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否定と肯定

彼らが演技を終えて、憑き物が落ちたような爽やかな顔をしてこちらに向き直る。水月の顔を見ると、藤のような青みがかった紫色の目を宿しており、演技中の話も含めて、私達の頭は情報量の多さにショートしかけていた。

「えと…水月君、その、さっきの話って…」

君津がおどけながらも質問をする。彼女の飲み込みが早いのか、私が遅いのか、声はおどおどしていたが、彼女の目はしっかり水月を見据えていた。

「そうだな…どこから話せばいいのか…」

そう言って顎に手を当て、唸り声とも言えないか細い声を出しながら思考を回す。その間に他のみんなもある程度落ち着いた時、タイミングを見計らったかのように水月が話始まる。

「いきなりかもしれないけど、とりあえず知っといて欲しいことは、俺が多重人格者ってとこ。正確なタイミングは覚えてないけど、気づいた頃にはもう彼が、そぞろってやつがいた。ここまでは大丈夫?」

「多重人格者!?めっちゃかっこいいじゃないすか!」

興奮冷めやらぬといった感じで、雄馬と香奈恵がテンションをあげて、それをお互いのパートナーに収められるいつもの流れを横目に、私は彼に質問する。

「普段、生活してたのって?どっちも同じくらい?」

そうやって聞き出そうとした自分の声が、激しい怒りに満ちていたことを、言葉にしてようやく気づく。

私は何に苛ついてる?水月が秘密を隠していたこと?違う。あいつの全てを知りたいなど思ってないし、むしろ私はあいつを避けていた方だ。そもそも、私があいつに執着してる理由は、君津と似たものを感じていたから。美しいと感じていた。その程度の曖昧なものだ。

「普段の生活…というより、そぞろが出てきたのは、本当にここ最近のことで、普段は一切表に出ない。だからこそ、ちょっとあいつに迷惑をかけたかなって思ってる。」

私の怒り混じりの言葉を意に返さず、水月は緩やかに返答する。そう言って答える彼にまた一つ疑問が浮かび上がり、君津も同じタイミングでそう思いたったのか、水月に質問する。

「じゃあ、今は水月君なの?」

「…正確には、水月でもありそぞろって感じだ。前までは体を共有していても、意識はバラバラで、互いを分かってない故のバランスの悪さがあった。今は、意識こそ共有してないけど、一つの同じものに向かっているお陰で、一緒に体を動かせるようになった。だから今は水月でもありそぞろなんだ。」

得意げにそう言う彼は、一瞬桜の方に目を向けた。

一つの同じもの。きっとそれは桜のことだ。彼と正々堂々戦う、助けて貰った分助ける。その桜に対する思いが、水月を一つにしたのだと知る。

瞬間、私の中で、取り留めのない何かが渦巻く。歯磨きの後うがいをしないような気色悪さ。どうしようもないのは分かってるのに、駄々をこねるような怒り。

完璧に、私が否定された。きっと、自分がオーディションで負けることも計算の内なのだろう。そしてそれを抜きにしても、桜は桜のやりたいことを出し切った。

「いやー僕は初めから知ってたけどねー。水月のことも、桜が出来るやつってことも!」

「まあ、水月はともかく、桜に関しては、お前以外も知っていたことだかな。」

「今更急な先輩アピはねー…」

「一々うるさいなお前は!」

そんないつもの二人の喧嘩も、私の中にドス黒いものを落とすだけの雑音だった。

どんどんと、集まる。桜の周りに人だかり。秋に染まった外はもう、枯れ木だらけのはずなのに、主役の木は立派に咲き誇る。

拳に力が入る。それは私が主役とは程遠い思考をしているのに、自分で気づいてしまったからか、敗北したという事実に、まだ体が追いついてないだけか。どちらにせよ、私には、この部室には酸素が無いと錯覚できるほど、居心地が悪かった。

