変化
「…未来。そう。」
彼が私に向けた言葉、未来を知っていると言う発言に、ちょこっと戸惑いながらも、納得が勝っていつもの様子で言葉を返す。
「なんか、そんなに戸惑って無い感じだね。せっかくサプライズしてやろうと思ったのに。」
彼は少し不満ない顔をして私を見る。さっきまでの息苦しさを感じる空気が少しなくなり、それに乗じて私も冗談を言ってみる。
「生きてるからね。天才設定。」
「ははっ、まるで死に設定みたいに言うじゃん。」
「事実。見られてない。私達。頭良いって。」
そういうと燐音は吹き出すように笑って、それに釣られて私も笑ってしまう。
少し愉快な気持ちになってしまうと、真面目な話を切り出すのが名残惜しいと感じてしまう。燐音が告白してくれた真実。その時の彼の顔には何かあった。きっとそれは快くないもの。本心が、もう少し笑い合っていたい。もうちょっとこのままと駄々をこねる。皮肉にもそんな考えのせいで笑いが引っ込んでしまう。そして私は、それをある意味のチャンスと捉えて、自らの身を火に移す。
「ねえ、燐音。聞きたかった。色々と。話してくれる?」
「まあ、答えられる範疇なら。もし言えないことがあったら許して欲しいんだけど…」
「わかった。十分。それで。一つ目。いつから、誰の未来を?」
「高校3年の頃から。その時に未来を見る装置が完成…とは言え、まだ色々不備があるけどね。対象者は演劇部全員だよ。」
「ありがとう。二つ目。なんで?」
「好奇心ってとこかな。かねてより未来のことを知るのが夢だったから、誰の未来を見るのが目標とかは無かった。」
私の質問責めに、燐音は回答を用意していたの如くスラスラと答えていく。表情は一切崩さず、かと言って無機質なものかと言われれば違うような、絶妙な表情。
「4つ目。話してくれなかった。なんで?」
「未来を教えたら、その後どう未来が変わるかわからない。だから教えるつもりはないし、それだったらそんなこと最初から言うなって話になっちゃうから。」
「…大体分かった。じゃ、今回は水月?」
「そう。基本的に脚本持ってくるのは僕だし、演出監督も僕だからね。どういうものにすればいいかの参考に、こうやって盗み聞いたりしてる。」
どうしてそこまでするのか。そんなことを聞こうとした途端に、頭の中に桜が浮かんできた。その瞬間に、自分の質問は愚問だと気づく。困ってる人がいたら助ける。それだけのことだよね。
「じゃ、手伝う。私も。」
「…全く。簡単に言ってくれちゃって。
でも、そういうところなんだろうね。僕が君に憧れた理由は。」
「…えっ」
吐息のような声で、困惑の声を出す。燐音の表情はどこまでも柔らかく、愛おしいものを見る目だった。その分かりやすい表情が逆に、彼の心を隠すカモフラージュになった気がしてならない。そして彼は私の思考を掻き消すようにイヤホンを渡して話し始める。
「これで中の水月達の会話を聞くことができる。確か、水月は美咲との会話で、もう一つの自分をがいなくなり、それを引きずって壊れてしまう。そんな感じの未来だった。
さて、気張ってくよ。」
そう言って彼はイヤホンをつける。私もそれに合わせてイヤホンをつけると、次第に耳に音が落ちていく。
───────。
「久しぶり…。水月君。」
「ああ。久しぶり。」
静かな教室に、二人の声が混ざり合う。彼女とこうしてちゃんと言葉を交わすのは2年ぶりくらいだろうか。あの時のどうしようもない激情もすっかり波引いて、既に前と同じ…とはいかずとも、普通に接することはできるようになっていた。
「劇。凄く良かった。上手いことは知っていたけど、あんなに上手になってたとは思わなかった。」
「ううん。買い被りすぎだよ。私はあの状況化で出せるものを出しただけ。きっと毎回ああはいかない。」
「それでも、すごかった。一人の役者として尊敬するよ。」
「…うん。ありがとうね。」
彼女が俯いて、ぼそっと返答をする。その姿を見て、やっぱり揺らぐ。俺はどうしたいのだろう。彼女とは喧嘩別れをして、かと思えばなんだか和解できそうな雰囲気で。
ちらりと横を見る。そこには必ず彼が立っている。
なあ、そぞろは…
"………なるべく、私の方は見ないでもらいたい。"
彼からある種の拒絶を受ける。それによって生じた波紋を見逃さなかったのか、美咲は言葉を練りだす。
「ねえ、水月君。前に好きだった人は、まだ好き?」
「…ああ。好きだよ。人生でずっと。一緒だから。」
その答えに、彼女は言葉を返さなかった。
チクッとするのと、ポワッとするもの。奇妙な感覚が同時に押し寄せてきて、それを認識すると、また少しのチクッがくる。部室内の空気が重いものに満たされて、息を意識的に行う感覚を体に覚える。それを何度か行うと、自分の胸あたりまで視線を上げた美咲が口を開ける。
「私、今日は色々と戦う覚悟をしてきた。劇の成功と、見てくれた人に対してインパクトを残せるようにする勝負。そして、これが今日最後の大勝負。」
彼女が息を呑む。まるで自分が吸う予定だった酸素が横取りされたような気分になり、踏ん張りが効かなくなる。
「水月君。その人より、私を選んで欲しい。」
彼女の言葉に、またポワッとした何かが生まれ、すぐさま激痛の波に飲まれる。もうチクッなんて感触じゃなく、心臓を丸ごとくり抜かれたような空洞の感覚。
この感情がどこからくるのか。意識すればその出どころがすぐに分かった。
"…すまない。結局私が、君の人生に悪い影響を…"
違う。そんなわけがない!
