聞きたいこと
風に冷気がまとわりつく秋の夜。今俺は水月先輩の家にいる。今日家にお邪魔している理由は、自分がうっかり鍵を紛失してしまったからである。親がくればこっぴどく怒られた後に入れてもらえるのだが、あいにく今日は出張でどちらとも家にいない。ふゆが自分の家に来るようにいつもの口調では考えられないほど饒舌に誘っていたが、料理に釣られて水月先輩宅に来てしまった。
「ん〜、いい香りです。おっ、生姜焼きですか!」
「食べ盛りだからね。肉も野菜もいっぱい取らなきゃ。」
肉がジューと音を立てて、湯気を立てる。そこから醸し出される香りは鼻から脳に伝わっていき、食欲を激しく掻き立てる。盛り付けられた野菜の間から見える薄茶色の一品は、見るだけで焼き加減に気を遣ってることが分かる。
生姜焼きが乗った皿を二つテーブルに置き、箸置きから2膳だして席に座る。どうやら水月先輩も親が今日不在のようなので、勝手に部屋に上がるのはなんだか危ない感じもするが、秘密のお泊まりみたいでワクワクする。
ふっくらとしたハリのある米に生姜焼きを染み込ませて一気に頬張る。肉を歯ですりつぶすたびに旨みが口に充満していき、口の中は食べ物でいっぱいのはずなのに、口は無理矢理にでも「おいひぃー。」と発言をする。
パクパクと食べ進めて、大体20分と言ったところで、先輩の箸があまり動いていないことに気づく。
「…先輩?大丈夫ですか?もしかして食欲ありませんか?」
「…いや、そうやって美味しそうに食べてくれると嬉しいんだ。桜が好きなものが一つ、見えてきたような気がして。」
「夏休みの終わり頃からお弁当を作ってくれたのってそれが理由だったり?」
「まあ、そうなるね。俺は桜のことを知ったかなくちゃいけないから。」
「な…なんか、照れますね…。どう返事をしていいのやら…」
沈黙に、外から聞こえる車やらの音が混ざり合う。その音がやけにクリアに聞こえるから、なんだかもどかしい雰囲気になって、何か言わねばという気を加速させる。
「あの…」
「なあ…」
同時に声を重ねてしまう。どちらともその声に萎縮して、口を閉じると、再び沈黙に逆戻り。また、何もなしに終わってしまう。
「す、すみません。お先に…」
「いや、こっちの質問が後の方が都合がいい。先に頼める?」
そう言った先輩は、じっと言葉を待ち、あんまり大した質問でも無いのに、その空気が重苦しくなるのに気を引き、できる限り重要そうな声色で質問する。
「自分、劇が上手くなりたくて、何かコツだったり、考え方だったらあったらな…って思って。こういうのは水月先輩に聞くのが一番だと思ったので。」
俺の問いに、先輩の目はチラリと光る。そして、ゆっくりと口を開いてくれた。
「そうだね…。役者には、論理と感情。この二つが必要だと思ってる。
論理には、キャラの信念を理解したり、立ち位置からいかに美しい劇を構築するかを考えたりすること。
感情には、さっきのキャラの信念を、自分に溶け込ませて、人の心に響くように炸裂させる。
得意不得意はあれど、どちらかが欠ければ、あんまり成功はないかな。」
「なるほど…。先輩はどっちが得意なんですか?」
「俺はどちらかと言えば論理かな。というより、感情が苦手だ。俺が理解するのは一人だけでいい。そう言う考えがあるから、そういうのは相手の感情を動かして誤魔化してる。」
そう言った先輩の顔は寂しげで、後悔、怒り、そして微かな喜びが混じっていた。本当に感情が苦手なのかと思ったりもしたが、これ以外のものをもちえないのだとしたら、苦手というのも納得だ。
俺は先輩にお礼を言って、先輩に自分への問いを促す。
すぐには質問せず、ほんの少し、外の音に心を委ねて、それから俺に向き合う。
「…"私"は、本当は弱く、そして醜い。だが水月は、私と桜、二人の人間を神格化している。いつも嫌な顔せず人を助ける者だとな。だが、私は水月しか助けたことがないし、そもそも変な嫉妬心を見せなければ、彼をもっと良い人生を送らせることもできた。
要するに、私は桜。君のようにはなれないんだ。だから近づきたい。君をもっと知らなくてはならない。
桜。君には何か、弱さは無いか?」
一息もついたか分からない。そのくらいに水月先輩…、いや、"彼"は必死に話してくれた。彼が何者かは正直かなり気になるが、今それを聞くのは野暮だろう。それほどまでに彼の顔は切実に、痛烈に助けを求めていた。
「俺は…。良くも悪くも普通なんです。困ってる人がいたら助けたいって思うし、嫌いな人は嫌いで、好きな人は好きです。」
「だが、君は助けを求めていたら、助けるのだろう。知らない人でも、嫌いな人でも。」
「…昔話になっちゃうんですけど、俺には爺ちゃんがいて、その人はほんとに立派で、あの人に色々助けてもらいました。でもかなりのいじっぱりで、決して人に助けられようとしませんでした。俺がいくら手伝うと言っても聞かず、怒鳴られたこともあったかな。そんな人の遺言は、どんなものだと思いますか?」