「あー、みんな聞いて!時間も結構押してるんで、そろそろ解散にしたいと思います。今日は帰りの挨拶は省略!あととりあえず…」

「燐音…最後に言い残すことはあるか?」

「うっ…次のニンダイ…妖怪ウォッチ2…リメイ…ガクッ」

「審査員が倒れちゃ世話ないし…。とにかく、各自荷物まとめて解散ね!結果は全部のオーディション終わってからで!」

よく通る先輩の声を聞き入れて、私はいてもたってもいられなかった。カバンを乱暴に掴み、逃げるように玄関で靴を履き替えて、校舎を出る。空はインクを落としたかのような黒色で、ところどころに点在すること星々も、今の私には皮肉めいている。そう、輝きすぎてる。他のみんなは。全員が今のところ順風満帆。私だけだ。暗がりに居るのは。私だけだ。灯を憎んでいるのは。

私だけだ。こんなにも、闇を大きく見せて、光を振り解いているのは。

「月乃ちゃん!待って!」

息を切らして、額に汗すら滲ませて、そうとう飛ばしてきたであろう君津が私の前に現れる。振り向けば、街の灯りは学校を照らせないほどに離れており、私は思ったより早足で学校から逃げていたらしい。

「…ねえ、月乃ちゃん。一緒に帰らない?」

彼女の向けた笑顔は、まさに光そのもの。私には眩しくて鬱陶しく感じるほど。

「…分かった。一緒に帰ろう。」

それでも、私の口はあまのじゃく。嫌いなはずなのに、なんで断らないの?

街路樹が立ち並び、吹き抜ける風と共に車道では自動車が行き来する。なんの変哲も無い通学路が、隣に誰かいるだけで変わって見える。前を向いているようにみえて、私はずっと、隣の人を気にしてる。

「ねえ、君津。…どう思う。松尾のこと。」

私の唐突な問いに、君津は小さく息を震わせる。結構早く飲み込んでいると思っていたが、君津の答えはあー、とか、えーと、とかの中身のないものばかりだった。

「私は、あいつのことが嫌い。他の誰よりも特別で、それなのに一丁前に悩みがあって、そのせいで、ちゃんとあいつも人間なんだと思えてしまった。私の唯一の長所の演技も、真っ向から奪っていったあいつに対して、私はどこか、そういうものだと諦めてたのに。今日私は、本当にただ惨めな思いをしただけ。」

「…じゃあ、桜君も嫌いなの?」

「…私は、圧倒的な何かを持っているものじゃないと、私以上の何かになるのが許せない。くだらないプライドだけど、私を肯定するには、そうやって他者を否定して、時には負けを否定するようにしかできなかった。

実際、桜はオーディションでは、水月に負けた。でも、最後まで抗った。泥臭くて、覚悟があれば誰でもできること。松尾を救うことは、きっと、私だってできた筈。

それができなかった理由は、私が桜より下だっただけのこと。そんなことを突きつけてきた、桜は大嫌い。

そして、そんなことしか考えられない卑屈で浅はかな私が、だいっきらい。」

子供っぽい、癇癪を起こしたかのような理論。私は特別でありたい癖に、その努力を怠った屑。このドス黒い感情と共に心中する。今の私にはそれしか無かった。だって、私の周りは、みんな輝いていて、たとえ昔に闇があったとしても、もうみんな晴れている。

ちらりと、君津を見る。その顔は、私の知らない顔…いや、随分と久しぶりな顔だった。いつもの優しい笑顔じゃなくて、もっと…

「…君津?」

「違うよ。月乃ちゃんは、必死に…私の隣に居てくれた人。私に演技を教えてくれて、私の生き方の一つの指針なんだよ。だから、そんなこと、言わないでよ…」

…分からない。なんで泣いてるの?なんで、他人のことなのに、そんな必死になれるの?私は夢破れた敗北者でしかないのに、なんで…

「…分からない。どうして?どうしてこう、演劇部の人達は他人のことばっかなの?自分が…自分が良ければそれでいいでしょ?なんで人と関わろうとするの?なんで人を恐れないの?なんで君津は…私と友達になってくれたの?」

勝手に動いたこの口は、初めて私の心の輪郭を理解していた。初めて、心と体がリンクした。それがこんなにもプラスなものでないことは残念だが、そんなことより私は、彼女の返答が第一だった。車の音は、もはや聞こえない。彼女の息遣いが、耳を支配して、その言葉を聞き漏らすことは無かった。

「私は、昔、水月君に会ったことがあって、彼から演技を教えてもらって、それで演技に、月乃ちゃんに興味を持った。憧れの人は、水月君だったよ。でも、月乃ちゃんには、私に憧れを抱いてほしいと思ってた。だって、初めての友達で…初めて私と…好きって…言ってくれた…から…」

その場で倒れ込むように、嗚咽混じりの声で君津が顔を伏せる。

初めて、彼女と演技をやってみせた光景が、脳裏に浮かび上がる。情熱的な言葉。美しい表情。憧れ…私の憧れは、そうだ、いつだって…

「私は!私は…君津がずっと…好きだった。美しく振る舞うあなたが、どんな役でさえ演じるあなたが!

