
「サクラ…、あっ、桜。」
ハッとして、私は急いでスマホを開いて、桜が綺麗に咲く場所を検索する。
一番あの木の下のとこで最寄りの場所は、どうやら桜がよく見える橋のようで、その下の川も相まってとても情景的な場所だそう。
ここの近く、なんて出来すぎたシナリオだが、よもやそれに賭ける他ない。
その場所はどうやら1キロ先の場所で、散々歩いた私の体はもう限界だった。
…ゆっくりと、また頭を撫でてあげる。
そうすると君は顔をこちらに向けて、夕日に照らされた彼は、私に力強く喝を入れてくれる。
「ワン!」
「うん。行こっか!」
いろんな人が流れていくのを、私達は逆流し、ただ一つの目的地へと走り抜ける。
どんどん日が落ちていき、それでも私達はマンションや蛍光灯の光を受けながら、どんどんと進んでいく。
「…着いた。」
着く頃にはすでに日は落ちていて、空にはプロキオンが小さな体で輝いている。
橋から川を見ると、否が応でもよく伸びた桜の木が視界に入り、写真ではここに辺り一面の桜が咲いている。
ただ、完全に光なき闇のなか、枯れ木ばかりのこの光景は、ただただ寂しいばかりである。
「…やだね。冬。どう思う?サクラ。」
再び、サクラを撫でようとすると、こちらに走って近づいてくる、小柄な少女がいた。
「あっ…あの!その子…ちょっと首輪見せてもらいたいんですけど…!」
「あっ、うん。どうぞ。」
そういって私が彼女にサクラを差し出そうとする前に、この子は勢いよく私の手から出て、嬉しそうに吠える。
「ワン!」
「やっぱり…やっぱり…良かった…本当に…もう…会えないかもって…私…」
月明かりが、鮮明に彼女の涙を照らし出す。
キランと輝く彼女の雫を、サクラはぺろぺろと舐めとって、それを受けた彼女は、さらに涙を流す。
「してたよ。心配。この子。好きなんだね、お互い。」
彼女に、私は出来る限りの笑顔を見せて話しかける。
年齢は、私より一個下ぐらいだろうか?弱々しく顔を上げて、彼女もまた、なんとか笑顔を作り出す。
「…はい。いっつもこの子、私にくっついてきて、外で遊ぶ時はいつも一緒なんです。私が、やけを起こして走り回らなきゃ、この子も迷子にならなかったのに。」
「…どうしたの?聞かせて。話。」
「いえ、そんな…、ただの不幸自慢になってしまいますよ。」
「いいの。最高の気分、私、今。だから、お裾分け。
ね?」
少しの間の沈黙。俯いた彼女の顔は考えてるというより、後ろめたさと恥ずかしさ、みたいな感じで、ゆっくり話してくれた。
「この前、彼氏と別れちゃったんです。俺達、相性良くないって、なんでもやれちゃうから、俺のいる必要性を感じないって。
私は…ただ、一緒にいてくれるだけで幸せなのに…。
そうやって自分勝手なのも…きっと、嫌われちゃった原因なのかもなぁ…って。」
「それで、自暴自棄になって?」
「はい。サクラを置いて、というより誰にも見つかりたくなかったから、追いかけてくるサクラを無理やり引き剥がして…ごめんね、本当に…私には…サクラがいるのに…ごめん…ごめんなさい…」
また彼女が泣き出して、サクラに顔を埋める。
一人でなんでも出来ちゃう…か。
私は別に、学業に関してならそうだけど、体力がズタボロだったり、寂しがり屋だったりで、なんでもは出来やしない。
でも、思い返せば、きっと桜は、まだ…
「めんどくさい、ね。好きなのに。」
「…はい。本当に。」
きっと私じゃ、桜に自信を与えてやれない。
どうすればいいのか、わからない。
彼に何かしてあげれること、私が、彼に。
ニキビが気になり、ついつい額に手を当てる。
嫌な感触が、なんだか心臓に繋がる血管まで伝わってくるようで最悪だ。
「なんだろね、すればいいこと。なんだろね、出来ること。
したいのに、何か。」
「…あの、えっと、なんていう名前ですか?」
「…ふゆ。岩倉ふゆ。」
「ふゆさんも、そういう経験あるんですか…?」
「現在進行形。いるよ、意中の相手。伝わってる、想い。通じ合えない、でも。」
「なら…!」
そういって、彼女は自分のスマホを取り出し、一つのQRコードを見せる。
「これ、ライオンキングってミュージカルのチケットで、これ、画像送るだけで使えるんで、その人と、どうか行ってください。いい席取るには、一年ぐらい前に予約してないとで、本当は私の彼氏と行く予定だったんですけど…」
「いいの?」
「はい!ふゆさんは、何が出来るかって悩んでましたけど、私が出来ることって言えば失敗を活かしたり、その失敗をもう誰にもさせないことだって…そうすれば、まだ自分を慰めれる気がして…後、この写真送るために…なんですけど。」
私達が話してる間に、サクラが割り込んでくる。
満面の笑みに、私たちの顔もにこやかに照らされて、その頭を撫でる。
すっかり晴れた彼女は、サクラに負けず劣らずの笑顔でこう言う。
「私と…友達になってください!」
「うん!いいよ。」
澄んだ冬の空気に、桜の木が揺れた気がした。




