↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
46/51

水に月は混じる

秋風が吹き、潮の匂いが満ちた夜の浜辺。


俺は月乃と一緒に、地区大会突破記念の打ち上げ帰りに散歩をしに来ていた。


さざなみが心地よく響き、波が揺れる様は、俺たちの間にある距離が縮まっては遠ざかり、縮まっては遠ざかりを繰り返すサイクルを表しているようだった。


ふと、足を止めて、海を見てみる。


水面は月明かりに照らされて乱反射をし、その輝きは俺の目を奪って離さなかった。


「海にたそがれるなんて、随分と気取ってる。演劇をやってれば、そうやってロマンチストになるものなの?」


月乃は足を止めた俺に向かって、一歩先で話しかけてくる。


彼女はいつも変わらずのポーカーフェイス。


もしかしたら、達成感に酔っているのは俺だけなのだろうか?


いつまでたっても読みきれない思考に頭を悩ませながら、俺は月乃に言葉を返す。


「それ言うなら、月乃はどうなの?俺はだいぶ、達成感に酔ってるんだけど。今ならこの広大な海でさえ、自分ごとのように思えてくるくらいに、自分っていう存在を認めれる気がする。」


「残念ながら、あなたみたいにポエムを連ねて語るほど、分かりやすい思考回路をしてないので。

海は海。私は私で、あなたはあなた。

連想ゲームをしたって、あなたと私は決して結びつきやしない。

もっとも、あなたは無理矢理にでも、私を引っ張り出すんでしょうけど。」


「無理矢理にって…俺そんなことしたっけ?」


「高校生なんだから、少しくらい自分の行動に責任を持ってもらいたいくらいだけど。

全部、あなたのせい。あなたが私から、君津を奪って、勝手に暗がりに閉じこもったと思ったら、先へ進んで、そんなことをされたら、私は動かないといけない。

だから全部、あなたのせい。」


彼女は努めて冷静に、そっけなくそんなことを言ってしまう。


その言葉は、水切りに失敗した石のように、チャポンと俺の心に音を立てて沈んだ。


「いや、今回の劇は結果も練習も、全部月乃自身の実力と根気だよ。俺は月乃みたく、何かに惚れ込んで、それに没頭することが出来なかった。

そんな俺の横に、月乃みたいな立派な人が立ってくれた、共演してくれた。それが俺の、パートナーからの依存を断ち切ってくれた。

ありがとう、月乃。」


「…そう。別にあなたのためにしたわけじゃないんだけど、それはあなたも同じようだし、一応私からも、ありがとうございます。」


月乃が感謝の言葉をポツリと呟き、荒涼とした瞳に俺を映す。


彼女がくれた感謝の言葉はあまりに唐突で、普段は悪態をついてくるあの月乃が…そんな失礼な思いが先行して、嬉しさと戸惑いが頭の中を支配した。そのせいか、俺はついつい余計なことを言ってしまう。


「今ありがとうって…」


「…何?」


「いや、何って程じゃないんだけど…」


「私がお礼も言えない人間って言いたい訳?

…私だって、嬉しくないわけじゃ…ない。ただ、大っぴらに喜ぶのは…なんだか出来なくて。

折角主役気取ってるんだから、適当にいなして、白馬の王子様。」


ぷいっと顔を背けて、口調はいつものように気丈に振る舞う。


見られたくない顔だということは分かっているが、揺れる水面が視界にちらつき、そこに映った月乃の顔は海に似つかわしくない色に染まっていた。


その顔に、何か自分の中で、一つ…いや、複数の感情が絡まって、散り散りになって、固まって、言い表せないものが形成されていくのを感じた。


白馬の王子様。


きゅっと、胸が苦しくなる。振り払いたくなるような思いになるはずなのに、どこかそれをなぞるのは心地よくて。いつのまにか海を見ていたはずの目は、月乃を追っている。

…そうだ。聞かなければならない。

俺は前にも、こんな思いをしたことがあった。


「…あのさ、打ち上げで誰も聞かなかったから流してたけど、最後のやつさ…」


最後のやつ、なんて抽象的な表現は、まるで海風のように実態が無かったが、月乃はそれに肩を震わせ、環境音に混じるように言い淀みながら、言葉を吐いた。


「…あれは役"鶴澤千佳"に即しただけ。あの状況なら、鶴澤千佳はきっとああするって、優秀な演出監督が言ってくれたから、私は実行したに過ぎない。

残念でしたね。ロマンチストさん。」


「…全部演技か。敵わないね、月乃には。

やっぱりすごいよ。いくら劇中のキャラがきっとやるからって思ったって、そこまで普通できないし。」


「…だから、あなたのせいだって…」


「?だから、月乃の実力…」


「あなたがしっかりしてくれたから、鶴澤千佳は、あの場面であなたに全てを捧げれた。

…全部とは言わないけど、あなたの"おかげ"