だから悔しかった…そう、悔しかった!ぽっとでの男に全部奪われた気がして!私の理想がどんどん霧散していって、私は、何を目指してるんだろうって!いつしか、何かを否定して生きてきた。曖昧な理想を盾に、全てを否定して、現実を眼前にしても、また、逃げて…」

そこで、息が絶え絶えになってしまって、言い切れない。手汗が止まらず、もはや拭こうとも思う気持ちになれない。それよりも、顔を上げてくれた彼女の瞳が、どんな宝石よりも美しくて、見入ってしまったから。

「私は、やっぱりそれを聞いても、月乃ちゃんと私で紡いできた、これまでを否定したくない。だから…」

「分かってる。薄暗い過去さえも、肯定するには、私のこの執着が、身を結べるように…美しく魅せるよ。ドロドロのこの思いも。私が正直になったら、こうするしかできないから。」

「…うん!私達、役者だもんね!その想いも、劇で見せつけよう!」

秋の冷気に似合わず、私と君津の顔は熱っている。きっと、全部ぶちまけて体が熱くなってるから。でも、彼女の顔を見てると、複雑に絡まった心の中が、さらにグチャッとなるのを感じる。

「…君津。私さ…」

「…折角なら、取っておこう?こういう想いも、私達が出すべき場所は、用意されてあるから。」

「…だね。」

その日の夜、私は必死に考えた。自分の心と向き合うことを、他を否定せず、自らを肯定する方法を。

そうしてまとまった考え。

誰にも負けない。私が、私の理想になる。

今更ですが、合計PV集1300突破感謝!

拙いこんな文章や、みんなの劇を見てくれてありがとう!

なんだか最近面白そうなネタを考えついても、劇に出すために渋ったりしちゃって中々作品に出せない…というより、ネタ回が少ないせいでネタをだす暇が無い…。

あんまりシリアスに笑いを混ぜるのが上手じゃないせいで毎回重苦しい雰囲気になってしまうのが最近の課題です。

あとちょい2年の関係が複雑になってきたので、ちょっと整理をば。

水月→月乃 あまり矢印は向いてない。まあ友達ってくらい。というより水月はちょい前までそぞろ脳だったから、他も同じくらい。

水月→君津 昔のことは覚えてない。

水月→花音 可愛い。


月乃→君津 初めて美しいと思えた憧れ。彼女の一番が最初の目標であったが、それも込みでの過去の肯定なので、まずは自分を憧れの自分にする。

月乃→水月 結構嫌い。君津のオリジンであり、自分より先に君津の人生形成に関わり、しかも唯一の長所と思ってた演技力も大差で負けた。それにどうケリをつけるかをこれからやる。

月乃→花音 可愛い。


君津→水月 初恋の人。色々な仮面の被り方を教えてもらって、人と関わる勇気をくれた。でも、全然自分のことを覚えてもらってないから、いつしか遠い存在になって、眺めるだけになってしまった。

君津→月乃 初めての友達。一番親愛度が高い子で、ちょっと卑屈くらいな所が怖くもあり、信頼できるとこでもある。だからこそ、いつか、彼女の口から出るプラスの言葉が、ほんとになることを願ってる。

君津→花音 可愛い。


花音→月乃 ツンツンしていても、実は人をよく見てる人ですわ!かっこいいですわ!いつか自分のことも、よく見れるようになってほしいのです!

花音→君津 とっても優しいですわ!いつも優しくしてくれたのですから、たまには弱いとこも見せてほしいですわ!

花音→水月 劇がとってもお上手ですわ!それと何処となく、いつも悲しげですので、2年みんなで、どーんと盛り上がれるようなことをしてあげたいですわ!

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