破れ鍋に綴じ蓋
ピンポーン。
いろんなことが終わって、ようやく秋風を堪能できるほど余裕ができた今日この頃。
私は近所のドーナツ屋さんの袋を握って、伊藤家の玄関前に立っている。
チャイムを押すと、家の中からパタパタと足音が聞こえ、すぐに扉がガチャリと開く。
「こんにちは!君津さん。おそいですよ!早苗さんはもう来てます!」
「あはは!ごめんごめん。思ったよりドーナツ屋さんが繁盛してて、買うの遅れちゃった。ご家族の人は?」
「お母さん達はまだ仕事から帰ってません。お兄ちゃん…真は今日、友達と遊ぶみたいです。」
「…愛ちゃんと…雄馬君は?」
「………くっ!」
優ちゃんの悲痛な叫びが、家の中に響き渡る。
すっかりと黙りこくってしまった優ちゃんは、私を家に招き入れて、リビングに通す。
リビングのテーブルには、すでに早苗ちゃんが座っていて、私を見るや否や、自分の口に傾けていたコーヒーカップを手元に置き、挨拶をくれる。
「…お久しぶりです。君津さん。こんな形で…会うことになるとは。」
「…うん。私も。お茶でもしながら、ゆっくり話そ?」
私は台所に行ってドーナツの袋を置くと、素早く優ちゃんが皿にドーナツを乗せ、コーヒー豆と私用のコップを用意してくれた。
私はお湯を沸かす作業をして、ドーナツをテーブルに持っていく。
私にはイチゴを、早苗ちゃんと優ちゃんには、チョコチップがふんだんについたチョコドーナツを並べる。
最初はみんな、いただきますと言ったあと、黙々と食べているだけだった。だが、そこに早苗ちゃんが、
もう耐えられない、と言った口調で"彼女の過去"を話し出す。
「…もう、色々と限界なんです。最近ずっと、香奈恵が星羅の話ばっかして…昨日だって、夜中にいきなり電話をかけてきたと思ったら…」
回想開始。
「ねえねえ早苗ちゃん!聞いてよ聞いて!私ね、今日星羅君に、それとなーく好きとか、将来の話とかを言ってみたの!そしたらね!星羅君がなんて言ったらいいか分からないーみたいな感じで、目を逸らすの!
可愛いすぎるよーーーー!!!!あ"あ"あ"ーーーー!!!」
「ちょ…今1時なんだから静かに…」
「でねでね!そういう時は決まって星羅君は反撃してくるんだよ!なんて言ったと思う?」
「えっと、s…」
「正解は!"将来の俺は、多分いつまでもアイドル辞めれないだろうな。"です!
この言葉にはね!いつまでもアイドルでいる覚悟の証、ファンへの最大級の敬意と共に、将来1番のファンと結ばれるから、ずっとスターでいることの告白なんだよね!これもうプロポーズ!プロポーズだよね!
ねえねえ早苗ちゃんー!」
四時間経過。
「あっ、もうこんな時間!おやすみ!早苗ちゃん!」
ブチッ。
ツーツー。
回想終了。
「…それは、中々に辛いね。」
「…うん。安息の地は日中だけって…」
「違うんです…日中は日中で…私は星羅と同じ委員会なんです…。」
「「ま、まさか…!」」
再び回想へ。
「なあ早苗。ちょい相談乗ってくんね?」
「…私、今日あんま寝れてn…」
「昨日、香奈恵がやけにグイグイ来てさ!
俺が言った些細な言葉とかを要所要所でかっこいいとか好きとか言ってくんの!
でさ!俺も反撃するわけよ!香奈恵だったらどんな人と結ばれても幸せだよねーとか。そしたらさ!なんて言ったと思うアイツ!?"良かった。それならずっと幸せでいられるね!"だよ!
何!?俺のこと好きなの!?
いや嬉しいよ!?けどさ!?あんなに来られるとどう対応していいかとか…」
二時間経過。
「ありがとう。話聞いてもらってだいぶまとまったわ。
んじゃこれから撮影だから!おつかれー!」
回想終了。
「私はアンタらの恋の潤滑油じゃねーよ…ドロドロにしたるぞその愛情…」
その言葉を最期に、パタリと早苗ちゃんが机に倒れ込む。
空気は完全にお通夜の状態になり、私は沸いたお湯でコーヒーを作り、それを氷の入った容器に入れ、早苗ちゃんに提供する。
「よしよし、よく頑張ったね。早苗ちゃん。アイスコーヒーできたよ。」
「うう…辛かったですよー!なんで幼馴染のイチャイチャを間近で、しかも両方から干渉されて見なきゃいけないんですかー!」
「よーしよし。ほら、ドーナツ食べな?」
「ふぇぇ、君津さぁぁん…」
早苗ちゃんはまるで飼い猫のように、私の体に身を擦り付けて、すっぽり抱き込むような形になり、私が優しく愛撫をする。
そうした光景を見ていた優ちゃんが、いきなり机をバンと叩く。
「優ちゃん?」
「分かる…分かりますその気持ち!あれは確か…二週間前のこと…」
回想開始。
私達はその日、誰が料理担当をするかの勝負をしていて…
「くっ、ジェンガよ…俺に応えてくれ…!」
「ふっ、無理よ!完全に重心が片方に乗っちゃってるもの!これで私の勝ちね!」
「馬鹿な…完全体である…この私が…」
「ふふふふ…」
「ちくしょーーーーーー!!!!!」
「はーっはっはっはっは!」
そうやって、お姉ちゃんが勝ち確勝利宣言の咆哮を上げたんですけど、振り上げた拳がジェンガに当たって…
ガシャアァ。
「は…」
「これ、判定としては愛姉さんが倒した感じなんじゃ…」
「い、いや…どのみち雄馬の負け…」
「あー!プレイ続行でまだチャンスあったのになぁー!
