オーディション②
オーディションを一度終え、休み時間の最中、1年のメンバーは固まって会話をしている。ガヤガヤとその会話は賑わいをみせており、その話題は当然先程のオーディションのことである。
「なあ、どっちが受かったと思う?」
「そうねぇ、キャラの演技は正直五分五分な気がするから、決めてはやっぱり即興劇かしら?ちょっと振り返りしてみましょ。」
「懐かしいなぁ…。あれは確か春ごろのこと…。暴走した燐音先輩が花音先輩の甘い一撃で正気を取り戻し、俺たちの初めての劇の始まりが…」
「いつの話よ!?それじゃなくって…」
「じゃあ…、ゲームの歴史…それは遥か5000年も昔…古代エジプトにまで遡るという…」
「古い!二重の意味で古いわ!」
「遊戯王は古くねぇってば!」
「古いわよ!」
本当に仲良いな…。
顔を真っ赤にしながらも言い合う二人を横目に、星羅が香奈恵の肩を叩いて話しかける。
「香奈恵。無理矢理あそこで恋愛方面に持っていったけど、ちょっと急過ぎなかったか?あんな100点のリアクションが返ってきたから良かったものの、普通はあんなこと急に言われて対応できないだろ。」
「うーん。まぁ、賭けではあったけど、こっち側に分のある賭けだったと思うよ。ほら、あんなに仲がいいんだし。」
そう言われて、再び二人に目線を戻す。そうするとさっきまでの騒ぎはどこへやら。二人は互いの顔を見て謝りあっていた。
「その…ごめん。くだらないことで喧嘩して…」
「私もよ…。お姉ちゃん失格ね…」
「そんなことない!愛姉は俺の最高のお姉ちゃんだから!」
「雄馬…!」
「…ね?」
「…見てるこっちが恥ずくなってきた…」
星羅が目線を逸らし、時計を見る。規則正しく時を刻んでいく針は、もうすぐ5時20分を指そうとしていた。
「桜。正直にさ…勝算とかってある?いや、なんつーか水月先輩って演技がほんと上手いからさ。レベルがかなり離れてる気がして。」
「ああ、実は…」
「無理に決まってるでしょ。」
俺が星羅からの問いに答えようとした時、俺の言葉はスッパリと切られて、月乃先輩が入ってくる。先輩の目はなんだかちょっと怖くて、その鋭い眼光は、俺に向けられてるような気がした。
「松尾は…アイツは対策を立てたからってどうしようもない。どれだけいいシナリオを用意しようと、新しい最高を持ってこられてそのアイデアに潰されるだけ。付け焼き刃のイメージや演技なんて、紙屑にも届かない程薄っぺらい。分かってるの?」
覇気を纏った言葉に、思わず身がたじろぐ。その威圧的な空気感の中、先輩は黙って返答を求める。ここで適当に答えれば、完璧に地雷を踏み抜くことになる。とは言え、俺の答えは決まってる。俺は用意したセリフのごとく、自分の頭の中のものを先輩に出した。
「確かに、水月先輩は特別なものを持っています。俺なんかじゃ一生手に入らないものを。あれを真似したり、凌駕しようったって、そうそう簡単に出来るものじゃないのは分かってます。」
「じゃあ何?まさか諦めない心とか、挑戦が大事とかの精神論じゃないよね?たとえフィクションの世界だったとしても、特別なものに勝つには特別なものが必要。
そうじゃないと、リアリティがないから。普通の人が努力してなんとかする系の作品もあるけど、大体は何か常軌を逸したもの、またはご都合主義な展開がある。
でも、少なくともあなたには何も無い。負けは負け。次の勝ちに繋がるかもしれなくても、その時の負けには変わりない。そして、何も得れない敗北もある。それでもまだ言えることはある?」
先輩の言葉から伝わってくるのは、激しい怒り。自分がどれだけ頑張って目指しても届かないものに、俺みたいな何もない人間が挑戦することの腹立たしさが抑えられないのだろう。
「…そうです。俺に特別なものはない。だからこそ、人に、沢山助けてもらわないといけない。そして、今日までそうあれるよう、多くの人との絆を意識してきました。それを繋がるのが、俺に残された最後の方法です。」
恨めしそうな顔つきで俺を睨む先輩に、はっきりと言葉を返す。そうすると、紗香先輩が声を掛けて、再開の合図をかける。
「…精々気取りなよ。エセ主人公。」
先輩はそう言って自分の席に戻る。水筒を一口飲んで、早まる心臓にゆとりを持たせて、水月先輩…、いや、そぞろ先輩と共に前に出る。
先輩が、こちらをチラリと見る。瞳の色は透き通るような青をしているが、奥に小さく赤が染み込んでいる。
「さーて、続きまして次のテーマは、生き方について!自分の一番伝えたいことを伝えるには、うってつけのテーマじゃー!」
夏希先輩が意気揚々とテーマを宣言して、そのノリにイェーイと燐音先輩が同調する。この始まる前のワクワク感や、浮き足立つ感覚は、自分は結構好きな方だが、俺の戦いはもう始まっている。いや、ここが最大の正念場だ。
「あの、先輩達。お願いがあるんですけど、この即興劇、演技でなく、本音でやっていいですか?」
「ほん…ね…?それってブックスな燐音だったりブックスな花音みたいな…」
