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一知半解

「こんにちは〜」

いつもの文言で部室に入る。今日は夏休みが終わって初めての部活。夏休みが始まるのが遅かったせいか、季節は秋を越えて冬の空気を作り出している。僕の挨拶に部員のみんなもいつものように挨拶を返してくれる。

「今日は珍しく早いな、燐音。夏休みから心機一転か?」

「安心しなよ。僕は鹿おどしをしかおどしって読まないタイプ。常に新たな情報をインプットしてるのさ。」

「あはは!相変わらずだね〜。それでこそりんっちだ!」

部室で初めに言葉を交わすのはいつもの2人。特に変化はなくて安心する。部室には今、自分を含めて11人いる。3年のいつもの3人。2年は君津と月乃。1年は桜、ふゆ、雄馬に愛、そして香奈恵だ。夏休み明けで久しぶりだと言うのに、部室で話し合う彼らの姿を、昨日も見ていたような気がする。そのくらい、変わらない日常。

僕が部室に来てから、およそ10分後くらい。部室のドアがガチャリと開いて、二人の顔がひょっこりと現れる。

「皆さん!お待たせいたしましたわ〜!」

「こんにちはー。」

堂々と扉を開けてまず花音が、その後に続くように

"彼"が入ってくる。

「良かった。花音ちゃんにちょっと難しい業務を渡してたから、手伝いに行こうか月乃ちゃんと話してたんだ。」

「もちろん!わたくし一人ではいっさい分かりませんでしたわ!水月さんが来てくれなければ後一時間はかかっていたと思いますわ!」

「逆に一時間程度なんだ。」

「ええ!そのくらいで腕のいいエンジニアが到着しますもの!」

「ははっ。ここまで堂々としてたら、逆に心配いらないかも。」

2年のたわいもない会話が耳を通過する。何も、変化はないのか?ないのなら、それはそれでいい。今なら路線を戻せるはずだ。そんな思いで、水月を観察する。何も違わない。彼が水月本人だと確信できる程度には、僕も水月とは連れが長い。でも、それ以上に彼と、"彼の中"のものの縁も長いだろう。所詮僕程度では小手先の観察にしかならない。でも、まだ大きな変化がないのなら…

「あっ。水月先輩!お弁当、今日もありがとうございました。めっちゃ美味しかったです!」

「いえいえ、お粗末さまでした。毎回綺麗に食べてくれて、こっちも作り手冥利に尽きるよ。」

「えっ、桜。水月先輩に料理作ってもらってんの?」

「おう。新メニューの開発に付き合うかわりにタダなんよー。羨ましいだろ。」

「わたくしもお金を払っていつも作ってもらっていますの。ほんっとうに絶品で、お昼が毎日楽しいですわ。」

照れたように水月は頭をかき、僕はその姿を見つめる。

本来なら水月は桜にこんなにも干渉しないはずだ。

盗聴してる時に水月は不意に桜の名前を呼んでいた。もしこの変化に桜が関わっているとしたら、いや、巻き込まれたのだとしたら、僕は取り返しのないことを…。

「…………」

「…夏希?どうかした?」

じっとこちらを見ている夏希に、若干の恐怖を感じながらも質問する。そうすると夏希は「別にー。」と受け流して、結局何が言いたかったのか、どんなことを考えていたのかを知ることが出来なかった。

その後、夏希はみんなに号令をかけて並ばせる。

「よし!じゃあみんな集まったところで、演劇部、活動を再開しまーす!いえーい!パチパチパチ!」

渋々、もしくは手が赤くなる程早く拍手をする者に合わせて僕も拍手をする。いつもなら茶々を入れていたが今日はちょっとそんな元気は無い。そうだ。あのことを言わなくてはならない。

「あー、えっと、大会に出る用の台本なんですが、まだ決めあぐねてるので明日まで待ってくれると嬉しいんですが…」

そう言うと、紗香は意外そうな声を出して、僕に尋ねる。

「夏休みの中頃に、もう決まっていると言ってなかったか?」

「その時点ではそれにしようと思ってたんだけど、やっぱり別のにしようかなって。」

嘘ではない。実際には最初から決まっていた。僕が演出監督になったその時から、雄馬、星羅、水月に合わせた台本を書いていた。だが、今この台本は水月には不適格なのだ。とはいえ、劇の構想は全く決まっていない。