でも仕方ないよね!俺のターンで愛が崩したんだから!
ってゆーわけで!この勝負は未確定!成立していない!ノーカウント!ノーカウント!ノーカウントォォ!」
という感じで、再戦の流れになって、まあなんやかんやでお姉ちゃんが負けたんですよ。
そこまで…そこまではいいんですよ?だけど、いざお姉ちゃんが厨房に立つと…
「…何してるの?今日は私が料理当番だけど。」
「いや、俺もほとんど負けてたようなもんだし、ここは引き分けってことにしようかなと。」
「情けなんていらないわ。勝負の結果は結果だもの。」
「まあそう言わず。時短すれば、また遊べるっしょ?」
「…もう、じゃあ、お味噌溶かしといて。私はその間にお肉切るから。
…ありがとね、雄馬。」
回想終了。
「…こんなの…こんなのお姉ちゃんじゃありません!
いつも意地っ張りで、負けた時は"あーはいはい私の負けですよー他の意見なんて聞きませーん"みたいに、ひたすら負けを悔しがる子供のような人のはずなのに!
こんな…こんなにも懐柔されてしまうなんて…」
「そっか…兄弟な分、毎日それ見なきゃなのか…」
「で…でも!兄弟だからこそ、一線を超えるような…」
「いいえ…あったんです!昨夜、とんでもないことが!」
再び回想へ。
ウチの部屋割は、雄馬お兄ちゃんと真、私とお姉ちゃんがおんなじ部屋で、伊藤家は早寝早起きが家訓。私は10時頃、お姉ちゃんと一緒に寝たんです。
だけど、大体二時間弱過ぎた後、ふと目を覚ますと、お姉ちゃんが誰かと電話してて…聞き耳を立ててみると…
「…どう?真はもう寝た?」
「うん。もうグッスリで起きなそう。今日はあと少しのとこで愛姉に負けたから、悔しくて寝れなそうだったのに。」
「まあ、真は眠ければ寝るみたいな子だし。
実はあの子、結構単純なのよ?」
「兄弟は似るねぇ…」
「ん?どういう意味よ!」
そう言ったお姉ちゃんの声色は、なんだか聞いたことなくて、怒ってるようで、でも顔はなんだかニヤニヤしてて、感情のストッパーが外れてるみたいでした。
そういった楽しそうな話は何度か聞こえてきて、ふとお姉ちゃんが、二段ベットの下から出てきて、壁際に寄りかかるんです。
そして、こう言いました。
「…雄馬。いい?」
「いちいち確認しなくとも、お安い御用。」
最初は、何してるかわかりませんでした。
でも、お姉ちゃんの甘ったるい雰囲気や、壁に手をなぞらせて、うとうとしているのと、その後の会話で、何してるか分かったんです。
お姉ちゃん達が、壁際でお互いを感じ合ってるんだって…
「…雄馬。起きてる?」
「うん。愛姉はどう?」
「…もう、このまま寝ちゃいそう。」
「バレるんじゃない。ベットから出て、そんなとこで寝たら不自然でしょ。」
「…大丈夫。私は生まれてこの方、早起きで負けたことないもの。
…ねえ、雄馬もこのまま、一緒に寝ない?私が早起きして…モーニングコールをしてあげる。」
「…いいね。じゃ、おやすみ、愛姉。」
「…ええ、おやすみ。
…明日はもっと、いい日になるわよね…雄馬。」
回想終了。
「そ…そんな…雄馬君と愛ちゃんが…」
「てかなんだよそれ!"明日はもっといい日になるよね!ハム太郎!"みたいなノリはよぉー!!