"違わない。私のくだらない独占欲が、君の心に混ざるせいで"
なにも迷惑はしてない!それでいいんだ!それにお前は…
"水月!…もう、大丈夫だ。偽りじゃないのは分かるだろう?"
目から涙が零れ落ちる。きっと、縁を切った方がお互いのため。そういうことだと脳は冷酷に処理する。これ以上依存していれば、いつか大変なことになる。
でも、そんなの…
"大丈夫だ。美咲なら君を任される。今まで君の恋路を妨害してすまなかった。
…また、会おう。水月。"
そう言うと、彼の存在が急に認識できなくなる。
今まで持っていたものが気体となって掴めなくなるような、どうしようもない絶望。すでに彼は俺という入れ物からこぼれ出ていて、止まらない。先程脳は冷酷な判断を下したばかりなはずなのに、今は必死になってそぞろの入れ物を探す。
彼に近しい存在。彼と同一視できる存在。それを掴めばまた彼をイメージできる。
必死に、必死に考えた。この時点で美咲が思い浮かばなかったのは、やっぱり俺が彼女とそぞろは別と考えていたからだろうか。
そして思い浮かぶ。お人好しで、一途で、一緒にいて楽しい友達。
「…桜。」
"…水月?"
「…水月君?」
そうだ。彼なら、雄馬や星羅に寄り添えた彼ならきっと…。
"水月!桜は私ではない!桜には桜の…
「うるせえよ!」
声を荒げる。ここまでの怒りは初めてで、なにに怒っているのか、一瞬わからなくなるが、すぐに頭が追いつき、それと同時に彼に言い放つ。
「散々関わっておいて、捨てるときはポイかよ…。俺の人生を狂わしたと思うんなら、責任くらい取れよ‥
ばか…。」
"………"
視界がぐわんと曲がる。頭に激痛が走り、体がよろめいて座り込んでしまう。その様子をたじろぎながらも美咲は支えてくれた。
「大丈夫!?水月く…」
彼女が言葉を止めたのには、明確に理由がある。
私と水月は、交代のとき見た目が少し違う。水月の目の色は澄んだ青色。淀みがないと言えるほどクリアで、対して私は血塗られたと言えるほどの真紅。
その目で、美咲を捉えてみると、水月が好きになるのは分かる気もするくらいには可愛らしい顔立ちをしていた。
…本当に、私がいなければ彼はこの子と…。
いや、これ以上みっともない考えはやめだ。私は彼女にあることを伝えねばならない。
「美咲。すまないが水月は私が守る。これが先程の問いの答えだ。」
彼女の顔が強張る。そして一切の動きを止めて、少しした後に言葉を捻り出す。
「…教えて。あなた…誰なの?」
「私の名前は…」
言おうとして、立ち止まる。私はそぞろか?
私は今桜のイメージで…。では私は桜なのか?
頭が回る。水月。私は今…
「…もう君には関係ない。大人しく身を引いてくれ。」
そして私は部屋から出る。水月は以前として応答してくれない。それでいい。私が責任を取る。私が全てやる。私が…
部屋に沈黙が落ちる。イヤホンを通して聞こえるのは、美咲のすすり泣き。それに心を痛めつつ、燐音の顔を見ると、不安を帯びたような顔をしていた。
「…燐音?」
「…未来が…変わってる。」