だから明日までと言ったのは悪手とも言えるが、練習期間を取らねばならない関係上、なんとか今日仕上げなければならないのは確かだ。

「なら、今日はもう終わりにするか。夏休み直後だからまだ疲れも取れてないだろうし、本格的な活動は明日からということで、各自、体調を崩さないようにな。」

願ってもない提案だ。これなら台本を決める時間も多少は余裕を持てる。僕がその提案にagreeを出すと、夏希もそれに合わせてくれたようで、今日の部活はこれで終わりになった。

僕は足早に帰り支度を済ませて、部室を出ようとした。

だがその時、後ろから声をかけられる。

「まあ待て燐音。ちょっと三年だけで話したいことがある。時間はあまり取らせるつもりはないから安心しろ。」

「ええ…早く帰りたいんだけど…」

そんな愚痴は右から左と言った様子で無視されて、僕は結局取り残されることとなった。

帰る際、ふゆが僕に耳打ちをする。

「任せて。水月のこと。連絡する。逐一。」

「ああ…。ありがと。僕も何かあったら報告するよ。」

「ふふっ、それはだいじょぶ。居るから。既に。」

そんなことを言い放ち、ふゆは帰ってしまう。

なんだ?何が居るんだ?相変わらずの含みのあるような喋り方に頭を悩ませつつ、僕は紗香達に向き合う。

部室に3人だけなのはやっぱり寂しく、いつも賑わっていたのは沢山の後輩達のおかげだと再確認する。

気まずいような、もどかしいような沈黙。なにか僕から喋った方がいいのだろうか。そんなことを思っていると、紗香が沈黙を破ってくれた。

「すまないな。呼び止めてしまって。決して暇なわけじゃないだろうに。ただ、ちゃんと話さないといけないと思ったんだ。これからの演劇部について。」

「これからの…か。そのこれからに私達は含まれてないってんだから、悲しいのなんの…。」

そう。三年はこの劇で引退。受験勉強にいそしむ日々が始まる。もともと文化部は運動部より引退が遅くて、大体が秋頃に引退となる。演劇部もその例に漏れず、そろそろ終わりが見えてきた頃だ。

木枯らしが吹いて、緑の葉っぱがはらりと落ちるのを窓ごしから確認する。一抹の寂しさ?そんなもんじゃない。積み上げてきたものが終わりを迎えるのは、激しい負の感情を発生させて、また、諦めに近いものも生み出してくる。盛者必衰とはよく言ったもので、時間が経てば、僕らの作った何かは跡形も残っていない。きっと数年で、僕らの劇は見ている人の記憶から消える。それでも腐らずにやっているのは、そんな理由で諦めたくないから、一緒に戦った仲間達だけは、そのことを忘れないでくれるからである。

「燐音。私はいつもお前に不真面目だと文句を垂れているが、実際にはよくやってると思っている。

失敗は成功の元とは言うが、失敗と成功は対極の位置にある。お前はヘラヘラしつつも、失敗をすることを警戒していたし、それを回避するように努めていた。」

「…急にどうしたの?変なものでも食べた?」

ついつい茶化すような選択に逃げてしまう。そんなに真正面から褒められたら、何を言えばいいかわからない。それに、赤らめた顔を見せるのも癪だ。

「いやー、これからの演劇部の話をするには、今を整理しないとって言うことで、一旦自分の思ってることを言おうとしてるわけ。私もりんっちのこと、結構評価してるんだよ?

ミスを回避するのって、成功という結果を残すのとは違って、形が残らないから褒められずらいじゃん?でも、りんっちの場合、その成功のラストピースを誰かに譲るから、もっと目立ちずらいんだよねー。」

「褒められたいからやってるわけじゃない。僕にしかできないことは、僕がやるしかない。当たり前だけど、とんでもなく重要なことでしょ。」

「お前にしかできないこと…。それは"未来を知っている"ことに繋がる話か?」

肩が弾けるように震える。脳がその言葉を理解する前に口はなんでと呟く。それに夏希はニヤニヤと悪戯っぽく笑いながら答える。

「んー、ふゆの口が硬いとは、誰も思ってないと思うけどなぁー。」

「…他は誰か知ってるとかは…」

「一応、私達だけのようだ。二人が一番燐音を知ってるから特別に、と言っていたからな。」

頭が痛くなる。僕もふゆと同じくらいそういうのはやらかしてるとは言え、秘密をバラされるのは気分が…。

「ようやく理解できたか?馬鹿者。」

「はい…。もう秘密裏に持ってきたかっぱえびせんを横取りしません。」

「分かればよろしい!」

「そんなことしてたのかお前…」

呆れたため息に、なんだか笑いが引っ張られてきたようで、ついつい吹き出してしまう。それは乾いた笑い声。でも、他の二人が笑い合ってくれたおかげで、それに潤いがでて、なんだかツヤツヤ。

