オーディション①
灼熱とも言えた太陽ははすっかりなくなり、深い緑の葉っぱ達を、秋の風は容赦なく吹き落とす。夏は蝉やら何やらで騒がしかったが、冬が近づけば寒さから活気がなくなり、みんな縮こまることが多々ある。だが、今日という日に、活力を無くして、声を小さくする者など誰一人居として居なかった。
勿論俺も例外ではなく、既に発声練習を終えて、体も喉も温まっている。
「みんな、頑張ってるね。まだ部活始まる前なのに。」
「だね。一分一秒惜しまない姿勢を見ると、なんだかストップをかけるのも忍びないと言いますか…」
「だが、きっとそんなことも忘れるくらい、全員良いパフォーマンスをしてくれるさ。
…さて、時間だ!全員集合!」
そう言って、紗香先輩が号令をかける。奥の方からそれぞれの椅子を引っ張ってきて、三年の先輩達に向かい合うように設置して座る。
全員が座り終えると、夏希先輩が不敵な笑みを浮かべてノートを取り出す。
「さて!今日は待ちに待ちましたオーディションの日でありまーす!発声練習とかは各自でやってるっぽいから、今日は省略ってことで、早速オーディションの説明を行います!」
そう言ってニコニコ笑う先輩達を見て、きっと連絡されたこと以外で何かサプライズがあることは明白だった。
今回行うオーディションは、別に今更説明をするまでもなくシンプルなもの。希望するキャラを演じて、それを先輩達3人が公平に審査する。だが、どうやらまだ別の要素があるようで…
「今回の劇。実はアドリブが多めなんです。なので、型通りっていうだけじゃ、色々足りないんだよねぇ。
それに何より、劇も上手くありつつ、アドリブも完璧にこなせねば、優勝なんて夢のまた夢。
というわけで、これからみんなには、今から僕達がお題をぶん投げて、それに対する即興劇を作ってもらいます!
役一つにつき、オーディションする子は二人だから、二人の即興劇になるんだけど、その中でいかに劇を崩さず、かつ自分を出せるかの勝負ってわけ!
勿論その後の希望する役の演技も重要視されるから、覚えておくように!以上!」
してやったり。そんな誇らしげな顔をしている燐音先輩は、ドッキリ大成功的な優越感と、これから起こる未知の劇に期待を寄せているようだった。
「さて、朝日大輔役、希望者二名、前に出ろ!
お題は、テストの点数だ!」
そして説明を終えて、二人の役者が前に出る。
応援してるよ。雄馬、星羅。
「お手並み拝見。数学前期32点さん。」
「へっ。星羅検定100点で帳消しだよ。それに、輝きはそう点数をつけれるものじゃないのは、お前から知ったことだからな。」
意気揚々と二人が出てくる。既に劇は構想にあるのか、二人の表情は自信に満ちていて、どちらも負ける気のしない主人公感が溢れ出ていた。
「じゃ、いきまーす。よーい…」
「すみません!ちょいタンマ!」
夏希先輩が声を掛けようとした時、雄馬が待ったをかける。
「どうした?雄馬。なるべく構想の時間は与えたくないんだけど。」
「いえ、時間稼ぎとかじゃなくて、むしろ逆です。
この状況をもっとカオスにしてやろうって。
この即興劇。宮川一奈役の人達と合同でいいですか?」
「ほう…。理由を聞こうか。」
「今回の主人公、宮川一奈と朝日大輔は相棒みたいなもんです。だったら、その中でしっかり相互にアドリブを返し合えるのを、この劇で証明しちゃった方がいい気がしたんです。」
「タッグで挑むってことねぇ〜。いいけど、星羅っちと雄馬っちの指名者が被ったり、宮川役の人達がそっちじゃない!ってなったら…」
「そんときゃそんとき考えます。そっちの二人もやる気っぽいし。」
そう言って星羅が指差した方向には、バッチリの笑顔で決めた愛と、既に劇の構想を考えている香奈恵が居た。
「じゃ、二人とも、せーので言っちゃって!