そう言うと、それまで俺の目をじっと見ていた先輩は、
顔を下に向けて、軽く呟きながら考え込んだ。
時間にしておよそ15秒くらい、彼はまた俺の目を見据えて答える。
「お前の行動は迷惑じゃなかったとか、色々助けてくれてありがとうとかか?君の信念に、人助けの精神の確立に関わっているならば、こんなとこだろう。」
「確かに、俺の生き方に関わってる。その部分は正解ですけど…。
答えは、"優しいだけじゃ意味がない。できるだけ人を助けろ。"
です。」
得意げにそう言った俺に、予想通り先輩は眉を顰めた。
「同じ意味じゃないのか?優しいから人を助けるのだろう?」
「いえ、優しいだけじゃ、意味がないんです。それだと助けれなかったとき、その人が助けられる準備がされてなかったとき、なんの意味も成さないので。
世の中には、求められるのはやっぱり実利です。
優しさは確かにステータスにはなるかもですが、それを持ってる人は多い。持っているものと持っていないものとでは差はあれど、それだけしか持たないのでは、やっぱり足りないんです。
だから爺ちゃんは、優しさからくる感情で人を助けるのではなく、自らの使命として、人を助けろと言ったんです。そうでなきゃ、拒絶されたら終わりでしょう?それがその人の望んでいるならって。それだと、助けたという結果を得ることはできない。
つまり爺ちゃんは、何簡単に引き下がってるんだ馬鹿野郎って言ってきたんですよ。大切な死に際を使ってまでね。」
俺の言葉を聞いた先輩は、明らかに動揺していた。何かを返そうと喉を鳴らすも、外の車の音の方が遥かに大きく、簡単に掻き消されてしまう。
失望…されるかもしれない。優しさで動いてると思った人間が、実は打算だらけの人間だったという事にショックを受けるかもしれない。それでも、ちゃんと知って貰いたい。大久保桜という人間を。
「助ける行為は、基本的に面倒です。自分の精神をすり減らし、時間を使い、それで拒絶されたときはたまったもんじゃありません。しかも、余計なお世話だと罵倒されることもしばしば。そんなものの見返り。なんだと思いますか?」
再び質問をする。だが今度の沈黙は1分を越えてなお、答えが出ることはなかった。
「俺が好きな人に、俺を好きになってもらう。俺の大切な人に、俺ともっと関わってもらえる。そしてやっと、俺が、誰かに何かをしてあげられたっていう存在証明が確立されるんです。
だから…ごめんなさい。俺はあなたの理想の人間じゃない。善意100%で人を助けれはしません。」
言い終わると、彼は俯いてしまう。一瞬見えた顔は、どんな表情だったかはよく見えてないが、きっとプラスの表情を持つことはないだろう。
今度の沈黙は、本当に長かった。時計の針はカチカチと音を刻み込んで、夜の闇はどんどん濃い色に染まっていく。どれくらいたったか、不意に彼は言葉を紡ぐ。
「では、私は…何を手本にすればいい?水月が望む人間は、どんな人間なんだ?私は、どうすれば彼に自分を残せる?どうすれば彼の一番に…。
いや違う。この思考がまずダメなんだ。私は…私は…」
「先輩。」
爺ちゃんは言った。人は助けられる準備ができてないと、助けることができない。だからこそ、その舞台を整えてあげることが、お前の個性になれると。
今回もまた、俺はあなたに照明を点けてあげたい。
「人は戦わなきゃ何も得られません。でも、あなたが本気で水月先輩の一番なら…。
戦って、そして勝ってください!そうすることで初めて、俺達は自信を持てるんです!」
瞬間。二人のスマホが震える。見れば演劇部のグループライン。そこにはこう書かれていた。
明日からの活動について!!
今日台本が決まったのでお伝えすると同時に、データで先に台本を配っておきます。各自読んどくように!!
そして二週間後、配役決めのオーディションを取り行います!
受けれる役は一人一個!被ったら戦いだ!
自分の望む役は奪い取れ!
絶対にーーー!優勝するぞーーー!!!
「君の言う通りだな。」
彼は少し笑ったように、そして先程とは違う、意思を持った声ではっきりと言った。そこには何も恐れない、そんな演技をした主人公が立っていた。
「私は君を倒す。桜ではなく、水月のベストパートナーのそぞろとして、自信を持って生きるため!
桜。手加減はしないぞ。」
「…ええ!望むところです。それと、ヒロイン気取りの水月先輩にも言ってやってください。
俺がそぞろ先輩を倒しちゃうぞって!」
そうして今日の夜。己がため。自らに心を重ねたキャラを選択する。
オーディション日程。
一日目
宮川一奈役 津田香奈恵 伊藤愛
朝日大輔役 木戸雄馬 山口星羅
藍川洋役 松尾水月 大久保桜
二日目
鶴澤千佳役 空海月乃 最澄君津
希望者一名のみのため決定↓
佐原廻役 足利花音
滝沢玲央役 豊臣燐音
羽咲美雨役 織田紗香
上妻来賀役 徳川夏希
裏方希望
岩倉ふゆ