兄弟だよな!?兄弟だよねー!?」
「そーなんですよーー!!お姉ちゃんは私だけのお姉ちゃんだったはずなのにーー!く"や"し"い"ーー!!」
顔面をくしゃくしゃにしながら優ちゃんは席を立ち、家中を「ぐぁぁぁー!」と言いながら走り回る。
あんなスピードで何か物にぶつからないかと心配になるが、いつも走り慣れてるのか、物を華麗に回避して、豪快にソファーに体を投げ込む。
ひとしきり暴れた後、再び席について、惰性のようにドーナツを口に放り込む。
「…どうして、どうしてこんなことに…」
「分かる…分かるヨォ…なんでこんな甘い話を…というか甘い!甘すぎるんだよ!コーヒー!飲まずにはいられない!
ングッ…グッ…プハー!
キンッキンに冷えてやがる!」
「きょ…今日はなんだか元気だね…早苗ちゃん。
あんまり飲みすぎるのも…」
「やらいでか!君津さんもこんな思いになりますよ!
ないんですか!君津さんには!ないんですか!」
「そーですよ!君津さんはないんですか!こういう胃もたれする話!」
「うーんと、そうだね。あれは地区大会が終わって、二人の雰囲気が変わっていたから、その後毎日二人が一緒に帰ってるとこをつけたんだけど。」
「…え?さらっと言ってるけどストーk」
回想開始。
どんどんと日が落ちる時間が遅くなって、部活終わりに、もう辺りは真っ暗。
二人は蛍光灯に照らされながら、付かず離れずの距離で歩道を歩いてるの。
別に会話が弾んでる感じはなかったけど、どうにもいつもと雰囲気が違って見えて、二人から目を離せなかった。
そんな二人を見ていると、ふと川の方に、二匹の白鳥が飛んでいったの。
「あっ!白鳥だ!」
「…ほんとだ。珍しい。隣にいるのは番っぽい。」
二人はしばらく、黙ってその白鳥を眺めてるの。
二鳥はお互いにピッタリくっついて離れず、時たまパートナーの羽を直してあげたりして、その光景を見ている水月君が、月乃ちゃんに話しかけるの。
「白鳥ってさ、縁起がいい鳥らしくて、番と一生を添い遂げるから"永遠の愛"とか、その純白の羽から"再生"とか"浄化"って意味合いがあるらしいよ。」
「そう。人が勝手につけた意味合いに、興味はないけれど、まだ肯定的な意味ならよかった。
とはいえどうせ、黒猫みたいに見た目で勝手につけたような、浅はかな考えのもとなんだろうけど。
勝手に黒だと決めつけられた黒猫も、勝手に白だと決めつけられた白鳥も、中身は違う色かもしれないのに。」
冷たい口調とは裏腹に、月乃ちゃんの白鳥を見つめる目は優しくて穏やかだった。
そんな顔をしてる月乃ちゃんを見た水月君が、静かに口を開くの。
「黒猫はわかんないけど、白鳥はちゃんと考えられてつけられたと思うんだ、俺。」
「へえ、どうして?」
「白鳥の子供は灰色でさ、成長して、あの白くてまっさらな羽を手に入れる。
子供のときは、考えもまとまらずに、たくさんの色が混じって黒く澱む。
けど、大人になって、自分の色をきっちりと決めて、突き通すから、あんなに純白って言葉が似合うんだと思う。」
「大人の方が、色々ずる賢いこと考えて、腹黒そうだけど。」
「それも生き方の一つで、その人の芯がある重要な要素。それはそれで、人から勝手に決められてない自分自身なんじゃないかって思うよ。思考は難解でも、想いは一つだけだって話。」
「…そこまで考えてるのは、きっとあなたくらい。
黒猫にだって、いい意味をつけるんでしょうね。
流石ですよ、ミスター白鳥さん。」
「えっ、俺が白鳥なの?」
「こんなに純真無垢で、そのくせ難しいことぐるぐる考える人、他にいると思う?今からでも水浴びしてきたら?」
「…そうだな。どこかの休みにプール行くのもありかも。」
「この季節にっていうなら反対。私、寒いの苦手だから。」
そんなことを言い合ってる内に、夜の濃さはどんどんと増していった。
そうして二鳥の白鳥は、その場を飛び去っていったの。
回想終了。
「…え?そんなに仲良かったですっけ?あの二人。」
「えー?私はそんなに仲良さそうに見えなったけど…終始皮肉めいたこと言ってただけじゃん!」
「あー分かんないかー、優にこの愛は…」
「な、何!?何が言いたいの!?」
「ふふっ、いつか優ちゃんにも、こういうのがわかる日が来るよ!」
「むー…負けたみたいな気がしてやだー!もう一個、もー一個聞かせてー!」
「えーと、それじゃあ…」
そんなこんなで、私達は随分長いこと、友達の惚気の愚痴…というより甘い話に花を咲かせた。
恋愛状況を見せつけてくる人達に、それを嬉々として語り合う私達。
私達はいわゆる、破れ鍋に綴じ蓋…なのかもしれない。