せーの!」
「行くぜ!香奈恵!」
「やるぞ!愛!」
「ふふっ。うん!任せて!雄馬君!」
「足引っ張ったら承知しないわよ!星羅!」
真っ直ぐな声が交差して、二人が前に躍り出る。
香奈恵は雄馬方に、愛は星羅の方に立ち、お互いに向かい合う。
「意外。逆だと思ってた。愛と香奈恵。」
「ええ…。わたくしもですわ。それでお二人はよろしくて?」
「ええ!勿論よ!なんなら、こうであって欲しいと望んでいたもの。理由としては、相手が相手だからこそ、引き出せるものもあるって感じかしら。」
「だな。俺もこうであって、やっと気が引き締まる感じだ。」
余裕そうな顔は、星羅と愛からは決して崩れない。
だが、その目は時たま下を向いたりしていて、やはり緊張がない訳ではない。
恐らく星羅と愛は、水月先輩のように論理的に劇を構築するタイプだ。
ファンからの目線や、姉として弟達を引っ張る姿勢を常に意識しているからこそ、劇をやる時も第三者視点を考えるのは得意だろう。
だとしたらあいつらに必要なのは感情の放出のやり方。
それをすぐに入手する術として、自分に憧れを抱いていて欲しい人をあえて敵に回した。ということなのだろう。確かに、彼らの生き様に対する誇りを最も高めらめるものとして、この戦法は申し分ない。
「私も、むしろ待ってたって感じかな。好きなことには、挑戦は付きものだし!」
「ふっ、ここからが本領発揮。革命は常にチャレンジャーから発生するのだ!」
一方、雄馬と香奈恵。香奈恵はまだ劇をやったことがないが、多分雄馬と同じく感情型。
基本的に雄馬や香奈恵のノリから後手に回ったときのことを考えたりするタイプではないし、自分から積極的に空気感を構築するのが得意な気がする。実際、この混沌とした状況を作り出したのは雄馬だ。
ただ、アドリブが主の即興劇が感情型有利に働くとしても、論理型の思考は必要になってくるだろう。
だが、それはこの即興劇中に、簡単に身につけられるものじゃない。
雄馬と香奈恵の勝ち筋は、感情を磨いて、見ている人の心を貫くこと。
星羅と愛の勝ち筋は、論理と感情の合わせ技で、華麗にパフォーマンスを終えること。
「では!気を取り直してー。いきまーす!よーい!
スタート!」
そうして、四人の挑戦が始まった。
「あっぶね〜。赤点ギリッギリ回避!」
劇の初めのセリフを雄馬が切り出す。雄馬はどうやらテストの点数が低いというキャラでいくらしい。
この劇の要素の一つがテストの点数というだけで、伝えれることは様々に分岐する。
例えば、人生点数だけじゃない的なものもあれば、やっぱりちゃんと勉強しておけばいいことあるよ的なものなど。
その着地点はお互いに違うだろう。だからこそ、そこに他を押し除けて持っていくの力が必要だ。
「またそんなギリギリで…。もうちょっと真面目にやったらどう?」
雄馬の前に堂々と愛が立つ。この時点で、不真面目キャラと真面目キャラが揃い、他二人の立ち回りが難しくなる。ただ同じ感じをなぞっても二番煎じにしかならず、劇中の意味を持つことができないからだ。
それにこれはタッグで挑むもの。違う派閥同士の二人が絡んでもどちらとも勝利には近づかない。
相方の動きが重要視される局面。そんな時、星羅がセリフを口に出す。
「お堅いなぁ〜、相変わらず。別にいいじゃん。テストの点数なんてさ。それよか今楽しむことがベストっしょ!ほら!このカフェとかめちゃオシャレじゃね!?」
そう言って、星羅は雄馬に肩に腕を回す。
豪快に身を寄せた動きはちゃらんぽらんな感じをよく演出して、次の愛のセリフを出しやすくした。そしてこのセリフを雄馬のキャラ的に翻すことは出来ず、必然的にまた愛のターンとなる。
「良くないわよ!テストの点数ってのは、確かに評定とかの話に関わるけど、決してそれだけじゃないのよ!」
「はあ?何言ってんだよ。ほれ、雄馬も言ってやれ。」