「ようやく…笑ってくれたな。今日はいつもより遅くて心配した。」

「ね。りんっち、自分が思ってるより分かりやすいよ?」

「初めに相変わらずとか言ってた人に言われたくないんだけど。」

「相変わらず、強がってるなーって意味。」

なんだか今日は、言われっぱなしだ。そんなことを言われたら、どんな顔をすればいいのかを、僕は知らない。

顔を伏せるのは、一番分かりやすいサインだと知ってるが、それ以外に手立てはなかった。そうすると、夏希が声のトーンを少し落として語りかけてくる。

「ねえ、りんっち。私は、当然紗香も、りんっちのことを友達だと思ってる。ただの友達じゃなくて、苦楽を共にした仲ってくらい。だからこそ、頼ってくれなかったのは寂しかった。それと悔しかった。親友のこと、実は全然知れてないんだなって。」

「言ってるでしょ。これは僕にしかできないことだ。それに、親友を巻き込むのは、僕はごめんだしね。」

こう言ってやったのは、仕返しのつもり。次から次へと恥ずかしいことをこともなげに言うなら、こっちだって対抗してやろうといういたずら心。格好良く返してやったつもりだったが、そんなのは全く意味がなく、紗香に燃料を注ぐだけだった。

「なら、私達も、親友が困ってるのは見過ごせない道理だな。本当に…私達はお互いのことを知らなすぎる。

燐音。お前にしかできないことだ。私達を納得させるのはな。」

「…酷い恐喝。これが生徒会副会長にして、演劇部の副部長のやることですか…」

「お前の親友だ。そうなるのも仕方ない。」

いつもツッコミをしてるからか、レスポンスの上手さに素直に感心する。

身体がだんだん熱ってくる。それと同時に何かが溶けて、顔の赤みは取り繕えない。少し、本音を語って良いと思えた。それは彼女らの誠実さと、僕の弱さが混ざり合ったから。

「…僕はね、失敗しちゃダメなんだ。失敗が許されない仕事で、失敗が許されない能力を持っている。でも、今回初めて、そのミスが浮き彫りになりつつあるんだ。

だから、それが加速することはあってはならない。

紗香も、夏希も、このままいけばいい人生を歩める。でもその未来が変わりつつあるとしたら、絶対に修正しなきゃならない。」

「ふーん。ウチらのためにやってくれてるんだ。」

「そんな恩着せがましいものじゃなくて…」

「いーや、恩着せがましいね。あと、見返りを求めてませんみたいなスタンスが腹立つ。ウチらおんぶに抱っこって歳じゃないんだけど。」

顔を上げると、声色から想像していた以上に、その表情には怒りがこもっていた。だが、冷たい視線とは全くの別物。ひたすらに熱い炎が瞳の奥でゆらめいている。

「…僕は、人に助けてなんて言える立場じゃない。あとでスイーツでも奢ってもらえれば…」

「そうかな。この学校の教育理念は、"人を助け、堂々と助けられる"というものだ。私達がお前を助けるのも、お前が助けを求めるのも、なんら不自然ではない。

燐音、お前の親友にしかできないことがあることくらい、お前なら分かるだろう。」

そう言われて、返す言葉がなくなる。

…どうやら、正論はこちら側には無いようだ。

「じゃあ、一緒に作ってくれない?僕だけでは無理で、僕と紗香と夏希だけにしか作れない劇を。」

「…おっけー!!集大成だね!私達演劇部の!」

「ふっ、いいだろう。私のボケのセンスをとくと味わうのだな!」

話し合いのテーマはこれからの演劇部のはずだったが、結局答えは出なかった。僕も紗香も夏希も、全員未来のことに関しては一知半解。お互いのことすら知らなかったのだから、分かりっこ無い。だからこの劇には、理想を込めた。


これからの演劇部は、これまでのような演劇部。

馬鹿みたいなことをして、いっぱい笑って、助け合える劇。

「さあ、優勝するよ!この劇で!」

戦う武器は、宵の元に完成した。

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