こう言えば、やっと理解できる?唐変木。」


「…!なんだか、今日はいろんな月乃が見れて、嬉しいな。ありがとう、月乃。ちゃんと好きになってもらえて良かった!」


「…減らず口。そういうところが嫌い。」


そういうと、彼女はこちらに顔を向けることなく足を進める。


砂浜には月乃が足跡が刻まれて、それは少し大きめの波がくれば、そこに水が染み込んで、形を戻した姿は月明かりに照らされる。


「今日はこれでお開き。また明日、松尾。」


上擦りもしない、しなやかでハリのある低音の声は、あっさりとこの時間を終わらせようとする。


どんどんと遠くなっていく背を見つめるたび、何かが叫ぶように体を動かそうとする。


だが、それとは裏腹に、どこか縮こまり、萎縮して立ち止まろうとするものも、どんどんと大きく、強くなって、波をせき止めようとする。


広々とした浜辺の中、ここにはたった二人しかいない。


俺には一人、頼れる相棒がいる。


たとえ大海の底、たった二人しかいない空間に閉じ込められても、一生寄り添って生きてける相棒。


これまでも、きっとこれからも、俺の人生で、彼は関与してくれるだろうけど、ここからは、一人で行くよ。


どうやら月は、高く、たった一つしかないみたいだから。


"…頑張れ、水月。"


「…声かけて呼び止めればいいのに。いきなり手を握るとか非常識。」


「…ごめん。それだと、止まってくれない気がして。

言葉だけじゃなくて、行動でも見せてやんないと伝わらないなって、月乃の演技を見て思ったから。」


「そう。

…目、水色。」


「うん。今はそぞろと別れて別行動。言いたいこと言えたら合流するつもり。」


「結局一つにはなれなかったってこと?最後まで締まらないの。」


「…元々、俺たちは別々で、一つになったと思ったのは思い込み。でもあの時、確かにお互いの気持ちをしれた、ようやくほんとの意味で分かり合えた。

それで今は…松尾水月を空海月乃に知ってもらいたい。

だから、そぞろには送り出してもらった。」


月乃を目の前にすると、笑ったらいいのか、なるべくカッコつけたらいいのか、どちらとも正解じゃない気がして、自分がどんな顔をしてるのか分からなくなる。


心臓の音がドクドクと高鳴って、波の音を掻き消して、月乃に聞こえてるんじゃないかと不安になる。


「…じゃあ私が、あなたに興味がなくて、別に知りたいと思ってなかったら…どうするの?」


ニヤリ。彼女が今日、初めて笑う。


妖艶で狡猾な瞳が、俺の顔を捉えて、握っている手を頬の辺りまで持ってくる。


「変わってみせるよ。どこまでも強く、月乃が焦がれるような人間に。

自分の心に、親友に、月乃に、もう嘘をつかない。

絶対に変わらない。自分の好きなものを、俺は守り抜く。

…だから、月乃も俺に、本当の月乃を見せてほしい。」


俺の声は、一体どこに届くだろう。


舞台で演技をしているとき、俺は対面してるキャラや客席に向かって言葉を投げかける。


役というフィルター、劇という安心感。これらがあり、役の言葉は俺の言葉でない以上、虚無に吸い込まれることなく、ちゃんと他の人に届いている。


もし、これが役でなく、松尾水月自身の言葉だったら。


ただこの、だだっ広い海に、小さな飛沫すら起こせないのだとしたら。


いつまでも消えない、弱く醜い俺の本音は、まだ伝えれていない。


ただ、この瞬間、もうすでに…


「…なら、確かめてみて。覚えて、ほんとの私。」


くいっと、顔を上げて目を閉じる。


右手の方は、繋がってるから左手で、月乃の頬に手を当てる。


そうしてあげると、少し怯えた声を漏らして、柔らかなその身を俺に預ける。


そう、もうすでに、先程の弱音は消えていた。


月乃が見せてくれた弱さに、俺は強さで返す、それを変えるわけにはいかないから。


やけに体が熱い。


視界が遮断されると、全てに敏感になる。


瞼から入り込む月明かり、穏やかな波、触れ合う肌。


幻想的で、夢のよう。


たった数秒、息が止まるような情景で、

俺たちは愛を交換した。


「…覚えた?私の形。」


「…ああ。どんなに何かを演じても、多分俺は、これが一番好き…かな。」


「…そ、よくできましたね。松尾。」


いつになく詩人ぶった心は、その言葉を掴んで離さない。


力一杯輝いて、暗い世界を映し出す。


…いつもより、月が綺麗だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。