「…おう。テストなんてつまんないし、今を楽しむのが一番だろ。」
星羅が雄馬に同調を求めながら会話する。
これで雄馬の親友的ポジションを確立して、完全に香奈恵の立場を奪った。
今の構図は、テストなんてしょうもない派の雄馬と星羅、そしてそんなことは無いと説得する愛の3人で構成されている。ここに香奈恵が、愛の方に寄ったとしても、最早同調してるだけでキャラとしては薄い。
しょうもない派に行ったら、この空気感だと言いくるめられる展開の巻き添えをくらうしかなく、結果二人は愛に決め台詞を譲って敗北する。
現時点での即興劇のゴール。それは愛が二人にテストの大切さを説いて終わりである。
こっからどうする…?香奈恵。
「全くこれだから…。香奈恵。二人のことどう思う?私はあり得ないと思うんだけど。」
ここで愛が香奈恵に話を振る。一人だけ除外されて終わる劇は確かに美しいとは言えない。かと言って変に動かれては自分の主張が通りづらくなってしまう。ここは早めに話の輪に入れて、キャラをさっさと決めさせようとしてるのだろう。
そして、香奈恵が口を開く。
「う〜ん。あたしはどっちも素敵な主張だと思うなぁ〜。どっちが間違ってるかなんて決められないや。」
そう言った瞬間、愛がすぐさまセリフを重ねる。
この状況を変えるには、新しい主張。どちら側も賛成か、どちらとも賛成しないを出すしか無い。それに対するアンサーを用意して、愛はそれに誘導した。
「…確かに、楽しむこともとっても重要だわ。常にテストとかに囚われてるのも窮屈だしね。それでも、自分を見せるには何かで他の人より優れなくちゃいけないわ。学生として、優れているものを出すことは勉強以外にも、色々方法がある。
だからと言って、自分の魅力を上げることを放棄するのは、怠惰っていう弱点を生み出すことになるのよ。
たとえ、努力して結果が振るわなくても、私はひたむきな努力ってだけで、一つの魅力になると思うわ!そうした魅力を備えることで、人は初めて認められるの!
結果だけじゃなく、過程から人は成長するのよ!」
…決まった。愛の主張は完璧に通り、星羅はこれに同調すれば良い。星羅は愛の主張を理解し、通しやすいように事を運んでいって、愛はその期待にしっかりと応えた。タッグとして完璧だ。ここから下手な展開に持っていけば、劇は崩れて、収拾がつかなくなる。
星羅が口を開けようとする。この劇を終着させるために…
「だってさ〜雄馬。愛しの愛ちゃんはあなたじゃ不釣り合いかもよ〜」
「…ふぇ?」
「いや…いきなり何言って…」
不意の発言に、雄馬と愛が顔を赤らめ戸惑う。多分演技でなく素で答えてしまったのだろう。全く存在しなかった雄馬が愛に想いを寄せている設定。香奈恵はこのセリフで愛と雄馬の心を揺さぶれる時を待っていた。完全に主張が通った後に、それを塗りつぶすために。
「あたしがどっちの主張も素敵って言ったのは、どちらの主張も対立することが無いと思ったからなの。
今を楽しめて、ひたむきに努力する。そんな方法が、一つだけあるんじゃないかな〜って。」
香奈恵がニヤニヤと雄馬に目線を向けた後、愛の背中をポンと押す。その意図を汲んだ雄馬は愛の前に駆け寄り、恋の形をしたセリフを放つ。
「ま、愛。さっきは否定して、ごめん。俺、ずっと好きだった。めげずに頑張ってる姿。自信に満ち溢れてる姿。
でも、俺は愛の楽しんでる姿も見たい。だから…俺と一緒に勉強してくれ!」
「良かったねぇ〜。認められてさぁ〜。」
キョドキョドした愛を香奈恵がつつく。こうなれば愛は使い物にならず、星羅が出来ることと言えば…
「応えてあげたら?きっと楽しくなるんじゃない?」
「あ…えっと…その…、よろしくお願いします…」
こうして劇は、憧れの人のために楽しく努力するという綺麗事、だが雄馬達が現在進行形で行っているリアリティな話で終わったのでした。
「さて…どっちを取ろうかねぇ…」