「普通に本音で伝わるだろ。だが…そうだな…テーマがテーマとはいえ演技力を見てるわけだから、そう簡単に容認はできないな。勿論自分の思想も込みでやるのは演技の質も上がるだろうが、逆に演技が疎かになるかもなのがなんとも…」
そう言って、先輩は首を縦には振ってはくれなかった。
さて、ここからどう説得したものか…そう思っていた矢先、君津先輩が声を上げる。
「あの、この即興劇は、演技力を見てるものなのか、それとも劇の完成度を見てるのか。それだけでだいぶ変わると思うんです。」
「あーねー。劇の質ってのは、何も演技力が全てを占めるわけじゃないって話ね。まあ、演技力は後にやるそのキャラのやつで見れるから、いいっちゃいいんだけど…
水月はそれで大丈夫?無理に合わせなくてもいいから。
その時は僕がささっと折衷案を考えて…」
「いえ、自分も本音でやらせて貰います。桜のやり方は、"私"の今後のために否定できない。」
瞬き一つ。赤い瞳が煌めいて、それだけで、先輩の雰囲気が変わった。
そっちも覚悟完了、ってことですね。
「…君津。どうして助け舟を出したの。このままやれば、松尾の圧勝だった。」
「…私も、聞きたいの。水月君の本音。月乃ちゃんは?」
「……変わらない。人は簡単に。」
「そんじゃー、いきまーす!よーい、スタート!」
静まり返った部室に、俺とそぞろ先輩が向かい合って座る。まずは開口一番、俺が喋って設定を固める。
「先輩、オーディション今日ですけど、どんな感じでやるか決めましたか?」
「いや、なかなか即興劇のものが難しくてな。テーマが生き方と言っても、漠然としていて、空を掴む感覚なんだ。」
そう言ったそぞろ先輩に対して、俺は二つの回答の仕方を持っている。一つは自分の生き方の共有。二つ目は、そぞろ先輩に対する深掘り。だが、俺が主役になるには、自分の考えはクライマックスに持っていく必要がある。となれば…
「劇なら、嘘じゃ駄目なんですか?先輩って演技めっちゃ上手いですし、演技を見られてるなら、それを否定することなんて…」
「違うな。劇というのは、確かに演技で構成するが、決して嘘ではない。本人の熱い思いが介在してこそ、そこに美しさが生まれる。君には無いか?そんな思い、生き方が。」
舞台に沈黙が落ちる。桜は考えたような唸り声を出して、数秒間を空けて話し始める。
「俺、何か特別なものとか、そんなものないんです。
良くも悪くも普通。別に優しいわけじゃない。打算だらけの人間で、とんでもない不幸が降りかかったりとか、圧倒的なスター性や、最高峰の頭脳も、兄弟や家族に対する誰にも劣らない思いも、好きなことを素直に言える意志の固さも、持ってないんです。
それでも、何かを残したいと思ってしまう。何か特別なものでありたいと願ってしまうんです。」
「そうか。私は、自分で言うのもなんだが、生まれながらにして特別だ。水月という大親友がずっとそばに居て、彼は私を求めてくれる。そぞろとして、生きる意味を与えてくれている。だから、君の考えが分からないこともあれば、分かることもある。
そう…。あるんだ。人には譲れないもの。絶対に手に入れたいものが。それが人間のモチベーションの基本だろうな。」
彼がそう言った時、彼の赤い瞳が一瞬ぶれる。青い光がチカッとして、よろけたように手で目を押さえて、また向き合ってくれる。
そぞろ先輩は、本気で居てくれている。水月先輩との関係をバラした上で、俺に期待を寄せている。この劇を統治する期待を。
「私からみれば、君にも特別なものがあるんじゃないかと思うが。雄馬も、愛も、星羅や香奈恵、ふゆだって、君が与えた勇気があるからこそ、今こうしていられる。」
「それでも…です。例えそれが俺の特別だとしても、それを分け与えてしまえば、俺だけのものじゃない。
だからって、後悔は一瞬もしたことがないですけど、やっぱり、俺は俺である自信が欲しい。」
言い終わると、自分の中に、何か、ふつふつと湧いてくるものがある。
舞台が、広がる。
腕に、力が入る。
血が、巡る。
酸素が脳に行き渡り、喉に音が反響する。
言葉が口から出たかって、無意識に醸し出す、そぞろ先輩で言うところの熱い思いを、先輩は感じとり、セリフを繋げてくれる。
「では、聞こう。君にとっての生き方とは?それをどう乗り越える?」
「…だから、俺には必要なんです。俺以外の人が。
俺が先輩に勝つには、先輩の力が必要なんです!
だから…いつまでも引きこもんな!水月!」
…俺の声は、自分でも驚くほど反響して、それはやがて人々の耳に吸い込まれて消えていく。
残せたかどうか、それは結果が無情に決める。
俺の声を聞き入れた、先輩の瞳は…
「本当にずるいな。桜ってば。桜を助けるには、必然的にもっと多くの人に関わんないとじゃん。」
「…はい!一人じゃなんもできないし、寂しがり屋なので!」
「…一つ聞いていい?これで俺が立ち直れなかったら、どうするつもりだった?というより、立ち直った俺は、もう倒せないよ?」
「…でも、残せた。違いますか?」
「…そうだね。桜、かっこいいよ。」
「水月先輩も、似合ってます。紫色。」




